1-17 質問提起1
隠しサブタイは「神崎 悠は静かに暮らしたい」で。
墓前に手を合わせた悠はそれからすぐに高天原へと帰った。
父である修には墓は無い。戦場で生きて戦場で死んで、そして塵一つ残さず消え去った。「俺は安らかに眠るつもりは無い。墓など建てるな」が父の遺言だった。その生きた痕跡は、軍の記録と人々の記憶の中だけに存在した。
昼に出発して、現在は午後の5時30分。悠はそろそろかと思い、明日への備えとして行われる話し合いに参加すべく、皇居に向かって足を進めている。
都はいつになく活気に溢れていたが、それも無理は無い。戦乱が終わり、死者を弔えた。これから人々の新しい生活が始まるのだ。
夕飯前の時刻のせいで中央の大通りでは、様々な食材や料理の匂いがして、通行人の足を止めさせている。珍しい事に露店を出して簡単な食べ物を振舞う店すらあり――普通露店は出さない。龍を警戒しての事だ――悠も物珍しさに一つ買ってみる事にした。
そして串焼きの露店が空いていたので、丁度いいとばかりにその店に注文した。
「店主、5本ほど貰えるか?」
「はいよ! ・・・って、ま、ま、まさ、まさか、神崎竜将閣下でありますかっ!?」
店主のまだ若い男は、店先に立った悠の正体に即座に気付き、皿にに乗せるつもりで持っていた串を持ったまま慌てて敬礼をし、手に持っている串に気付いて慌てて皿に乗せてから、また敬礼に戻った。
「店主、自分は今軍人としてここにいるのでは無い。ただの客ゆえ、そのように接して貰いたい」
無理な注文である。この国に軍神たる悠を知らぬ者は殆どおらず、平然と接する事が出来る者など両手の指で事足りる。――なお、明のような幼女子供は除く。
「いえ、しかし、自分も元は軍人でありましたので・・・覚えておられますか?」
そう問いつつも淡い期待すらもしていなかった。これまで悠が指揮した人数など、それこそ数えられないくらいの人数なのだ。しかし、
「・・・ああ、どこかで見た顔だと思った。元一等兵の秋山だったな?」
秋山と呼ばれた男は目を見開いて驚いた。下から数えた方が早い、ただの一兵卒の事を悠が本当に覚えているとは思わなかったのだ。
「は、はい! 秋山 一郎元一等兵であります!! お、お、覚えていて頂いて光栄であります!!!」
一郎は感激で涙も流さんばかりに、というか流して、悠の疑問に答えた。
「あの、4年前の戦場の晩飯で食った串焼きは美味かった。だから貴官を覚えていたのだ。今は更に美味くなっているのだろうな?」
「はい! 秋山 一郎、精進を積み、今ではここに店を開くまでになりました! どうぞご賞味ください!」
「うむ、では頂こう」
そう言って、悠は差し出された皿を受け取り、串焼きを一本摘み、半分ほどを口の中に収めて咀嚼した。
その途端、肉からはじわりと旨みのある油が口の中に広がり、味付けに使ってある塩と相まって、更にその旨みを上へ上へと押し上げる。適度に歯を押し返してくる歯応えも心地良く、飲み込んでしまうのがもったいないが、喉から下が早く飲み込んでくれと急かしているようで、それ応えて飲み込むと、口の方が早く次をくれと言って忙しない。まさに精進のみが出せる味であった。
「美味い。あの夜も美味いと思ったが、これはそれとは比べ物にならないくらいだ。精進したな、秋山」
「ハッ、恐悦至極であります!!」
泣いて感動しながらどうしても敬礼は止められないらしい一郎だった。悠は悠でそれを気にせずに、次々に串焼きを胃に収めていった。
「賞味させてもらった。また寄らせてもらおう」
そういって財布を取り出す悠に、一郎は慌てて拒否を示した。
「神崎竜将閣下からお代など頂けません!」
「それはいかん。ここは店で自分は客だ。代価を支払わなければ落ち着いて味わう事も出来ん。とっておけ。それと、次来る時に閣下と敬礼は止めろ。・・・俺もたまには息抜きがしたい」
「! はい、かしこまりました!!」
代金を受け取り、最後に悠が一郎にだけ聞こえるように呟いたセリフが悠なりの冗談であると分かった一郎は、笑顔で敬礼、し掛けて慌てて手を下ろして言った。
「またのお越しを!」
そう言って手を振る一郎の周りに、事の成り行きを見守っていた周囲の人々が声をかける。
「おい、秋山の。お前さん、神崎竜将様と知り合いだったのか!?」
「ちょっと!! 今度来たら絶対、絶対! 知らせてよね! 自分の店閉めてでも行くから!!」
「いやぁ、なんともいい男っぷりだねぇ。あやかりてぇもんだ」
一郎はそんな周囲に更に気を良くして饒舌になる。
「まぁまぁ、ここは一つ俺が閣下の戦場での事を話してやろう。あれは今から4年前、あの頃の閣下は鳳将であらせられたが―――」
・・・悠の皇都での人気も上々のようである。
そして飯テロ回でした。自分へのダメージが一番大きい罠。