4-46 VSドラゴン5
「・・・母上は厳しいお方だった。才を示さねば我が子であろうとも省みない位には」
ようやく落ち着いて来たナターリアは自分に背を向けて座る悠の背に向けてぽつぽつと話し始めた。突入前の休憩時間という事で、ベロウとアイオーンも向こうで腰を下ろし、武器や道具の点検をしている。
「私は一般的なエルフよりも魔法の才能があったから、それを磨く事で母上の期待に応えようと思った。だが母上はいつまで経っても私を認めてくれぬ。お前に戦場はまだ早いと」
ナターリアの魔法の腕前が優れているのはドラゴンのブレス(吐息)から辛うじて生還した事でも明らかだ。連れのエルフは一切抗する事無くバラバラにされてしまったのだから。
「だから領内に魔物の襲撃が激増し、その調査隊が組まれると聞いた時、私はまたと無い好機だと思った。ここで私が力を示せば、きっと母上は私を認めて下さるに違い無いと。・・・結果は散々だったがな・・・彼等には惨い事をした・・・ぐす」
受け取った遺髪を見て、ナターリアは鼻を啜り上げた。
「恐らく彼等は護衛というよりも、私の婚約者候補だったのだろう。・・・悔しいではないか、戦場での活躍を期待されず、ただの王族の子弟としか見られていないなんて。私は・・・駒では無い! ・・・そう信じたかった・・・」
俯いていたナターリアはそこでふと顔を上げて悠を見ると、悠は座ったまま半身になり、ナターリアを見つめていた。その目からは何の感情も読み取れなかったが、何故かナターリアは安らぎが胸を満たすのを感じていた。
(月の無い夜空みたいな瞳だ・・・)
その目で見られると、まるで自分の心の奥底まで見透かされる様だと思いながらも、ナターリアは目を逸らす事が出来なかった。
「ユウ・・・お前は何故そんなにも強い? ドラゴンすら打ち倒す力と恐れぬ心はどうすれば身に付くのだ? 戦場に立つ事か? それとも弛まぬ修練か?」
ナターリアの目に真剣な光を見て取った悠は静かに口を開いた。
「戦場の経験も弛まぬ修練もただの過程だ。強いとは、強くあるとはもっと心の根の部分にある、譲れぬ思いから生まれる物だ。それは人によって異なる物で、口で説明して頭で理解する物でも無い。強くありたいのなら自らの心に問え、ナターリア」
「私の・・・心・・・」
悠の言葉は虚飾を取り払われたナターリアの心の中にすとんと納まった。長い年月の繰り返しの中でいつしか忘れていたが、ナターリアにも力を求める理由があったはずなのだ。
(何故だ? 何故私は力と栄誉を求めた? そしてそれはいつだ?)
自問するナターリアの心に浮かぶのは、冷厳な母の顔と、顔も知らぬ父への思いだった。唐突に浮かんだそれらにナターリアは目を見開いた。
「私は・・・褒めて欲しかった・・・他の誰でも無い、母上と・・・父上に。他人の賞賛や嫉妬は全て私の容姿や身分に向けられていて、誰も私自身を見てくれはしなかった・・・。彼等が褒め称えれば褒め称えるほどに私の心は硬く、冷たくなっていって・・・。父上はもう居ない。そしてただのナターリアでは母上の目に止まらぬ。だから・・・だから私は!!」
再び目から大粒の涙を溢れさせながら、ナターリアは自分の心の内を曝け出した。恥ずかしくて消え入りたいと思う心が半分、それと全てを打ち明ける心地良さが半分と。これはナターリアの再誕の涙だった。
悠は瞬きもせずにそんなナターリアを見つめて言った。
「羨ましく思うぞ、ナターリア。俺にはもうそれを見せるべき相手が居らんが、お前にはまだ母御が居るのだろう? ならば思いを届かせる事も出来よう」
「うっく・・・ユウ、お前も・・・?」
ナターリアに答えず、悠は目を閉じて立ち上がった。自分はナナのお陰で両親にそれを伝える事が出来た。それで十分なのだ。
ナターリアは心に熱い物を感じて手で胸を押さえた。この強い男と思いを重ねた事が、ナターリアにはとても誇らしい事に感じられた為の熱であった。自分もどこまでも行けると無条件で信じさせる熱さだった。
「そろそろ休憩も終わりだ。体に異常は無いな?」
「あ・・・あ、ああ、無い」
「ならば出るぞ。・・・ベロウ、アイオーン、出発だ!」
「ん? りょーかいりょーかい。楽しい楽しいドラゴン退治っとくらぁ」
「ああ。いざ闘争の場へ」
出発しようとする3人を見て、慌てて立ち上がろうとするナターリアの眼前に手が差し出された。それを徐々に辿って行くと、先には無表情の顔がこちらを見つめている。
「行くぞ、離れずに付いて来い」
「は、はい・・・」
その悠の手を無意識の内に取り、ナターリアは何故か敬語で悠に言葉を返していた。頬は染まり、目は潤み、体と心は熱い。その熱は先ほどの感動とは別種の物だったが、ナターリアには分からなかった。
《・・・フン》
面白く無さそうなレイラの声は、幸いナターリアには届かなかった。
「楽なのはいいがよ・・・もうちょっとキレイに出来ないもんかね?」
ダンジョンに入ってすぐにベロウのげんなりとした声が上がった。だがベロウの言う通り、ダンジョンの中は酷い「散らかり様」であった。
至る所に魔物の死骸が転がっており、その血や体の一部がそこら中にばら撒かれている。血が乾き切っていない事から、恐らくはダンジョンから出ようとしたダイダラスと鉢合わせたのだろうと思われる。
「雑魚に邪魔されぬと思えば助かるというものよ。どうやらこの気配、他に手を割いている余裕など無さそうだ」
アイオーンの言う様に、通路の奥からは隠しようも無いほどの殺気が悠達に届いて来ていた。それは先ほどのダイダラスよりも明らかに大きい物だ。
「・・・先に言っておく。ドラゴンの一体とは俺が戦う。バローとアイオーンは協力してもう一体を抑え込め」
その言葉に空気が凍り付いた。原因はアイオーンからの強烈な殺気が噴き上がったからだ。
「貴様は一人で戦うのに我らは2人掛かりでか?」
遠回しに弱者扱いされたアイオーンが底冷えする様な声音で悠に問い掛けた。が、それに恐れ入って言葉を翻す悠では無い。
「そうだ。貴様なら自分の実力は弁えているだろう」
「・・・不本意だがな。だがいつか必ずや私も独力で倒してみせるぞ、ユウ」
剣呑な気配を孕んではいたが、ひとまずアイオーンは退いた。それに胸を撫で下ろしたのは悠以外の2人だ。
「ドラゴンとやり合う前に喧嘩すんなよな、お前らはよ」
「そ、そうだぞ。そもそもユウ一人でドラゴンを倒そうなど無茶苦茶だ!」
が、その発言の根は別の所にあった様で、ナターリアの発言に他の3人は怪訝な顔になった。
「な、何でそんな顔で私を見るのだ!?」
「だってよ・・・あ、そうか! さっきの戦いをナターリア、殿下はご覧になって無いのか」
「持って回った言い方をするな! 今更貴様等に礼儀など問わん!」
「そうか? じゃあ言うけどよ・・・ユウに勝てるヤツなんざ、この世界にゃ居ねえ。断言してもいいが、コイツは世界5強より強い。ドラゴンなんざ一人で十分なんだよ」
ベロウのあまりの発言にナターリアは咄嗟に言い返した。
「ば、馬鹿な!? ユウが強いのは分かったが、母上以上に強いだと!? あり得ん!!」
「ま、俺が本気で戦うユウを見たワケじゃねぇぜ? ・・・ユウ、お前から話せよな」
悠に視線を移すナターリアに、悠は首を横に振った。
「今はゆっくり説明している時間は無い。戦闘に入る時に自ずと理解出来よう。行くぞ」
その返答に腑に落ちない表情をしたナターリアだったが、悠達が歩き出してしまったのでやむなくそれに付いて行くしかなかった。
間もなく目撃する出来事に、今日何度目かになる驚愕を味わう事になろうとは思いもせずに。




