4-45 VSドラゴン4
余計な時間は掛かったが、一行は2時間後、山頂付近に辿り着いていた。
「ここか、アイオーン?」
「ああ、ここだ。しかも当たりだな。見ろ、この足跡を」
山頂付近には大きな横穴が開いており、その地面には大きな足跡と何かを引きずった様な跡が残っていた。恐らくドラゴンとその尻尾の跡であろう。
悠はナターリアを背負ったまましゃがみ込んで足跡を調べた。
「ふむ・・・大きさの違う足跡が3つ・・・一つがあのダイダラスとかいったあのドラゴンであるとしたら、残り2匹居る事になるな、レイラ」
《・・・・・・そうね》
「・・・いい加減に機嫌を直せ。何故怒っているのかは知らんが、俺が悪かった」
《・・・ふぅ。今更ユウに言っても仕方無いわ。もういいの、ちょっと悲しくなっただけだから》
悠としてもレイラがこの様な状態になるのは初めての事だったので何とも言い様が無いのだが、恐らくまた自分がデリカシーに欠ける行動をしてレイラを悲しませたのだろうと思い謝った。
だが、レイラ自身も自分の感情の正体を掴んでいなかったのだ。レイラは悠に人並みの幸せを手に入れて欲しいと願っている。いつか血生臭い世界から離れ、亜梨紗や志津香など、悠を慕う女性と一緒に平和に暮らしていければいいと思っていた。妻を娶り、愛し、子を成し、育み、やがて老いて天に帰る。一度は手に入れたはずのそれらを保留してまたこんな所まで来ているが、この世界にも平和が訪れたならば、今度こそ悠はそれらを手にするはずなのだ。
しかし、ナターリアと口付けする悠を見てからというもの、レイラの心に正体不明の細波が起こっていた。それが何故か分からないのだ。辛うじて自分の心を感じ取ると、それが「悲しい」という事だけは分かっていた。それなのに何故「悲しい」のかが分からない。体を持たないこの身が今だけはもどかしかった。
「悩みがあるなら話せ。俺とレイラは相棒なのだろう?」
《・・・ごめんね、私にも分からないの。もう少し心の整理が出来たら話すわ。・・・今は状況に集中しましょう》
「・・・そうか、分かった」
それ以上は悠も突っ込まなかった。時間が解決する問題もあるのだろう。今は依頼達成を第一にすべきだ。
「アイオーン、敵が居ると思われる階層の予測はつくか?」
「第一階層に相違あるまい」
悠の質問にアイオーンは即答した。その理由も続けて語り出す。
「既に見た通り、ドラゴンは巨大な体躯を持っている。あれだけの巨体が不自由無く動き回れるのは天井の高い第一階層か最下層しかない。が、このダンジョンはまだ生きている。ならば最下層に居るとは考え難い。外に出た個体も、恐らくは食料か水分の補給の為に外に出たのだろう」
アイオーンの説明は理路整然としていて説得力があったが、一つだけ気になって悠は再度質問を重ねた。
「ダンジョンに入った魔物は出られないのではなかったか?」
「然り。だがユウ、ドラゴンは単なる魔物では無いぞ? 魔物でも高い知能を持つ者はダンジョンに囚われぬ。恐らくは一定以上の知性を持つ生物はダンジョンを出入り出来ると考えられている。人間がダンジョンを出入り出来るのも同じ理由だというのがギルドの見解だ」
「なるほど。原因は分からんが理屈としては通っているな」
「となるとすぐに戦闘か? ドラゴン2体と逃げる場所も無く? 足手まといを連れて? そいつはいくらユウとアイオーンでも無茶ってモンだぜ?」
そこにベロウが悲観的な意見を述べた。しかし確かにその意見は的を射ているのだ。
「さっきのドラゴンより弱けりゃ、後2体居ようがユウとアイオーンが組めば負けるとは思えねぇ。が、さっきの奴はリーダーにしちゃあ短絡的過ぎる。何より調達なんて仕事は下っ端の役目だ。なら残り2体はさっきの奴より強いって考えるのが妥当な線じゃねぇか?」
「バローの予測は一理ある。・・・ユウ、ナターリア殿は置いていくべきだ。足を引っ張る事になろう」
「さっきから黙って聞いておれば私を足手まとい呼ばわりしおって! 舐めるのもいい加減にしろ!!」
ベロウとアイオーンの言葉にナターリアが激怒したが、アイオーンの冷たい表情は崩れない。
「ユウの背で凄まれても説得力に欠けますな」
「ぬぐっ!?」
ナターリアは未だ悠に背負われたままだったので、アイオーンの言葉には説得力がある。誰が見ても今のナターリアは立派な足手まといであるのだから。
「い、今降りようと思っていた所だ!」
ナターリアは強引に悠の背中から降りると、今度は膝から崩れ落ちない様に何度か慎重に体の具合を確かめ、大丈夫だと分かると上機嫌でアイオーンに指を突き付けた。
「ホラ見ろ! 私は足手まといなどでは無いぞ!!」
「バロー、アイオーン、2人の心配はもっともだが、当然ナターリアを戦闘に参加させるつもりは無い。遠くで見学させておく」
「だから貴様は私を無視するんじゃない!!!」
思わず食って掛かるナターリアだったが、悠の表情はあるいはアイオーンを上回るほど冷たかった。
「体が万全であったとしてもナターリアではドラゴンを倒す事は叶わん。今度こそ一撃で殺されて終わりだ」
「や、やって見なければ分かるまい!?」
「やって見なければ分からん時点で論外だ。自分と敵の実力を客観的に推し量れない味方など、攻撃出来ない分敵より始末に負えん」
「わ、私は仲間の仇を取らねばならないのだ! このままおめおめと帰れるか!」
「付いて来るなとは言わん。死なれては困るからな。だが手は出すな」
「私は幼な子では無い! 戦場で手を引かれるかの如き恥を晒せるか! 初陣には丁度いい相手よ!!」
「・・・貴様、戦場を知らぬ小娘の分際で戦場を語るか?」
頑なに言い張るナターリアの物言いに、悠の気質が変わった。急に強烈な威圧感を発し始めた悠を前にして、ナターリアの膝が体調不良とは別の要因で震え始める。
「一面に広がる仲間の血と臓物の海原を済まぬ済まぬと踏み越えて行く兵士の気持ちが貴様に分かるのか? 恐らく自らもその海の一部となると知りながらも大切な者を守る為に歩みを止めぬ英霊達の心意気が。そして大切な者達を守る為に可愛い部下を死地に送らねばならぬ将の絶望と矛盾が貴様に分かるのか? 答えろ!!!」
「ひっ!?」
裂帛の気勢に耐え切れずにナターリアはその場にへたり込んだ。恐怖からその口からはカチカチと歯と歯が打ち合わせられる音が聞こえて来る。
勇ましい事を言いながらも、ナターリアは戦場になど出た経験は無かった。単にドワーフや人間との戦争に出たエルフの子弟から伝え聞いただけであり、そのエルフ達にしても有力な貴族の子弟の為、血で血を洗う様な過酷な前線の話では無かったし、ナターリアにとって戦場とは、名誉と賞賛に満ちた憧れの地だったのだ。
「・・・次に稚拙な戦場を語ってみろ。貴様自身に戦場が何たるかを刻んでやる」
「ご、ごぇんなさい!! ごべんなざい!!!」
ナターリアの恐怖はある意味先ほどドラゴンに殺され掛けた時を上回っていた。訳も分からず死にかけた時より、五体満足な今の方がより恐怖を感じる事が出来たのである。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ナターリアは恥も外聞も無く悠に謝った。そこには最早一国の王女たるナターリアは居ない。ただのエルフの女性ナターリアが居るだけだった。
「・・・ユウ、もういいだろ? そんなモンでよ」
「そうだな、そろそろ片を付けるか。・・・ナターリアが泣き止んだ後でな」
(面倒見のいい事だ。口付けして情でも湧いたか? ・・・いや、その様な甘い男ではあるまいな)
ナターリアの反省を感じ取った悠はベロウに促されて気勢を緩め、普段の静かな気配に戻した。アイオーンはそんな悠をじっと見つめている。
「ひっ・・ヒック・・・」
静かに見守る悠の前でナターリアは泣き続けた。まるで自らの虚飾を洗い流すかの様に・・・
レイラ不調。悠説教。ナターリア幼児退行と中々忙しい回になりました。
蝶よ花よと育てられたナターリアですが、今後どうなるでしょうか。そしてレイラも・・・




