4-44 VSドラゴン3
《あら? ・・・ユウ、このナターリアとかいうエルフ? だったかしら? もうじき死ぬわよ?》
「む? 予想以上に体が弱いな」
悠が背負う為に近づいたナターリアの手は冷たく、顔色は青を通り越して白くなり始めている。エルフは魔法的な才能は豊富に有するが、肉体的には頑健とは言えず、悠が傷を塞いだ時には既にナターリアは手遅れに近かったのだ。
「おいおい!! こんな所で死なれちゃ困るんだよ!! 何とかしてくれ、ユウ!!」
「何とかと言われてもな。本人の体力が無いのでは手の打ちようも無い。血も足りぬ。・・・いや、待てよ」
焦るベロウに悠は思い出した事があって『冒険鞄』から箱を取り出すと、更にそこから小瓶を一つ取り出した。
「ローランから譲って貰ったこれを使えばあるいは何とかなるかもしれんな」
それはとっておきとして残しておいた『高位治癒薬』だった。一本金貨50枚にもなる高級品だが、悠は金額で物を見る人間では無いので出し惜しみをせずにその小瓶を開けた。
「ああ・・・勿体無い・・・」
ベロウは当然の如く金額で物を見る人間なので、せめて『中位治癒薬』にしてくれないかなぁと思ったが、これでエルフとの戦争を回避出来るならと無理矢理自分を納得させて目を瞑る事にした。
「ナターリア、聞こえるか? ナターリア?」
悠は何度かナターリアに声を掛けて覚醒を促すと、ナターリアが細く目を開いた。起こしてから飲ませないと上手く嚥下させられないからだ。
「・・・・・・う・・・」
「喋らなくていい。ここに薬があるから飲み込め。『高位治癒薬』だ」
そう言って悠がナターリアの口に『高位治癒薬』を少量流し込んだが、ナターリアは衰弱のあまり嚥下出来ずに口元から零れ落ちてしまう。
《無理ね。自分では飲めないわよ、ユウ》
レイラから見ると、ナターリアはほおって置けば後数分で意識は混濁し、30分後には死んでいるだろうと分析出来た。それも自業自得であるのだから仕方無いと思っていたが・・・
レイラの思惑を超えて、悠は即座に行動に出た。
「ならばこうするしかあるまい」
小瓶をナターリアから自分の口に持っていった悠は一息にそれを口に流し込んだ。
「あっ!? な、何してんだよユウ!! ・・・へっ?」
それを見たベロウが慌てて悠に手を伸ばしたが、その後の悠の行動を見てその手を硬直させながら間抜けな声を上げてしまった。
「・・・!!」
ナターリアの目が一瞬大きく開かれた。声を出せるのなら出していたかもしれないが、それは叶わなかったが。なぜなら悠の口が自分の口を塞いでいたからだ。もっとも、元気な状態であろうともナターリアに悠を振り切る様な力は無かったが。
「・・・」
悠は特に何の感情も見せずに『高位治癒薬』をナターリアへと流し込んでいった。嚥下出来ない為に自分の舌で押し込むしかない。吹き込めば気管に入り薬を吐き出してしまう恐れがあるからだ。
「あ、あああ・・・お、俺は何も見てない。俺は何も見てないからな!?」
「騒ぐな、ただの医療行為だろう。それより素材を回収するぞ、バロー」
若干指を「大きく」広げて顔を手で覆ったベロウが関係無いとアピールをするが、アイオーンはそれを多少物珍しそうに見るだけだった。わざわざ死に掛けのエルフにご苦労な事だと思いながら。
その口付けは薬を流し込み終えるまで続き、60を数える頃に悠の口が離れた。
《・・・もう大丈夫でしょ。後はその辺に転がして行ったら?》
「そういう訳にも行くまい。・・・? 何を怒っている、レイラ?」
《知らないわよ!!!》
声を荒げるレイラに首を傾げて悠は片手でナターリア、もう片手でレイラのペンダントを弄りながらナターリアの様子を見守ると、その顔に徐々に赤みが差して来た。・・・いや、そんな生易しい物では無く、徐々に顔中を真っ赤に染めていく。
「わ、わた、私のく、く、くち、唇を・・・!」
「ふむ、確かに大丈夫そうだ。流石は『高位治癒薬』だな」
わなわなと震えて自分の唇を押さえるナターリアに一切構わず、健康状態だけを確認した悠はそれだけ呟いたが、その頬に衝撃が弾けた。
「ぶ、無礼者!! お、女の唇を何と心得るか!?」
ナターリアは震えながら平手を振り抜いていた。産まれてから200余年、まだ誰にも許した事が無い唇を何処の者とも知れない、更には人族に奪われた事が我慢ならなかったのだ。
しかしやはり悠は全く動じずに立ち上がった。
「生憎連れ合いは居らんのでな。命の価値は知っているつもりだが」
悠が黙って殴られたのは、了承無しに事に及んだからであり、言うなれば罪滅ぼしだ。このくらいは男の甲斐性と割り切っていたし、それは命と引き換えにすべき物では無いと信じている。
睨み続けるナターリアに悠は続けて語った。
「無事ならば立って歩け。多少痛んでも体に異常は無いはずだ」
「言われるまでも無い!! あっ!?」
悠の言葉に反発して勢い良い立ち上がろうとしたナターリアだったが、その途中で力が抜け、膝から崩れ落ちてしまった。
口惜しげに弱々しく呻くナターリアだったが、どうあっても起き上がる事が出来ない様子を見て悠はナターリアの目の前に腰を下ろして背を向けた。
「な、何の真似だ!」
「背負っていくから掴まれ」
「冗談では無い!! 誰が貴様の世話になど・・・!」
「それはどの様な理由でだ?」
当然の如く渋るナターリアに悠は肩越しに静かに問うて来た。答えずに沈黙しようとしたナターリアだったが、悠の視線の強さに思わず言葉が口をついて出た。
「じ、人族などに助けられる位なら、我等エルフは潔く死を選ぶ! それがエルフの王族の誇りであって――」
ナターリアの口上は最後まで言い切られる事無く悠に遮られてしまった。
「下らん。自分で信じてもいない口上をそれ以上垂れ流すな。貴様のそれは子供が駄々をこねているのと変わらんぞ」
「だ、駄々!? おのれ! 高貴なるエルフを愚弄するか!?」
「愚弄しているのはエルフでは無い、貴様だ、馬鹿者め」
「なっ!?」
これまで生きて来てこうも他人に真っ正面から罵倒された経験の無いナターリアは咄嗟に言葉が返せない。今目の前の男は自分を馬鹿と言ったのか? 非才にして下等な人族が多才にして高貴なエルフである自分を? あり得ない、あり得ない!
そんなナターリアを置き去りに悠の言葉は続く。
「王族であればこそ、自分が死んだ時の事位想像出来よう。貴様が不審死すればエルフはその責任を人族に押し付けて攻め入るやもしれん。そうなれば双方に多大な死者も出よう。その責任が貴様に取れるのか?」
王族の責任という言葉がナターリアから反論の言葉を奪っていた。自国民に対してそれを忘れた事は無いつもりだったからだ。
「護衛にしてもそうだ。武運拙くして敗れはしたが、貴様の命令で戦った彼らの遺品や遺髪だけでも家族の下に返してやろうは思わんのか?」
「あ・・・キース、ムラー、ハイラック・・・うぅ・・・」
仲間のエルフ達の無残な死に様を思い出し、ナターリアは呆然と涙を零した。
「であれば、貴様のやるべきは俺達が気に食わなかろうと利用でも何でもして、石にかじり付いてでも国に帰る事だ。それが王族の責任という物よ」
その言葉を最後に悠は首を戻した。後は自分で決めろという意思表示だ。
ナターリアは涙で滲む視界で悠の背中を見つめた。その広い背中はどの様な重荷を背負わせても決してへこたれる事は無いだろうと信じさせる安心感に満ちた、男の背中に見えた。小さい自分などすっぽりと包み込んでしまう様な・・・
気が付くと、ナターリアの手は悠の肩に置かれていた。無意識に救いを求める心がそうさせたのかもしれない。
しかし今更手を引っ込める訳にもいかず、ナターリアは体を悠に預けた。
「・・・非常に不本意だが、今は貴様の背中を借りてやる! 光栄に思うがいい、この様な状況下でも無ければ貴様如きが高貴なるエルフ、ましてや王女たる私にに触れる機会など一生――」
「バロー、アイオーン、回収は済んだか?」
「おう、お前さんが長々と説教してる間にな。アイオーンの奴、解体すんの上手ぇんだよ。流石ギルド長だぜ」
「どうせ全部は持っていけんのだ。重要部位だけなら時間もかからん」
「遺髪の回収は?」
「それも済んだ。身に着けてた家紋入りの指輪と一緒にしてあらあ」
「そうか、では出発だな」
ナターリアの事など一切構わず、再び目的地へと歩き出す悠達に(特に悠に)ナターリアは絶叫した。
「私を無視するなーーーーーーッ!!!」
その姿に何となく親近感を覚えるベロウであった。
くーーちーーうーーつーーしーー!!!(大興奮
絶対誰かでやろうと思っていたのですが(候補としては蒼凪神奈辺り)、最適な場面が無いのでナターリアに。
きっと蒼凪はその為なら手首掻っ切りそうです。
蒼凪「放して・・・恵・・・手首、切れない・・・」
恵「駄目に決まってるでしょ!?」
神奈ならタコ唇で「ん~~~~!!!」ってやって受け入れます。
樹里亜「それだけ元気なら自分で飲めるわね? はい!」
神奈「モガッ!?」
・・・すんなり行かなそうですね。




