4-43 VSドラゴン2
「人族如き地を這う虫けらがオレに傷を付けるとは!!! 貴様らは生かしては帰さんぞ!!!」
ドラゴンの怒声は大音声となって大気を震わせたが、それに恐れ入る様な人物はこの場には気絶しているナターリアを除けばベロウしか居なかった。
「な、なんつうデケェ声だ! それに体もデケェ!!」
「うむ、昔私が倒したドラゴンより大きいな。ランクで言うならⅧ(エイス)かそれ以上と言っていいだろう」
「な、Ⅷだと!? おいユウ!! ほ、本当にこんな奴倒せるのかよ!?」
冷静に分析するアイオーンの言葉に悲鳴染みた叫びがベロウの口から上がったが、悠にとっては見慣れた相手である。
「大体6メートルか。レイラ、俺が見た所、精々Ⅲ(サード)からⅣ(フォース)と推定するが?」
《おまけしてⅣね。変身の必要は無いわ。もう飛べもしないんだもの》
悠の見立てに若干詰まらなそうにレイラが答えた。事実、レイラは久々に会った同族らしき者が「弱い」上に戦闘狂で尚且つ馬鹿である事にご立腹なのだ。が、悠の居た『蓬莱』とこのアーヴェルカインではランク算定方法がそもそも違い、前に述べた通り、この世界で言うのなら眼前のドラゴンは最高クラスのドラゴンと言って差し支えない存在なのだ。・・・あくまで人類が確認した中で、という注釈が付きはするが。
「ベロウ、ナターリアを見ていろ。俺とアイオーンで仕留める」
「お、おう! 任せておけ!!」
「フ、これ以上無い相手だが、何故か全く負ける気がせんな」
悠の要請にベロウは嬉々として答え、アイオーンは槍を持つ手に力を込めて不敵に笑った。その不遜な態度に青いドラゴンは更に怒りを燃やして吠え立てる。
「貧弱な人族がたった2人でこのダイダラスを倒すだと!? ふざけるな!!!」
ダイダラスと名乗ったドラゴンはその場で反転して尻尾を遠心力で悠に叩き付けて来たが、そんな大振りの攻撃が悠に当たるはずも無く、悠は軽くかわした後、一気にドラゴンとの距離を詰めドラゴンの脇腹に手を置いた。
「丁度いい、貴様の鱗はクエイドとカロンへの土産にするとしよう」
「なっ!? ゲハッ!?」
悠の手が触れている部分から波の様な衝撃がダイダラスの体の芯を激しく揺さ振り、その衝撃でダイダラスは口から多量の血を吐き出した。理解不能な攻撃にダイダラスは混乱したが、体を激しく動かして何とか悠に距離を取らせる事に成功する。だが悠の一撃に動揺し過ぎて、ダイダラスは自分の翼を断ち切った人間に対する備えを忘れ去ってしまっている。その報いは一瞬後にその体に刻まれる事となった。
「ウガッ!?」
「ドラゴンの弱点と言えば鱗に覆われていない首の下。そこをおめおめと晒すとは油断が過ぎる」
悠だけを注視していたアダイダラスの首に深々とアイオーンの槍が刺さっていた。カロンの槍は素晴らしい貫通力を発揮し、その穂先全てをダイダラスの首に埋め込んでいる。だが並みの魔物なら絶命を免れないその一撃を持ってしてもダイダラスは生きている。
「ヌガアアアアアアッ!!!」
激しく首を振ってアイオーンを振り払ったダイダラスは怒りと自らの血で赤く染まる視界に悠とアイオーンを捉え、己の最高の攻撃でバラバラにしてやらんとありったけの力でブレスを吐き出そうと仰け反って竜気を口腔内に集めて吐き出そうとした。そして首を戻した時、いつの間にか一人足りなくなっている事にようやく気付いたが、今更ブレスを止める事も出来ず吐き出そうとした正にその瞬間に真下から開いた口を強引に蹴り上げられて閉じられ、口腔内でブレスが暴走して頭部と頚部の中で風の刃が荒れ狂った。
「ン゛ーーーーーーッ!!!」
ダイダラスの目や鼻や口の隙間、それにアイオーンが刺した首の傷口から血と体の組織が混じった物が風と共に吹き出し、今度こそダイダラスはその巨体を支え切れずに地面に横倒しに倒れ伏した。
「ブレスの弱点は多い。溜めに時間が掛かり過ぎる事、仰け反る為に視界が失われる事、体内で収束する為に攻撃の瞬間自分も危険を伴う事、竜気の消耗が激しい事など多岐に渡る。貴様は圧倒的に戦闘の経験が足りな過ぎる。・・・弱者を甚振るだけでは強くはなれんよ」
最早息も絶え絶えのダイダラスに悠は淡々とブレスの弱点を告げた。攻撃力が甚大な為に見過ごされがちだが、ブレスは中距離か遠距離で使って初めて効果を発揮する物であり、近い場所を攻撃するのには向かないのだ。ダイダラスも普段ならこんな距離でブレスを放つ様な真似はしないのだが、頭に血が上っていた事と、使い慣れていないブレスを過信した為にこの様な結末を迎えてしまった。
「この、オレが・・・こ、こんな・・・じ、人族、など、に・・・」
《そうやって相手を舐めてる所が素人臭いって言ってるのよ》
「!? な、何故、貴様、から、ドラゴンの・・・気配が・・・!?」
「そんな事はどうでもいい。最後に一つだけ答えろ」
戦闘がほぼ終了したと見て、ベロウとアイオーンも近くにやって来ていた。もっとも、ベロウは恐る恐るだったが。だが、悠が聞きたがっていた事がどうしても気になって出て来たのだ。そしてその質問にベロウは動揺を隠せなかった。
「なに・・・を・・・?」
「貴様らの同族は後何匹居るのだ?」
質問の意味が頭に染み込むまでしばし時間が掛かったのは、無意識にベロウの脳がその言葉を否定しようとしたからかもしれない。沈黙が支配する中、それでも徐々に湧き上がる理解に、ベロウは総毛立った。
「・・・・・・ゆ、ユウ・・・ま、まさか、コイツだけじゃねぇのか・・・?」
「地下洞窟の入り口の破壊を見ただろう? あれはこのドラゴンのブレスでは無かった。ならば他にも居ると見るのが妥当だろうな」
「・・・なるほど、それは合点がいく。ブレスの種類が違うから妙だとは思っていたが・・・」
アイオーンもどこかこのドラゴンに違和感を覚えていたのだが、戦闘に集中し過ぎて失念していたのだった。つくづく戦闘狂と言わねばなるまい。
「それを、聞いて・・・どうする、気、だ・・・人族」
「可能なら説得を。・・・不可能なら討伐を」
悠の姿勢には何の気負いも感じなれない事から、ダイダラスは目の前の人間が真実そう言っているのだと今更ながらに悟った。それなら最初から説得に応じる振りをして油断した所を襲えば良かったなどと考えていたが、全ては後の祭りだ。そもそもそんな事が人間に対して必要になるとはダイダラスは思っていなかったのだから。
「貴様に・・・くれて、やる、情報・・・など、無い・・・く、くたばれ、人族!!」
「シッ!」
ダイダラスは最後の力を振り絞って首を持ち上げ、まだらに折れた歯で悠に噛み付こうとして果たせなかった。悠の20センチほど手前で急に失速したダイダラスの首が胴から断ち切られて転がったからだ。
「ふぅ・・・こんなになってもまだ動けるたぁ恐れ入るぜ」
ダイダラスの首を断ち切ったのはベロウだった。恐ろしさからダイダラスの挙動にずっと注目していたからこそすぐに『絶影』でダイダラスの首を狙えたのだ。また、ダイダラスの首は既に自分のブレスの暴発で千切れ掛けていた事もベロウにとって幸運であった。そうでなければカリスの剣ではダイダラスの首を飛ばす事は難しかったかもしれない。
「さて、どうするユウ? まさか帰るとは言わんだろうな?」
今度こそ絶命したダイダラスに興味を無くしたアイオーンが表面上は冷静に、内実は熱く悠を問い質すと、悠も全て分かっているというかの様に首を縦に振った。
「勿論だ。そもそも調査もまだ半ばで、俺達はその途中でドラゴンに襲われたに過ぎんのだからな」
「・・・普通の冒険者ならそこで調査どころか人生が終わるんだけどな・・・」
遠い目をして呟くベロウだったが、残念ながらこの場には共感してくれる人間は居なかった。
「となると問題は・・・アレか」
アイオーンが熱の篭らない目でチラリと一瞥したのは未だ気を失って横になっているナターリアだった。ギルド長としては失格であろうが、アイオーンはこの「楽しい」調査の足を引っ張りかねないナターリアを心底邪魔だと思っていたのだ。出来れば最初の襲撃で死んでくれればありがたいとすら思っていたくらいだ。
「助けると言ったのは俺だ。俺が背負っていこう」
「厄介な物を拾っちまったなぁ・・・迂闊に扱えばエルフと大戦争だぜ? ドラゴンとどっちが厄介か悩む所だな」
「『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』が何を言っている。フェルゼンに帰ればお前は一躍有名人だと言うのに」
「・・・ちょっと待て、なんで俺だけ!?」
アイオーンのセリフに意表を突かれたベロウが聞き返したが、アイオーンは理路整然とそれに答えた。
「それはバローがドラゴンにトドメを刺したからに決まっておろうが。ユウも見たし私も見た。ギルド長のお墨付きだから堂々とそう名乗るがいいぞ」
「あ、あんなモンが倒した内に入るかーーーーーーッ!!!」
不本意な手柄を褒められたベロウの絶叫が山に谺していった。
結構あっさり倒してしまいましたが、前座でした。ベロウがドラゴンスレイヤーとしての名声を手に入れました。棚ボタですがw




