4-39 原因究明9
「それじゃあ調査の方は頼む。その代わりと言ってはなんだが、これを持っていってくれ」
鍛錬と朝食を済ませた悠達は町の入り口にやって来ると、そこにはクエイドが待っており、旅立つ悠達に向けて木箱を差し出して来た。
「これは・・・?」
「『魔力回復薬』だよ。バローはともかく、ユウやアイオーンギルド長は魔法を使うんだろ? 持っているかもしれないけど、町の皆からの気持ちだと思って受け取ってくれないか?」
「『魔力回復薬』か。確か失われた魔力を回復出来るんだよな。結構な高級品なのにいいのか?」
「回復魔術を使える人間が居るなら渡せない所だけど、生憎この町に使い手が居ないんだ。魔物の襲撃も落ち着いているし、今からアザリア山脈に入るあんたらが持っていった方が有効活用出来ると思ってな。むしろ今は『魔力回復薬』より『治癒薬』が欲しいよ」
「そうか・・・ありがたく受け取ろう。代わりにこれを置いていくから怪我人が居たら使ってくれ」
それを聞いた悠は『冒険鞄』から『治癒薬』を10本ばかり取り出すと、クエイドに手渡した。
「おお! 『治癒薬』を持ってたのかい!? すまん、助かるよ!」
「事態が収拾したら支援の手を回す様にローラン様に頼んでおくさ。気にすんなって」
「何から何まであんたらには世話になったな・・・帰る前にもう一度この町に寄ってくれよ。その時はもっと盛大に祝わせて貰うから」
「寄る時間があればな。そういや昨日のバカ息子はどうした?」
礼の言い合いになりそうな気配を察してベロウが話題を変えると、クエイドの顔が渋くなった。
「今朝、取り巻きを連れて町を出て行ったよ。領主様に直談判するんだとさ。危険だから止めとけって言ったのに・・・。俺の話なんか聞きやしない」
「バカだバカだと思っていたが過小評価してたな。とんだ大バカ野郎だ。せっかくユウのおかげでこの辺りは多少安全になったのにわざわざ危険な場所に行くとは・・・バカは死ななきゃ治らない、か・・・」
やれやれとベロウが肩を竦めて首を振った。そんな相手を追いかけて助けてやるほどのお人好しはこの場には誰も居なかったのだ。
「ま、あんな野郎はどうでもいい。俺達は出発するぜ。じゃあな、クエイド」
「ああ、あんたらの冒険の無事を願ってるよ」
にこやかに手を振るクエイドに見送られ、悠達はアザリアの町を後にしたのだった。
悠達がアザリア山脈の麓の森に入って5分もしない内に異常が感じられた。森に一切魔物が居ないのだ。
「・・・妙だぜ、この森・・・」
「ああ・・・魔物はおろか、小動物や虫すら居らん。どうやらアザリア山脈で当たりだな」
「この引き伸ばされた様な殺気が原因であろう。余程好戦的な何かが居るらしいな」
(アイオーンじゃねぇのか、それ?)
声に出さずに突っ込むベロウだったが、それは胸中の不安を誤魔化す為でもあった。好戦的な高ランクの魔物と話の通じないエルフが相手ではそれも無理は無い。
「逆に考えれば目的地まで遮る物が無いという事だ。一々雑魚に構っていては時間が掛かってしょうがない」
「そうだな。まずは森の奥へ向かうぞ、付いて来い」
誰も居ない森の中を一行はアイオーンに先導されて奥へ奥へと進んで行った。
「これは・・・」
「崩落しているな。・・・いや、待て、崩落箇所が焼け焦げている。自然崩落では無く、何者かに破壊されたか」
悠達が一時間ほどかけて最初の目的地である森の南の地下洞窟まで辿り着くと、そこは既に入り口が崩壊し、中に入る事は出来そうに無い状態となっていた。
「魔法か能力による破壊と見て相違あるまい。それも相当な手練れだな。この規模での破壊は私では難しい」
アイオーンが検分した結果を淡々と告げる。風槍シルフェの様な属性強化の装備無しではアイオーンにもこれだけの破壊力を出す事は難しいと分かったのだ。
アイオーンはかなりの種類の魔法を使いこなすが、威力自体は一般的な魔法使いよりも多少上といった程度であり、だからこそ魔道具を用いて各種属性を強化していたのだった。
「これ以上はこの場からは読み取れんな。湖の方に行ってみるとしよう。生物であるなら水場は必須だ」
「分かった」
短く答えて悠はレイラに『心通話』で問い掛けた。
(レイラ、何か分かるか?)
(多分ユウと同じ見解よ。あの崩落は一撃で引き起こされているわ。それにこの場に残る力の残滓・・・相手は龍で間違い無いわね。爆破系の吐息を使ったと見るわ。もしかしたら竜かもしれないけどね)
(やはりか・・・)
この場に魔物も動物も居ない事も悠がアザリアの町でやったような竜気の散布であるとすれば納得がいく。
(ここ一帯を縄張りとしたのなら、異物が侵入すればその内襲ってくるか)
(探知能力に長けた龍ならそうかもしれないけど、そうでないなら中々気付きはしないでしょうね。根気良く居そうな場所を探す方がいいわ)
レイラの言葉にペンダントに触れる事で答え、悠達は東を目指して更に森の中へと歩いて行った。
また地下洞窟から歩く事1時間、アイオーンの案内でやって来た湖は惨憺たる有様であった。
「うへぇ、壮絶だなこりゃ」
「戦闘の後か食事の後か・・・もしくは両方か」
湖の周りには大量の魔物の死骸が転がっていた。どれもこの湖を縄張りにする魔物達である様で、普段は湖に近づいた獲物を襲っていたのだろうが、今は陸に打ち上げられてその無残な死骸を晒している。引き裂かれた物、頭部を消失した物、黒焦げになっている物と死因は様々であったが。
「噛み傷から察するに、相当大きな相手にやられた様だな」
「・・・アイオーン、これは俺が見るに相手はドラゴンと断定して構わんと思うが」
「ああ・・・私もそう思う。とすると・・・面白くなって来たな」
「面白くねぇ!! あ~・・・最悪の予想だきゃあ当たりやがる!!」
不敵に口元を吊り上げるアイオーンにベロウが怒鳴って頭を抱えた。
「まだ戦うと決まった訳では無い。話してみてから――」
言葉の途中で悠は自分の顔の横で手を握り締めた。急な悠の動きに何事かとベロウが注視すると、その手にはいつの間にか矢が握り締められていた。
「敵か!?」
「その様だ。中々いい腕をしているな」
「感心してる場合か! 隠れてないで出て来やがれ!!」
ベロウが剣を抜いて矢が飛んで来た方向に向かって怒鳴ると、そこから数人の人影が草むらを掻き分けて現れた。
その一団は弓と魔法をいつでも放てる様に警戒しつつ悠達に誰何して来る。
「貴様らは何者だ! この異常事態を引き起こしたのは貴様らなのか! 答えろ人族!!」
その先頭に立ってこちらに尋問する女性を見て、ベロウの顔に特大の苦味が走った。
人間離れした美しい容姿、背中に届く長く艶やかな緑髪、そして何よりも人間とは異なる長い耳が彼女がエルフであると雄弁に語っていたからだった。
新種族エルフ登場回。初見の相手にヘッドショットをかましてくる恐ろしい種族です。




