1-16 墓前3
悠とレイラは、しばしの回想から現実に戻った。
廃墟と化した実家には昔の面影は殆ど無い。庭に植えられていた銀木犀も火に煽られたのか、焼け焦げて花を咲かせた様子も無い。そして、美夜が横たえられていた場所にも、黒い染みが残るばかりて何も無い。
《ねぇ、ユウ。お墓って言ってたけど、あの時はそんな物を作っている暇は無かったわよね?》
「ここは母上と香織と、そして家族の思い出が眠っている場所だ。ならば墓と呼ぶべき物では無いかな?雪人はそれを分かっているからこそ何も言わなかっただろう?」
死者が眠り、生者が懐古する場所を墓と呼ぶのなら、確かにここは墓だった。
《・・・そうね。せめてミヤの遺体くらいは持っていってあげたかったんだけど》
「あの場であれ以上留まる事は出来なかった。レイラの判断は間違っていなかったさ」
悠は胸元のペンダントを指で弄びながら答えた。この優しい相棒に、気にしていないと言葉だけに依らずに使えたかったのだ。
「だから、せめて今埋葬して差し上げようと思う。母上を長く野晒しにしてしまったからな。それと・・・」
悠は懐から、焼け焦げて、色褪せたヘアバンドを取り出した。香織の形見だ。
「香織も一緒にな。あいつは灰すら残らなかったようだからな・・・」
旧神崎家は最早最低限の形すら風化させようとしていた。台所のあった場所は記憶で分かるが、遺体の痕跡は皆無だった。
《ユウ、ちょっと考えたんだけど》
レイラがそんな悠を慰めるように言った。
《ナナかナナナに、ミヤとカオリがちゃんと天国・・・天界に行ったかどうか、聞いてみてもいいんじゃないかしら?》
悠はその言葉に意表を衝かれた。確かに、自称神とその化身であるという言葉が本当であるなら、二人の行く末を知っていてもおかしくは無い。それに、根拠としては弱いが、これまでの話の裏付けになるかもしれなかった。
「なるほど。しかし、俺だけが死者の・・・家族の行く末を聞くのは他の大切な者を失った人々に対してアンフェアでは無いだろうか?」
家族の行く末を聞きたい人間がどれほどいるのかは想像出来ないが、それは決して少ない数では有り得まい。立場を利用して特権を振るうのは、悠の最も嫌う行為の一つだった。
《それが叶うかどうかは分からないわ。でも向こうの真意を確かめる為にも、これは有効な手段の一つである事は確かよ。言ってみるだけでも悪くないと思うわ》
レイラの言葉に、悠は黙って考え込んだ。悠とて最強の竜騎士と言われようとも人の子である。愛した家族の行く末が気にならないはずが無かった。
「ああ、分かった。今晩の集まりで雪人と相談してみよう」
そう言いながら、焼け焦げた銀木犀の木の下に両膝をつけた悠は、竜鎧を篭手だけ着装して穴を掘った。
竜騎士の力で掘られた穴は、すぐに大人の膝くらいまでの深さになり、立ち上がった悠は黒い染みのある部分の土を両手で掴めるだけ掴んで、穴の中に振り撒いた。そして、その上に香織のヘアバンドをそっと乗せて、穴を埋め戻した。
《ユウ、墓標は立てないの?》
「墓標は生者が死者を忘れない為に刻む物だ。そして俺は一生忘れない。だから、この木が墓標でいいんだ・・・」
そう言って、悠は篭手を収納し、胸元のポケットの銀木犀の花を添えて、静かに手を合わせた。
「香織、寂しい思いをさせて済まなかった。母上、遅れてしまい申し訳ありませんでした。・・・俺は、貴女との約束を守れているでしょうか?・・・・・・」
風が吹き、悠に微かな甘い香りを届けた。