4-35 原因究明5
「アンタ、名前は?」
ベロウに問い掛けられた兵士は自分に呼び掛けていると気付くまで数秒掛かったが、ベロウが頷くと質問に答えた。
「お、俺は・・・いや、私はクエイドと申します」
「あーあー敬語なんていらねぇって。んでクエイド、お前さんがここの兵の指揮者なのか?」
口調を改めたクエイドにぞんざいに手を振ってそれを制したベロウが再度クエイドに問い掛けた。
「あ、ああ。一応このアザリア駐留隊の隊長を務めさせて貰ってるが?」
「じゃあそこのハゲを牢屋にでもぶち込んでおいてくれ。んでもって事態が収拾したら正直に証言してくれりゃあそれでいい。ローラン様には俺から話を通しておくからよ」
「・・・あんた何者なんだ? ギルド長といい、フェルゼニアス公爵といい、随分顔が広いみたいだが?」
「そんな事は後にしようぜ。ハゲが逃げようとしてっからよ」
ベロウとクエイドが話している間にこっそりと地面を這って逃げようとしていたハモンドの背中がビクリと跳ね上がった。
「む! お前達、町長を捕えろ!!」
「「ハッ!」」
「なっ!? は、放せ! わ、ワシを誰だと思っておる!?」
「生き汚いハゲ親父以外の何者でもねぇだろうが。・・・おい! コイツを捕まえるのに反対の奴は居るのか?」
ベロウが周囲を見回してそう尋ねたが、ハモンドを庇おうとする者など誰一人として居らず、冷たい視線で押さえ込まれたハモンドを見下すばかりであった。ベロウの情報操作の賜物と言えるだろう。
「連れて行け!」
「ハッ! ほら、とっとと歩け!」
「クッ!? お、おのれ!! 町長であるワシにこんな・・・!」
「「元」町長だろ? 二度と生きて会う事も無いだろうから今の内に行っておくぜ。・・・あばよ」
「はなせぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!」
喚き散らすハモンドの腕を捻りあげながら、兵士達はハモンドを連行していった。
「さて、バカが居なくなった所で、この町の状況を詳しく知りたいんだが、クエイド、お前さん知ってるか?」
「この町周辺の事なら全て部下から報告を受けているぞ? それでいいなら」
「上等だ。アイオーンとユウが居れば当分の間は魔物もここを襲っちゃ来れまいよ。ゆっくり話を聞く事にしよう」
「では詰所まで案内する。・・・お前達は町の外の警戒に当たってくれ! 心配するな、『氷眼』アイオーンが我らには付いている! この町は助かるぞ!!」
ベロウにそう返してから、クエイドは不安がる周囲の人々に向かって叫んだ。事実、引っ切り無しに響いていた町の近くでの戦闘音が遠くなっているのも功を奏し、人々の顔に安堵の色が広がる。悠で無くアイオーンの名前を使ったのは、単なる知名度の違いだ。
(へぇ・・・中々信頼されてるじゃねぇの。居なくなった町長の代理をコイツに頼んでもいいかもな)
クエイドのカリスマを垣間見たベロウはそんな事を考えながらその背中に付いて行った。
一方、アイオーンは不満たらたら作業的に魔物の排除を続けている。数が多いのは一向に構わない。・・・アイオーンを失望させたのは、魔物があまりに弱い事だった。
(この地方で強いと言えばジャイアント(巨人)だが、それが一体も居らん。居るのはゴブリン(小鬼)にオーク(豚鬼)にジャイアントラット(大鼠)と小物ばかり。せめてフォレストウルフ(森林狼)くらい出てくればいいものを・・・ユウに南側を譲ったのは間違いだったかもしれん)
思考に意識を半分割きつつも、アイオーンの殲滅速度は変わらない。魔物のどれもがアイオーンの攻撃を避ける事も受ける事も出来ないのだから当然と言えば当然なのだが。
アイオーンが愚痴った通り、南側に強力な魔物が偏っているからこそ弱い魔物達が北へ流れて来ているので、その愚痴も根拠が無い訳では無かった。
既にアイオーンが倒した魔物は100を超え、その数はどんどん積み重なるばかりである。
(もうじき完全に夜になる。もう少々狩ったら町に――)
雑魚狩りに辟易したアイオーンがそう思った時、南側の空の一点に光が灯ったのが見え、何の光かと訝しげに目を凝らそうとした刹那、その光が分裂して地上へと降り注ぎ、連続した爆発音を轟かせ始めた。
「あれは・・・ユウか!」
この地方にあの様な魔法を使える魔物は居ないのだから、必然的に悠の仕業であると考えるのが自然だろう。
「一体何だ、あの魔法は? これほどの規模の魔法が個人で使えるとは・・・いや、そもそも魔法なのか、あれは?」
アイオーンの疑問に答えられる者は、この場には誰も居なかった。
《ユウ、この位暗くなれば誰にも見つからないわよ。周囲にも人間の反応は無いわ》
「情報収集とその精査もある。『竜騎士』になるぞ。・・・変、身!」
《了解!》
周囲が闇に包まれ始め、町からでは悠の事を確認出来なくなったのを見計らって、悠は『竜騎士』へと変身し、そのまま空へと舞い上がった。
「レイラ、竜砲を自動設定。追尾モードに固定。目標を固定して一発ずつ撃ち込め。地形は破壊しない様にな」
《了解。竜気の収束始め。目標検索・・・固定。数198。追尾モードに移行。・・・竜気収束、目標殲滅量に到達》
そのまま地を見下ろす様に空中で静止した悠が地上に向かって手をかざすと、レイラの声と共に光球が現れ、毎秒毎にその大きさを増していった。そしてすぐに敵を殲滅するに足る量の大きさにまで膨らむと、悠が地上に向かって死を宣告した。
「竜砲、発射」
《発射!》
夜空に輝く太陽の様な、矛盾する存在から200条にも及ぶかと思われる光弾が瞬時に発射された。それはあるものは直線的に飛び、またあるものは光る蛇の如き動きを見せてアザリアの南側の草原に散り散りとなって飛んでいった。
まるで空の星が降り注いで来たかの様な幻想的な光景はほんの数秒で終わりを迎える。
「・・・結果は、と聞くまでもないな」
《全弾命中。生命反応0。殲滅完了よ、ユウ》
「うむ。これより帰投する。地上に降りたら竜騎士化解除だ」
状況の終了を見極め、悠はすぐに地表へと降り立ち、普段の冒険者としての姿を取り戻す。空に浮いている時の『竜騎士』の姿は逆光になって誰の目にも映ってはいない。
「これでしばらくは町も安全であろうよ。かなりの竜気を撒き散らしたからな」
悠が言っているのは竜気によるある種の結界に近い物だ。動物など勘の鋭い生物ならこの一帯に撒き散らされた竜気を感じ取れば迂闊には近寄れなくなる。その様な現象が『蓬莱』では確認されており、それは恐らく魔物にも有効であろう。
《ベロウから報告を聞きに行きましょ。ここだけの話、そういう分野では頼りになるものね、ベロウは》
「直接言ってやれば喜ぶぞ。奴はまだレイラに嫌われていると思っているからな」
《結構じゃない。調子に乗り易いベロウにはその位が丁度いいわ》
レイラも実はとっくにベロウの事は認めていた。情緒面で融通の利かない悠にとって、世俗に通じたベロウはまさにうってつけの人物であり、最近の働きを鑑みればベロウを評価しないのは不公平だとすら思っていた。だが・・・色々理由を付けても、結局の所レイラにとってベロウを褒めるというのは今更感があって少々照れ臭いのだった。
「アイオーンの方も大体終わっていよう。音が止んでいる」
《きっと今の竜砲についてあれこれ聞いてくるわよ。アイオーンって、ちょっとジョウと似た匂いがするのよね》
「違いない。アイオーンの方が隠すのが上手いがな」
そんな事をレイラと話しながら、悠はアザリアの町へと帰って行ったのだった。




