4-33 原因究明3
「お、済んだのか、ユウ?」
「ああ、済んだ。待たせて悪いな」
「ではアザリア山脈へ向けて出発だ。今度は最短の距離で進むぞ」
「案内は頼んだ、アイオーン」
アイオーンは簡易的な地図を取り出しながらこれからの予定を語り始めた。
「アザリア山脈はここから南の方角にある。移動には馬車に使っていた馬を使えば早かろう。麓には小さな町があったが・・・連絡が途絶していてどうなっているかは分からんな」
「そこまで馬で行けばどの位掛かる?」
「ふむ・・・街道を通れば馬で3時間といった所か。しかし今の状況では順調な旅路は望めまい。今日中に着ければ御の字だろう」
悠の質問にアイオーンは少し考えてから答えた。ここからアザリア山脈と同名の町であるアザリアまでおよそ80キロ前後であり、そこから先は緩衝地でもある森林地帯とアザリア山脈となっている。アイオーンが危惧する通り、現在の情勢では魔物の襲撃などを考えるに、倍ほど時間が掛かると思われる。
悠達は冒険者であり、そしてアイオーンはその冒険者の地方統轄役であるので、魔物の討伐を推奨するギルドとして魔物を無視して進む訳にもいかないのだ。
「今は丁度昼くらいだな。夜の鐘(午後6時)までに着く事を目安に行くとよかろう」
「ユウ、お前さんは馬には乗れるのか?」
「乗った事は無いが、すぐに慣れるから気にせんでもいい。類似の生物には乗った経験がある」
「じゃあ出発しようぜ。なるべく魔物に出会わなけりゃいいんだがよ」
そうして3人はそれぞれ馬に跨り、屋敷を後にした。
「なぁ、ゆうせんせーと何をしゃべってたんだよ、はじめ」
「ん~・・・ひみつ。おとことおとこのやくそくだもん」
「ちぇ、じゃあきけないか。おとことおとこのやくそくだもんな」
「でも・・・ゆうせんせい、がんばれって。がんばったらごほうびをくれるって言ってたよ?」
「「「えっ!?」」」
何気なく京介と始の話す内容に聞き耳を立てていた一同がその言葉に反応した。
「そっかー、じゃあおれもがんばろっと」
「わたしもがんばる~。ゆう先生におかしかってもらうの~」
「わたしはおよげるところに行きたいなー」
「・・・お肉を・・・」
「ど、どうする樹里亜! 何をお願いする!?」
「何って・・・わ、私は別に・・・」
「めい、またゆうおにいちゃんといっしょにねる! おふろも入る!」
「じゃあ、私もそれ・・・」
「蒼凪はダメ! 明と意味が違うでしょ!?」
「一回、一緒に冒険に行ってみたいなぁ・・・」
「・・・なぁ、ミリー、俺達も頑張ったらアニキ達から褒めて・・・って、お前何で赤くなってるんだ?」
「な、何でも無いわよ! 兄さんのバカ!!」
騒ぎは大きくなる一方であり、当分収まる事は無かったのだった。
「助かったよ。それにしてもアンタら、とんでもなく強ぇな・・・って、もう行くのかい?」
「すまん、先を急ぐ身の上でな。討伐部位も譲る。ではさらばだ」
悠達はアザリアへ向けて馬でひた走っていた。
途中、襲って来る魔物に加え、襲われている商人、旅人、フェルゼンの兵士、崩壊しかけた冒険者パーティーなどを助けての旅路は順調とは言い難く、やはり倍は時間を食いそうだった。いや、討伐部位を切り取っていては更に時間が掛かるに違いない。
「勿体ねぇなぁ・・・おい、アイオーン、ギルド長本人が見てるんだから、報酬に上乗せしてくれよ」
ベロウの提案は少々厚かましいが、倒したのは確かに悠達であるので一応の道理が無い訳でも無かった。が、アイオーンはにべもなく断った。
「駄目だ。ギルド長だからこそ手心を加える様な真似など出来ん」
「チッ、頭の固ぇ奴だな」
「そんな事より速度を上げろ。これ以上遅れると夜になるぞ」
「はいはい、まるで俺達こそ馬車馬みてぇだぜ」
再び馬で駆ける3人の噂が助けられた彼らより伝わり、帰って来た時に盛大な歓待を受ける事になるのだが、それはもう少し先の話である。
殆ど休まずに駆け、そして戦い続けた悠達の目にアザリアの街が見えて来たのは丁度街から夜の鐘(午後6時)が聞こえ始めた時であった。
「ふぅ・・・着いたか・・・」
それを見たベロウが大きな溜息を付いた。流石に鍛えていると言っても6時間の強行軍はベロウの体に疲労を感じさせていた。昨夜の睡眠不足もある分、同じ疲れているにしてもアイオーンよりベロウの方がより疲労が大きいのだ。
だが睡眠不足どころか一睡もしていないはずの悠からは相変わらず疲労の欠片も見つけられなかった。
「今日はこの後はあの町で情報収集しておこう。見た所、全滅しているという訳でも無かろう」
悠の目には町の門の横に作られた櫓から弓で近寄って来た魔物を射る兵士の姿が見えていた。櫓はもう片方にも作られていて、そちらからは攻撃魔法が放たれ、近寄る魔物を焼き殺している。
「ああ、でも長くは持ちそうに無いぜ? ここから町までの間にも結構な数の魔物が見えるからな。あれが皆町に押し寄せたら・・・あの規模の町じゃ防ぎ切れねぇだろうな」
ここから見る限り、アザリアの町は最低限町と言える規模しか備えていない様にしか見えなかった。人口も500人を下回るだろう。その内、魔物と戦える者は100人居るかどうか。
「ならば町に着くまでに、襲って来る魔物共を可能な限り倒し尽す。バロー、アイオーン、町での情報収集は任せた」
「自分だけ戦闘とは許せんな。ユウ、私はこのまま町の北側で防衛に着く。お前は町に沿って駆け、南側を防衛しろ。交渉や情報収集はバローに任せる」
「いいぜ。アイオーンの名前は使わせて貰うからな」
「好きにしろ。ある程度倒したら町へ帰る」
「では、散会だ。バロー、俺の馬も頼んだ」
素早く相談を纏めた悠達は各自で行動に移った。悠は馬から飛び下りて疾走を開始し、アイオーンも一番近い魔物に向かって馬首を巡らす。ベロウは悠の馬を回収して並走させながらアザリアへ走った。
町の櫓で防戦に徹していた冒険者や兵士達の目にも3人の姿が既に見えているが、応援にしては少ない人数に露骨に落胆の色を見せていた。
「クソ、3人ばかり増えたくらいじゃ防ぎ切れないぞ! それに門を開ける余裕も無い」
「それ以前に何であいつらはわざわざ分かれたんだ? 3人纏まっててもキツイのに、一人になったらすぐに――」
その愚痴とも言える言葉はアイオーンが槍を振るって魔物の一団の首を纏めて斬り飛ばすと沈黙に取って代わった。
驚く間も無く、アイオーンは風を纏った刃を振るい、中距離~近距離の魔物達を次々と刈り取っていく。アイオーンの不可視の刃の前には、ゴブリン(小鬼)だろうとオーガ(大鬼)だろうと等しく脆弱な獲物に過ぎず、練習用の木人の如く、力無くその躯を地に晒していった。
唖然としてそれを見続ける門番達であったが、その間に門の側まで襲われずにやって来る事に成功し、地に伏したまだ息のある魔物にトドメを指しながら声を掛けて来たベロウの一言で我に返った。
「おーい、門を開けちゃあくれねぇかーっ? うちのパーティーメンバーが気を引いてるうちによ!」
「・・・・・・ハッ! あ、ああ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「おい、開けるつもりか!?」
「どうせこのままじゃジリ貧だ! 頼りになる奴がこっちに付いてくれるんなら構うもんか!」
「・・・他に選択肢があるとしたら・・・あいつらに勝手に戦って貰って、知らん振りを決め込むってのも・・・」
「そ、それは・・・!」
悠達を囮にして見捨てる選択肢を示した男に、下からベロウの声が再度響いた。
「まだかー? せっかくフェルゼン冒険者ギルドのギルド長アイオーンを連れて来てやったんだぞーっ。これ以上待たせるなら、俺達はフェルゼンに帰るぜーっ!」
ベロウの言葉に数人の男達がギョっとなってもう一度魔物と戦う男に目を凝らすと、それは確かに彼らの所属するギルドのギルド長であるアイオーンである様だ。あれ程巧みに槍を使い、風の刃で魔物を駆逐出来る冒険者がそうそう何人も居るはずが無い。
「ま、マズイ! ギルド長が居るのに見殺しにしたなんて知れたら、俺達が殺されるぞ!」
「は、早く門を開けろ!!」
ベロウの言葉の効果は絶大で、今度はすぐに門が開き始める。男達の顔に良からぬ物を感じ取ったベロウは咄嗟にアイオーンを交渉(脅し)の道具に使ったのだ。流石に交渉を任されているだけの事はある。
「さて、俺の方は情報を集めるとして、程々で戻って来いよ、ユウ、アイオーン」
ベロウは疲労や緊張などを押し隠し、口笛などを吹きながら、門の中へと入って行った。




