4-29 花の都フェルゼン15
朝食後、すぐに出立の運びとなった一同は昨日と同じく馬車へと乗り込んでいた。
「では行こうか。アラン、今日は私はすぐに戻るよ」
「お帰りをお待ち致しております」
ローランの言葉にアランが頭を垂れた。
「なぁ、俺達が揃って抜けていいのか? 誰か残った方が・・・」
ベロウは不透明な状況を考慮してユウに忠告のつもりで言ったのだが、悠は首を振った。
「必要は無い。二重の意味でな。・・・というか貴様、まだ分からんとは修行が足らんぞ」
「あん? どういう事だよ?」
悠の言葉にベロウが怪訝な顔で聞き返した。
悠の言う意味の一つはレイラの『分体』の事として、もう一つとは何なのか? その答えはすぐに返って来た。
「試しにその腰の剣を抜いてアランに斬り掛かってみるがいい。・・・出来るならな」
「何!?」
「・・・お戯れを。この様な老骨に何を見ておられますかな、ユウ様?」
咄嗟にベロウは腰の剣に手をやってアランを見ると、そこにいたのはもうタダの老執事では無かった。
(なんてこった! 斬り掛かる隙が全くねえ!!)
ベロウがどう斬り掛かろうとしても目の前のアランを斬れるイメージが浮かんで来なかったのだ。
思わずベロウの額と背中に冷たい汗が滴り落ちた。
「アラン、アンタ・・・」
「分かったか? これがローランが身重の妻を残して王都に行ける理由だ。アランは少なくともアイオーンクラスの強者だぞ」
「クク・・・手合わせもせぬ内に見抜かれたのは初めてで御座います。流石はユウ様」
アランの顔に浮かぶ笑みが猛禽の如く歪められた。次の瞬間には元の穏やかな笑顔に戻っていたが、これこそがアランの本性であるのかもしれない。
「先代の頃には私も「少々」暴れましたが、今はただの執事で御座います。その様にお扱い下さいませ」
「分かっている。留守中、ローラン達を頼む。行くぞ、バロー」
「あ、ああ・・・クソ、俺も修行が足りねぇなぁ、ホントに・・・」
こうして悠達は後顧の憂い無く、フェルゼニアス邸を後にした。
ギルドの前ではアイオーンが仁王立ちして一同を待っていた。
「やぁ、アイオーン。遅れて済まない。ちょっと妻が出産でね」
「それはおめでとうございます。中へどうぞ」
事務的かつ無感動に言うアイオーンの口調は全くめでたそうでは無かったが、今更言っても詮無い事なのでローラン達はさっさと中へ入って行く。
「おい、昨日の奴らだぜ!」
「バカ、フェルゼニアス公爵もいらっしゃるんだから無礼な口を聞いたらぶっ飛ばされっぞ!!」
「ひぇぇ・・・おっかねぇ・・・」
「ギルド長が負けるとはな・・・お前、最後まで見たか?」
「見に行った奴で最後まで見れたのはマリアンさんと連中だけだよ。俺はそこら辺の奴らと一緒に仲良くオネンネさ」
既に昨日の件は伝わっているらしく、ギルド内には喧騒が立ち込めている。是非当事者からの話を聞きたいと思った彼らだったが、ギルド長に加え公爵家当主までが居るとなっては迂闊に近づく事さえも出来なかった。
そうこうしている内に一同は執務室の中へ入って行く。
「お掛け下さい、ローラン様。お前達も適当に掛けろ」
「ああ、早速会議を始めるかい?」
ローランの言葉にアイオーンが首を振った。
「会議というほどの物ではありませんな。兵を出し、冒険者を送り出す。後は依頼料と連携についてくらいです。それも私では無くマリアンの職責ですから」
「やれやれ、そんなに早くユウと行きたいのかい、アイオーン」
「ご想像にお任せします」
ローランの揶揄する言葉にも眉一つ動かさないアイオーンだったが、その姿は既に旅装であり、終わり次第旅立とうという意図が明白だった。
「ま、いいさ。後の事は私とマリアンで上手くやっておくよ。君は事態の解決に力を注いでくれたらいい。・・・あ、でもアザリア山脈に向かう前に、ユウが行かなければならない場所があるから、そこに寄ってから行って貰うよ?」
「それはどこですかな?」
「ここから東に5キロ、北に5キロほど行った場所にある場所さ。そこにユウは居を構える事になってるんだ」
「・・・あそこには崖の他に何も無かったはず。今はそんな悠長に家など建てている場合ではありませんが?」
「それについては心配無用だよ。何せ一瞬だからね」
あくまで笑みを崩さないローランにアイオーンの眉がピクリと上がった。
「どういう事ですか?」
「この件については質問も他言も許さない。もっとも、君が絶対に誰にも喋らないと約束するなら――」
「約束します。ですから続きを」
ローランが皆まで言う前にアイオーンは誓約した。回りくどい話は元来好きでは無いのだ。
「っと。そうかい? ユウ、話してもいいかな?」
「アイオーンであれば。マリアンには席を外して貰ってくれ」
「何故ですか!? まさかアイオーン様によからぬ事を吹き込むつもりでは・・・!」
「控えろ、マリアン。話が終わるまで外で待て」
「そんな!? アイオーン様!?」
「だがアイオーンが話を聞いて、それでもマリアンに話してもいいと思ったのなら止めはせん。それで今は納得してくれ」
「しかし!」
バンッ!!
尚も食い下がるマリアンにテーブルを叩く音が体を叩いた。
「控えろと言ったぞマリアン。そんな様子だからこそ話を聞かせられんのだと言われなければ分からんのか?」
「うっ・・・も、申し訳ありません、アイオーン様。・・・終わったらお呼び下さい・・・」
アイオーンに叱責されてマリアンは意気消沈して部屋から退出して行った。
「ちょっと彼女には酷だったかな?」
「マリアンは忠義者ゆえ。ご無礼お許し願いたい」
「いいさ。手早く済ませよう。ユウ?」
「ああ、最初から話すとするか。まず――」
そうして悠はこれまでの経緯を10分ほどでアイオーンに語って聞かせた。
「・・・そうか。貴様ほどの男が私を謀るとも思えん。信じよう」
「やけにあっさり信じたね? 君はどちらかというまでもなく疑り深い方だと思っていたけど?」
ローランの疑問にアイオーンは明快に答えた。
「手合せしたのだから分かります。ユウがどういう男であるのかは」
「私には分からない感覚だけど、君がそれでいいのならいいさ。・・・でも事は国への背信にも繋がりかねない物だよ? その辺はいいのかい?」
「私はこの国に対して忠誠を誓っている訳では無いので」
「・・・君も公爵を前にして中々言うね、アイオーン・・・だけど、これでマリアンには聞かせられないと言った意味は分かったかな?」
「はい。今回の件には関わり合いの無い事ゆえ、マリアンには伏せておきましょう」
その時、執務室の机の上にある水晶球が点滅を繰り返した。
「・・・ミーノスギルドの点滅パターン・・・コロッサスですな。出てもよろしいですか?」
「ああ。・・・ちなみにコロッサスもサロメも今の話は知っているよ」
「なるほど・・・では失礼」
アイオーンが水晶球に手をかざすと、光を放っていた水晶球にコロッサスの顔が浮かび上がった。
《よう、お揃いだな! アイオーン、ユウの話は聞いたか?》
「聞いた。それだけか?」
《相変わらずせっかちな野郎だな・・・で、どうなんだ? 乗るのか? 乗らないのか?》
「ユウは信用出来る。それに私はユウに負けた。手助けくらいはするべきだろう」
《アッハッハ!!! お前も負けたか? ハハハハハ!!!》
「・・・切るぞ」
爆笑するコロッサスに辟易してアイオーンが水晶球を止めようとしたが、慌ててコロッサスが制止した。
《ま、待て!! まだ本題に入ってねぇ!! お前も知ってるだろ? 魔物の出現数がやたら増えてる事に!!》
その言葉にアイオーンの手が止まった。
「知っている。そしてこれから私はユウ達と共にアザリア山脈へ行く予定だ。お前と長々と話している暇は無い」
《何っ!? お、おい、ズルいぞ!! 俺だって偶には冒険に出たいってのに!! 大体お前は――》
《コロッサス様、代わって下さい・・・邪魔です》
《うおおっ!?》
ガタンと大きな音がしたかと思うと、画面の相手がいつの間にかサロメに入れ替わっていた。
《お久しぶりです、にいさ――アイオーン様》
「サロメか。挨拶はいい。早く用件を」
《今日になってミーノス近郊でも魔物が活発化しております。何人かの冒険者の証言では、アザリア山脈へ向かって飛ぶ大きな魔物を見たとの報告もあります。くれぐれもご注意を》
「そうか、分かった。コロッサスの手綱をしっかり握っておけよ?」
《分かっております。決して目を離しません。ご武運を》
兄妹の会話としては無味乾燥に聞こえたが、2人にとってはこれがいつもの会話なのだった。・・・後ろでコロッサスが痛みで転げまわる声がする中冷静なのもどうかと思うが。
そのまま水晶球は光を失い映像は途切れた。
「では出発しよう。ローラン様、行って参ります」
「君は本当にせっかちだねぇ・・・いいさ、行きなよ。後は私とマリアンでやっておくから」
「では失礼を。行くぞ、ユウ」
「ああ、ローラン、何かあったらレイラに言え。すぐに戻る」
「心強いよ、ユウ。事態の収拾を頼んだよ」
悠達とアイオーンは共にローランに頭を下げ、部屋を出て行った。
「さて、私は私で頑張らないといけないね。新しい我が子の為にも・・・」
ローランの独白が誰も居ない部屋に響いた。
すいません、纏まり切りませんでした;;
次の一話で今度こそ区切りです。




