4-28 花の都フェルゼン14
明くる日、悠はいつも通り朝5時に庭へと出て来ていた。その顔に疲労の色は無い。真実、あの程度で動けなくなる様な鍛え方はしていないのだ。
だから樹里亜と神奈を部屋に送り届けてから、顔だけ洗って日課をこなしに庭に来た。
悠は一晩の慣れない作業で凝り固まった体をいつもより入念に解していった。
周囲はまだ暗く、一般人では様子を見る事は困難であったが、悠の鼻に芳しい香りが届いて来る。昨日ローランが言っていた花であろうか。
その間にも起きて現れる者は居ない。やはり皆昨日の夜が響いているのだろう。恐らく今日は誰も現れまい・・・と悠が思っていると、城から一人の人物が歩み寄って来るのが感じられ、そのまま背後に近づく者に悠は声を掛けた。
「バローか、早いな」
「っと、後ろに目でも付いてんのか、お前さんは。ふぁぁ・・・おはようさん」
《よく起きれたわね。他には誰も起きていないみたいなのに》
レイラの言葉にベロウは軽く答えた。
「誰かが率先して寝ないとガキ共が寝ねぇんだよ。だから俺が一番最初に寝たのさ」
《あらあら、バローも大分気遣いっていう事が出来る様になったのね。褒めてあげるわ》
「嬉しくて涙が出るねぇ・・・ふぁぁ・・・」
欠伸を噛み殺しながらベロウが目元を擦る。
「お前も寝ていればいいものを」
「フン・・・一流の剣士は修行を怠らねぇんだよ」
ベロウはそっぽを向いて屈伸などをして体を解し始めた。
悠もそれ以上ベロウに何かを言うでもなく、しばし無言が2人の間に横たわる。
「・・・ローランのガキは、その、無事か? ユウ?」
やがて今思い付いたと言わんばかりにベロウが悠に尋ねて来た。
「ああ、母子共に健康そのものだ。双子だったから多少長引いたがな。初産なら厳しかったかもしれん」
「双子!? そりゃまた随分効率良く作ったもんだ。で、性別は?」
「女と男だ。取り出した順に言うなら姉と弟になるな」
「そうか・・・どっちも美男美女の親を持ってるんだ。さぞ眉目秀麗に育つだろうな・・・」
《そんなに気になるんなら見てくればいいじゃないの。素直じゃ無いわね》
レイラの鋭い一言にベロウはガクッと姿勢を崩した。
「ば、バカ言うな!! お、俺は別に気にしてなんかいねぇ!!」
《はいはい、照れる男なんて見ても誰も喜ばないわよ》
「うっ・・・ぐ・・・ち、チクショウ・・・」
咄嗟に二の句が継げず、ベロウはプルプルと震えたまま憤ったが、悠が気にせずベロウに構えた。
「スッキリしない時は体を動かせ。来い」
「チッ! やってやらぁ!!」
ベロウは胸のモヤモヤをぶつけるべく、剣を構えて悠へと斬り掛かっていった。
「お早う御座います、ユウ様、バロー様。お疲れではありませんか?」
「ああ、おはよう。昨日も言ったがこの程度でどうにかなるほど柔では無い。大丈夫だ」
「俺も昨日はそれなりに寝たから平気さ。ところで何で『治癒薬』をそんなに持ってるんだ?」
アランも殆ど眠ってはいないはずであるのに、その顔はキリッと引き締まっていて眠気の残滓を感じさせなかった。プロとしての矜持かもしれない。
そんなアランは手に箱を抱えており、その中には沢山の『治癒薬』が詰め込まれている。
「ローラン様からユウ様達にお渡しする様に言付かっております。お連れのお子様方で必要とする方々がいらっしゃるとか? 少し余分にお渡しする様にとの事でしたので・・・」
「気遣い痛み入る。ありがたく使わせて頂こう。料金はいくらだ?」
悠が尋ねると、アランは大仰に手を振った。
「金銭などとんでもありません!! ユウ様はフェルゼニアス公爵家の恩人で御座います。是非ともお納めになられますよう」
「しかしな・・・」
「・・・フフフ、ローラン様が仰った通りのお方ですね。ローラン様は「多分ユウはお金を払おうとか律儀な真似をするはずだから、これは出産の報酬だと言っておいてくれ」と。これを渡せなければ、私も困ってしまいます。どうかこの年寄りを助けると思ってお納め頂けませんかな?」
流石ローランは悠の性格を掴んでいる。数本ならともかく、30本はある『治癒薬』を悠が素直に受け取るはずが無いと感付いていたのだ。
「・・・分かった、そこまで言うなら受け取ろう。ローランに礼を言っておいてくれ」
「凄ぇな・・・これ。単なる『治癒薬』だけじゃ無く、『中位治癒薬』と『高位治癒薬』も混じってるぜ。多分この箱の中身だけで金貨250枚分くらいの価値があるんじゃねぇの? 見慣れねぇのも混じってるがよ」
「『中位治癒薬』と『高位治癒薬』はミレニア様からで御座います。出産とは別に、指輪のお礼だと・・・」
ベロウは箱の中身を金貨250枚などと値踏みしたが、実際は『治癒薬』が20本で金貨20枚、『中位治癒薬』が5本で金貨100枚、『高位治癒薬』が3本で金貨150枚、『万能薬』が2本で金貨200枚、合計金貨470枚に達する大盤振る舞いであった。ベロウも『万能薬』などが入っているとは流石に分からなかったのだ。もっとも、レイラの代金としてみるならこれでも足りないくらいかもしれないが。
「指輪? ユウ、お前ミレニアに指輪なんて渡したのか?」
「いや、ちょっとした呪い(まじない)だ。指輪自体はミレニアが持っている物を使わせて貰った」
「?? それがなんだってこんな高級品に化けるんだよ?」
《そのうち分かるわよ。さ、そろそろ行きましょう。箱は『冒険鞄』に入れておけばいいわよね》
「そうだな、アラン、そろそろ朝食か?」
「はい。そろそろ皆起き出す頃でしょう。お2人も広間へどうぞ」
アランが促すと、悠はさっさとその場から屋敷へと戻っていった。
「女は呪いが好きだとは分かっちゃいるが、それにしても・・・・・・お、おい、待てよ!! 一体どんな手品を使ったんだ、ユウ!!」
考え事をしている内に取り残されたベロウも慌ててその背中を追いかけたのだった。
次で花の都は終わりそうです。
はよ修行したい!




