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1-15 墓前2

残酷な表現があります。苦手な方は気を付けてください。

姉妹と別れてから1時間半後。悠とレイラは目的地に辿り着いた。


《着いたわよ、ユウ》


「ああ。ここに来るのも20年振りだな」


竜鎧を解除した悠とレイラの前には、焼け落ちた家屋があった。


「昔は大きい家だと思っていたが、今見ると普通の家だな」


《そりゃそうよ、あの時のユウはまだ6歳だったんだもの》


「そうだな。あの時は助かった。レイラが来なかったら、俺も父上もあそこで死んでいただろう」


悠とレイラは20年前の運命の日を思い出していた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


20年前、神崎家。


「おたんじょうびおめでとう!! おにいちゃん!!」


「悠ももう6歳か。大きくなったな」


「おめでとう、悠。美味しいお料理も一杯作ったからね」


この日神崎家では悠の6歳の誕生会が催されていた。父である神崎かんざき しゅうと母の神崎かんざき 美夜みや、そして妹の神崎かんざき 香織かおり、幼馴染の真田 雪人とがこの場に集まって来ていて、口々に悠を祝福してくれていた。


「いいな、ゆうは。うちのかあさんはみやおばさんみたいなごはんつくってくれないんだよ」


「×××××××」


自分も笑顔でみんなに返事をしているが、自分のセリフが思い出せない。ただ楽しかった事だけは覚えている。――ここまでは。


「じゃあ、そろそろケーキを出しましょうか。香織、ケーキを持ってきてくれるかしら?」


「はーーーーい!」


そう言って妹の香織は、お気に入りのヘアバンドを光らせながら冷蔵庫にケーキを取りにいった。


「今日のケーキは私と香織が一緒に作ったのよ。雪人君も遠慮無く食べてね?」


「ありがとうみやおばちゃん!」


――その時、不意に地面が震動した。


「む? 地震か? それにしては短いが・・・」


台所に向かった香織から声がかかった。


「ねーー、おそとがまっかだよーー」


次の瞬間、




ドゴンッ!!!!




重低音と共に台所が大爆発した。


「うおっ!」


「きゃあ!!!」


「うわぁっ!!!!」


「×××××」


その爆発は、居間への扉を吹き飛ばし、破片を周囲に撒き散らした。数秒だったのか、数分だったのかは分からないが気を失っていた悠が目を覚ました時には周囲の様子は一変していた。


ひっくり返ったテーブル、ぶちまけられた料理の数々、床に叩き付けられたように四散している誕生日のケーキ、そして、焼け焦げたヘアバンド。焼け焦げたヘアバンド・・・


「くっ、一体何が・・・ハッ、香織っ!!!」


同時に目を覚ましたと思われる修が妹の名を呼びながら台所へ駆け込んでいく。しかしそこには吹き飛んだ家具や食材、台所用具などがあるだけで、香織の姿は無かった。おまけに爆発によって炎に包まれており、それ以上の捜索は不可能だった。


修が台所に行っている間に、美夜と雪人も目を覚ました。美夜は自分も台所に駆け込みたくなる衝動を堪えて子供二人に向き直った。


「二人ともっ、今すぐ家から出なさい!!」


鬼気迫る美夜の言葉というよりは表情と雰囲気に押されて、悠と雪人は転がり出るように部屋から飛び出した。その時、悠は咄嗟に妹のヘアバンドを掴んでいた。妹がそのヘアバンドを大切にしていたのを知っていたから。あるいは、妹の手を掴んで一緒に逃げようとする兄としての無意識の行動だったのかもしれない。


「なんだよ・・・わけわかんないよ・・・」


「×××××」


隣で泣く雪人の手を握り、必死で何かを言っている悠。その時庭に出た二人の前に信じられないモノが空から降ってきた。


ブルーシートをはためかせた時の十倍は大きな音と風を巻き起こしながらそれは地上に降り立った。


その風を受けてごろごろと転がる二人は息をするのも忘れてそれを見た。


――ドラゴンである。


一般家屋の庭に龍。これほど似つかわしくない光景があるだろうか。しかしその日常に入り込んだ異物は一向に消え去ってはくれなかった。


「あ、あ、ああ」


「×××××」


恐怖。それだけは覚えている。否、それ以外の感情は覚えていなかった。


「雪人君、悠、怪我はな・・・え?」


美夜の手には二振りの大小の軍刀が握られていて、その龍を見た瞬間、流石は元軍人と言える速度でそれを抜き放った。


「二人とも私の後ろに!!! 修さん!!! こっちに来て!!!」


鋭く言い放つと、悠はそれに従って美夜の後ろに駆け込んだがふと横を見ると雪人が居ない。


「雪人君っ!!」


腰が抜けて動けない雪人を獲物と見なしたのだろう。龍は――おそらくは嗤いながら――雪人に吼えかかった。


「ガァァァアアアッ!!!!」


「ひぃぃっ!!!」


雪人の股間から暖かい液体が染み出して来ていた。そのまま漏らしながら何とか恐怖から遠ざかろうと後ろにずり下がったが、龍の速度に比べればまるでハエが止まりそうなほどに遅い。そして追い付いた龍がその大きな口で噛み付こうとして、


「危ないっ!!!」


咄嗟に駆け込んだ美夜に救い出された。


雪人は完全に意識を失っており、その体はだらりとしていた。美夜は小脇に抱えた雪人を悠へと託しながら、目だけは龍から離さなかった。


「×××××」


悠が美夜をみて泣きながら何かを言っている。その視線を辿ると、美夜の左手に行き着いた。正確には左手のあった場所に。美夜の左手は肩から下が無くなっていた。


「大丈夫よ、母上は、強、いんですからね」


笑いながら悠に話すその顔は既に青く染まり始めている。肩から噴き出す血は全く止まる気配が無かった。


「美夜、どうし・・・美夜ぁっ!!」


修が美夜の声で駆けつけ、すぐに庭にいるバケモノに気付き、足元に転がる軍刀を拾い上げた。


「なんだこのバケモノは・・・」


「修、さん・・・あいつをどう、にかしないと、子供達、がやられるわ・・・やりましょう・・・」


「・・・・・・分かった」


無くなった腕の事について聞きたかったが、今この状況をどうにかしないと数分後には子供達は殺されてしまうと判断した修は、美夜に短刀を持たせて了解した。


「私が、あいつをなんとしても・・・くい、とめるから・・・修さ、んは止トドメを、お願い・・・」


「・・・・・・・・・わかっ、た」


修も美夜も分かっていた。この出血量では、美夜はもう助からない。だから、美夜は自分を囮にして、脅威の排除を訴えた。そして修もそれを苦い、苦い表情で了承した。


「あい、してます、しゅうさん」


「愛している、美夜、これからもずっと」


「・・・」


悠は美夜に何も言えなかった。ただただ恐ろしかった。


そして二人は縦に一列になり美夜を先頭に龍に向かって駆け出した。


「はぁぁぁあああ!!!!」


正面から特攻する美夜に、龍は横からかぶりついた。その鋭い歯は、美夜の柔らかい腹を突き破り、その血を啜って喜んだ。そのまま後ろにいた修を首の一振りで吹き飛ばそうとして――そこには誰も居なかった。


口に美夜を銜えたまま、小首を傾げる龍の頭上が不意に翳り、空から修が降ってきた。


「美夜を離さんかこのバケモノがぁぁぁああああああ!!!!」


裂帛の気合と共に、軍刀が龍の右目の奥までを貫いた。軍刀に有らん限りの力を込めたせいで、軍刀は柄を残して根元からバキンという音と共にへし折れてしまった。


龍の体がビクンと大きく痙攣し、そしてゆっくり、ゆっくりと体を地面に横たえていく。その拍子に、その牙から美夜の体が開放された。


「美夜、美夜!!」


「××××」


悠はおそらく母上、と言いいながら美夜に駆け寄った。修に抱き止められた美夜の腹からは腸がこぼれ、口からも大量に吐血していた。どうみても致命傷だ。


「あ、なた・・・・お、さき、に・・・」


「いい、もう喋るんじゃあ無い!!!」


悠は修が泣いているのを初めて見た。そして修の涙を見たのはこれが最初で最後だった。


「ゆ・・・う・・」


美夜が悠を呼んでいる。悠は美夜の残った右手を強く握りながら、泣きながら、美夜の言葉を待った。


「つ、よ・・・くなっ・・・」


最期の一字の「て」の口の形をしたまま、発声しきらずに、美夜は逝った。


「××××××!!!!!」


悠は言葉にならない言葉で絶叫していた。母を失った悲しみとそれを奪った龍に対する憎悪、弱い自分への絶望が、魂からの叫びをあげていた。


その絶叫に惹かれた訳では無いだろうが、再び大きな翼のはためく音がして、修と悠の前に、先ほどの龍よりも一回り以上は大きな龍が出現した。


修は美夜の亡骸をそっと地面に横たえ、代わりに美夜の足元に転がっていた短刀を手に取ると、柄だけになった軍刀を放り投げた。


新たな龍はそんな修の動きにはまるで頓着せず、大きく息を吸い込んだかと思うと、後ろにある家に向かって炎の塊を吐きかけた。


高速で奔る火球は神崎家を灰に変えていく。


「悠、雪人君と逃げろ」


目から赤い雫を垂らしながら、修は悠と雪人を逃がそうとした。しかし悠は、地面に転がっている柄だけの軍刀を右手に持ち、左手には妹の焼け焦げたヘアバンドを握り締めて首を横に振った。


「悠?」


「×××××」


「・・・ああ、本当に大きくなったなぁ、悠」


修は眩しい物を見るように目を細めて悠に笑いかけた。男臭い、魅力的な笑顔だった。


「よし! 二人であのバケモノを倒すぞ!」


自分も涙を流しながら笑った。


家を燃やして満足したのか、目の前の龍は今初めて二人を見つけたかのように目を細めた。被虐的な感情を感じさせる、爬虫類の目だった。


「調子に乗るなよバケモノ」


「×××××」


二人が今、正に死に向かって駆け出そうとしたその時、突然目の前の龍の頭が消失した。


「な!?」


そのまま首の無い龍はバタンと倒れた。すると、その龍の後ろに、美しい光沢の鱗を持った、目にも鮮やかな紅の龍が鎮座していた。


「む! 新手かっ!!」


咄嗟に短刀を構える修だったが、その龍は身動き一つせずに、一心に見つめていた。悠を。


悠もまたその目を龍の目から離さなかった。


悠とその龍は言葉では無い何かで、確かに会話をしていた。やがて龍は地面に低く頭を下げると、小さく鳴いた。


「×××××」


悠が修に何事かを告げると、修は驚いた顔で悠と龍を見比べた。


「何? まさか、そんな事が・・・」


「×××××」


「・・・・・・そうか、ならばそいつではなく、悠、お前を信じよう」


そう言って修は龍に近づくと、ひらりとその上に跨った。


「・・・どうやら本当らしいな、悠」


そして修は悠とその肩を借りて引きずられるように運ばれてきた雪人を龍の上に引っ張り上げた。


再び龍は小さく鳴くと、その美しい翼を羽ばたかせて、大空へと舞い上がっていった。


神崎家のある町は至る所で火の手が上がり、町は炎の中に飲み込まれつつあった。


雪人の実家である真田家からも炎が上がっていたが、幸い、両親ともに中央に出ていたので今は無人のはずだ。それでも見慣れた町並みを焼かれる光景は、自分の体を焼かれるかのように熱く、辛かった。


周囲にはまだ多数の龍と思われる影が飛び回っており、更に遠くには、それらの龍など比べ物にならないくらいの巨大な黒い龍の姿があった。


それを一瞥して、悠達を乗せた赤い龍は急旋回して町を離れて加速していく。


龍の飛ぶ速度は素晴らしく速く、すぐに町は見えなくなっていった。







そして飛ぶことしばし。厳しい目で前を見ていた修が悠に語りかけた。


「悠、その竜になんと言ったのだ?」


悠は焼け焦げたヘアバンドを握り締めて答えた。
















「だれよりも、つよくなりたい」


それが悠とレイラの出会いだった。

今までで一番長い回になりました。悠が殆どセリフ無しなので、上手く感情が伝わるか心配です。

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