4-25 花の都フェルゼン11
「遅いな・・・医者はまだか!!」
「うぅ・・・」
とりあえずベットのある部屋へとミレニアを運び込んだまでは良かったが、一向にやって来ない医者にローランはイライラと部屋の中をグルグルと歩き回って悪態を付いた。
「母さま・・・」
「アルト、迂闊に妊婦の手を握ってはいかん。握り潰されるぞ」
「え!? あ、は、はい・・・ユウ先生、母さまは大丈夫ですよね?」
「大丈夫だ。ミレニアは既に出産を経験している。医者が来れば心配いらんだろう」
《少しは落ち着きなさい。みっともないわよ、特にローラン》
「し、しかしだね・・・!」
「遅くなりました・・・」
ローランが反論しようとした時、ようやくアランが帰って来た。
「アラン!! 良かった、早速医者に・・・? アラン、医者はどこだい?」
「・・・ローラン様、医者は来ません」
「・・・何だって? どういう事だアランッ!!!」
アランの言葉に、普段は声を荒げる事など全くと言っていいほどに無い、温和なローランの本気の怒声に側に居たアルトの方が体をビクリと強張らせた。当のアランは表情を消したまま自分の見て来た事をそのまま報告し始める。
「現在、大規模商隊が魔物の襲撃を受け、半死半生でこの街へと逃げ込んで来ております。魔物自体はなんとか撃退したそうですが、その治療の為、医術に心得のある者達は皆駆り出されております。・・・少なくとも、今晩は無理との事でした」
「そんな事情などどうでもいい!!! いくら使っても構わんから早く医者を――」
「黙れ、ローラン」
「何!? ぐあっ!?」
取り乱してアランを責めるローランに一言言って、悠はローランを殴った。特に力を込めてはいなかったが、全く予想していなかった事にローランは床に倒れ込む。
「な、何をするんだユウ!! 早くしないとミレニアが・・・」
「醜態だぞローランッ!!!」
悠が裂帛の気迫でローランを一喝すると、流石に二の句が継げなくなってローランも黙り込んだ。
「貴様が取り乱してどうする? 少し頭を冷やして周りを見てみろ」
「周り・・・ハッ!」
悠の言葉に従って周囲を見回したローランの目に飛び込んで来たのは、心配そうな目で見るミレニア、若干の恐怖を浮かべるアルト、そして叱責を覚悟でローランに報告したアランであった。
特にアルトの自分を見る目がローランの心を鋭く刺し貫いていた。あれはかつて、自分が父親に対して向けていた目に他ならなかったのだから。
「あ・・・」
「心配するのはいい。だが取り乱してはならん。貴様は貴族でこの街の領主なのだ。確かに事情を言えば医者の一人くらい融通してくれるかもしれん。だが、そのせいで失われる命があれば、将来に禍根を残すぞ。貴様はそのせいで命を失った者の家族にどの面を下げて会うつもりだ? それを思えばこそアランが素直に引き下がったと分からんか? 分からんのなら貴様に人の上に立つ資格は無いぞ」
「・・・・・・」
床に腰を落としたまま、ローランは顔を俯かせた。そしてしばしの間、部屋を沈黙が支配したが、やがてローランが口を開いた。
「・・・・・・済まない、アルト、ミレニア・・・それと、アラン。私が間違っていた」
「父さま・・・」
「アナタ・・・」
「・・・」
正気に戻ったローランを見て、アルトにミレニアの顔に小さく安堵が浮かんだ。アランはただ黙って頭を下げている。医者を連れて来る事が出来なかった事に、忸怩たる思いを抱えているのはアランも同じだったのだ。
「だが、どうすれば・・・」
「この家に居る者の中に経験者は?」
「おりません。殆どの者は帰してしまった後ですし、残っている者には既に聞いてあります」
「そうか・・・ならば俺がやろう」
「「「えっ!?」」」
その言葉に皆呆気に取られたが、我に返ったローランが悠に尋ねた。
「ゆ、ユウ、君は出産に立ち会った経験が?」
「ああ、一度だけな。龍に襲われている街に救援に行った時、運悪く産気付いた妊婦がいて、出産を手伝った事がある。手順は覚えているからやれ無い事は無い。ローランこそアルトの時に立ち会ってはいないのか?」
「わ、私は丁度ノースハイアとの戦争中で戦地に出ていたから立ち会えなかったんだ」
「そうか・・・準備を手伝ってくれる者がいるな。しばらく席を外すぞ。アラン、清潔な布とお湯を大量に用意してくれ。大至急な」
「畏まりました、ユウ様」
アランに必要な事を言付けて部屋を出ようとした悠にアルトから声が掛かった。
「ゆ、ユウ先生、僕に手伝える事はありますか?」
「・・・それなら俺が居ない間、ミレニアの様子を見ていてくれ。何かあったらすぐに知らせる様に」
「はい!!」
「ユウ、私は・・・」
「ローランは寝ておけ。明日はまた朝からギルドへ行かねばならんのだからな」
「しかし!」
「押し問答をしている暇は無い。お前の好きにしろ」
ローランに言い捨て、今度こそ悠は広間に向けて歩み去った。
悠が広間に帰ると、全員が一斉に振り向いた。
「お、ユウ、お役御免か?」
ベロウが軽い調子で茶々を入れたが、続く悠の言葉に顔を曇らせた。
「残念ながらそれはまだだ。魔物の襲来が頻発したせいで大勢の怪我人が出ている。医者はそれに掛かり切りでこちらには来れん」
「何? じゃあどうするんだよ?」
「俺が取り上げる事になった。それで手伝ってくれる者が必要だ。・・・樹里亜、神奈、恵、お前達3人の中から誰か来てくれるか?」
「え? わ、私達ですか!?」
「ユウ兄さん、手伝いなら私が・・・」
「ミリーは駄目だ。明日はかなり強行軍になるかもしれん。同じ理由でビリーとバローもな」
「でもよ、ガキにゃあちょっと刺激が強いんじゃねぇのか、ユウ?」
ベロウが状況の厳しさに顔を顰めながら悠に問い掛けた。
「大筋は俺がやるから心配はいらん。道具の受け渡しをしてくれればいい。どうだ?」
「「「・・・」」」
悠に話を振られても、3人は即答出来なかった。悠の力になりたいとは思っていても、それだけこれは女性にとってデリケートな問題なのだ。
「わ、私は一度立ち会って倒れてしまいました・・・ご迷惑になると思います」
珍しく恵がそう言って一歩引き下がった。前回の経験が多少トラウマになってしまっている様だ。
「なら・・・神奈、どうする?」
「し、正直言って凄く怖いけど・・・そんな事も言ってられないか。行こうぜ、樹里亜!」
「ええ! 悠先生、私達2人で手伝います!」
「そうか、助かる。では早速――」
「ユウ先生!!! 早く来て下さい!!!」
何とか話が纏まった所でアルトが転がり込む様に広間へとやって来た。
「どうした、アルト?」
「か、母さまのお腹から水みたいなのが一杯出て来て!! ぼ、僕どうしたらいいのか・・・」
半泣きで言うアルトの言葉に悠は時間の猶予が無い事を悟った。それはいわゆる破水という物で、これが起こったら出産間近であるサインなのだ。
「分かった、すぐに行く。樹里亜、神奈、付いて来い」
「「はい!」」」
駆け出す悠を追って、樹里亜と神奈も部屋から走り去って行った。
「ごめんね・・・頑張って、皆」
後ろで恵が小さく祈りを捧げていた。
とりあえず大人の男がみっともない事をしてると殴ります、ユウは。
ローラン、雪人・・・小
ベロウ・・・中
悪人・・・特大
大体殴るレベルは今の所こんな感じですね。悪人は大多数がもう帰って来れませんが。




