4-23 花の都フェルゼン9
広間では既に食事が用意されていて、使用人の姿は見られなかった。
「今日のお客様は特別だからね。使用人には退出して貰ったよ」
「気を使わせて済まんな、ローラン」
「今日は親睦会さ。子供達が主役なのだからね」
「うわぁ・・・ごうか~」
「かぐらはちょっとおいしそうな物が出るとすぐこれなんだから・・・」
「・・・こういう時ってどこに座ればいいんですかね、樹里亜さん?」
「・・・私に聞かないで」
「私は・・・悠先生の隣なら、どこでもいい」
「好きな場所に座るといいよ。上座や下座なんて気にしなくていいさ」
初めての貴族の家での食事に皆個人差はあれど困惑気味だったが、ローランの言葉を受けて各自思い思いの席に着いた。そこにアランが飲み物を注いで回り始めた。
「お子様もいらっしゃいますから、まずは水で御座います」
「そうだね、乾杯はそれでいいさ」
「まだ食っちゃダメなのか?」
「だ、だめだよ、きょうすけくん」
「う~~、生殺しだぁ・・・」
「・・・神奈、悠先生はきっと失礼な子は嫌いだと思うわよ?」
「うぐっ。が、我慢してるじゃないか」
「ハハハ、そろそろ皆我慢の限界かな? では早速・・・ようこそ、フェルゼニアス邸へ。今晩は存分に飲んで食べて楽しくやろう!! 乾杯!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
歓迎の宴は最初から厳かな雰囲気など欠片も無く、賑やかな声と共に始まったのだった。
「あれ? ここにあった鳥は?」
「・・・小雪さんが平らげました・・・」
「・・・相変わらず大人しいのに肉には妥協しない子ね・・・」
「すみません、わたし、あちらの国での肉無し生活でこらえがきかなくて・・・もぐもぐ」
「何の、まだまだ肉はあるさっ! 京介、食ってるか?」
「ふっへふよー!!」
「口に物を入れたままじゃべらないの!!」
「そうだよ~、ちゃんと飲み込んでからだよ~。もぐごくん」
「神楽ちゃんはもう少し噛んで食べようね?」
「おやさいおいしい・・・」
「おねえちゃん、あれとって!!」
「はいはい、小さいのに良く食べるわね、明は」
「ローランお兄様・・・お注ぎ致します」
「聞いたかい!? ねぇ聞いたかいミレニア、アラン!! お兄様だよお兄様!!! いや~、呼び方一つでこんなに幸せな気持ちになれるなんて私は知らなかったよ!!!」
「はいはい、聞いてますわ。あまり年甲斐も無く騒がないで下さいね?」
「・・・父さま、またやってる・・・」
「気持ちは分からなくもありませんな。私も初めて若に爺と呼ばれた時は恥ずかしながら若を抱えてこの屋敷を飛び出してしまいましたから」
「・・・何してんだ爺さん」
「済まんな、ミレニア、ローラン。もう少し静かにさせるか?」
「いやいや、構わないよ。せっかく楽しんでいるんだからね。おかげで酒の美味い事と言ったら!」
「もう、アナタも体の大きい子供みたい。フフ、ユウさんもお気になさらないで? さ、もう一杯どうぞ」
普段はどんな大勢が入っても粛々と進む食卓が、今日ばかりは一般市民のパーティー会場の様な喧騒に包まれていた。悠はこの様な食事はローランとミレニアは苦手かと思って尋ねてみたのだが、2人共心底楽しんでいる風であったのでそれ以上は言わなかった。
「頂こう。しかしローラン、あまり酒量を過ごすなよ? 明日は明日で忙しい身だろう?」
「分かっているよ、ユウ。しかし兄としては妹の酌を断るのは不甲斐無いじゃないか!」
「・・・もう酔ってるんじゃねぇの、ローラン」
「当家がこれだけ楽しげに賑わったのは初めてかもしれません。改めて御礼を申し上げます、ユウ様、バロー様」
「こっちこそ美味い料理に美味い酒を飲まして貰って礼を言いたいとこだぜ、アラン」
「ふーむ・・・バロー様、ちょっとお耳を拝借出来ますか?」
「ん? 何だい?」
ベロウと話している時に、ふと何かに気付いたアランがベロウの耳に何事かを耳打ちすると、ベロウの表情が一瞬凍りついたが、小声で何事かを言い返すと、アランも素直に引き下がった。
「失礼致しました、酒の追加を持って参りますね」
そのままアランは酒を取りに厨房の方へと歩いて行ったが、ベロウはさり気無くその後ろ姿を目で追っていた。
「・・・」
「そろそろローランに言ってもいいのではないか、バロー?」
「聞こえてたのかよ・・・凄ぇ耳だな」
「ん? 何かな、バロー?」
上機嫌なローランがベロウに聞き返すと、ベロウも少しの間逡巡したが、意を決してローランに語りかけた。
「あのよ、ローラン・・・俺の事でちょっと耳に入れておきたい事があるんだがよ・・・今更なんだが・・・」
「どうしたんだい、らしくないじゃないか。バロー? いや・・・ベロウ・ノワール伯」
「な!? き、気付いてたのかよ!?」
「言ったろ? 貴族として生まれ、貴族として育った人間がそれを捨て去るのは難しいのさ。私にもいい加減分かろうという物だよ」
「・・・ま、薄々バレてるんじゃねぇかとは思ってたんだ。そういう事でな。どうする、俺は出て行った方がいいか?」
「何を言っているんだい、君は?」
他国の貴族、それも伯爵というそれなりに高位の貴族がこの場に居るのは都合が悪いかと思いベロウは申し出たのだが、ローランはそれに対してとぼけて見せた。
「何って・・・」
「ここに居るのは一介の冒険者で私の数少ない友人の一人、バローだよ? 私の貴重な友人を勝手に無くさないで欲しいな?」
「ローラン・・・そうか、分かった。酔っ払いの戯言だと思って忘れてくれ」
「覚えておけと言われても酒のせいで覚えておけそうに無いね。残念残念」
「へっ、じゃあそれを手伝ってやるか! ほら、飲めよローラン!」
「うーん、私としては魂の妹の酌が欲しいんだけどねぇ」
「アナタの魂の妹君はユウさんのお酌で忙しいみたいよ?」
「!? ユウ!!! 君はまたしても私の妹に!?」
「ん? 美味いぞ、この酒は」
悠に絡むローランとそれをさらりと流す悠、そして面白そうにそれを見守るミレニアと明後日の方向を向いて知らん顔をしているアルト。今の会話が聞こえなかったはずも無いのに、まるで関係無いとばかりに騒ぐ面々に、ベロウは半分飲み掛けのグラスを掲げ、誰にも聞こえない礼を送ったのだった。




