4-22 花の都フェルゼン8
フェルゼニアス公爵本家は屋敷というよりは城と言った方がしっくりくるほどの規模を備えていた。内部の調度品は素人が見ても高級感に溢れており、雰囲気を高めるのに一役買っている。
「この調度品は父上が集めた中でも趣味のいい物だけを残してあるんだ。高いけど趣味の悪い品は全部売り払って領内の交通網の整備に使ってしまったからね。領民の役に立って父上もさぞ草葉の陰で喜んで・・・は居ないだろうなぁ・・・」
「そうですな。先代は控え目にいいまして・・・悪人で御座いましたから」
「プッ、控え目に言って悪人なら普通に言ったら?」
「極悪人ですな」
「ハッハッハ!! その通りだね! だから私は父上の悪行を善行で台無しにしてやりたいのさ!」
「ローラン・・・お前さんも結構歪んでるな・・・ま、開き直って悪さをするよりずっと世の中の為になるけどな」
ローランの偽悪的な物言いにベロウが肩を竦めて答えた。
「フフ、貴族に生まれ付いて貴族として育ち、典型的な貴族の父上を持った人間が真っ当に育つはずも無いだろう? バロー、君なら分かるだろうに」
「違ぇねえ・・・っと、さて、何の事だか?」
思わず同意しかけたベロウは明後日の方向を向いてとぼけてみせた。
「私はね・・・それが嫌で嫌で堪らないのさ。せめてアルトや妻、そして生まれてくる子供にもう少しだけマシな世界を残してやりたいんだよ・・・」
「子供は親の背中を見て育つものだ。世界がどうあろうと揺ぎ無い自分を見せてやればいい」
「耳が痛いね。・・・こんな愚痴はアルトには聞かせられないな」
当のアルトは少し後ろで子供達に調度品の説明などをしながら付いてきていた。その様子に思わずローランの顔も緩む。
「これまでローラン様にその様に忠告して下さるご友人はいらっしゃらなかったもので。有り難い事です」
アランが悠に目礼を送った。
「俺も子供を預かる身だ。ローランに言った事は自戒に過ぎんよ」
と、そこで先にある広間のドアが開き、心地良い女性の声が聞こえて来た。
「あら、随分と楽しそうですわね。私は混ぜては貰えませんの?」
「ミレニア! 起きていていいのかい?」
「少しは動いた方が体にもいいとお医者様も仰っておりました。このくらいは平気ですよ」
慌てて駆け寄るローランの前に居るのはお腹を大きく膨らませた見目麗しい女性だった。
「はじめまして、ユウさん、バローさん。私はローランの妻ミレニア。ミレニア・フェルゼニアスと申します。本日は当家においで下さいまして、誠にありがとう御座います。夫のご友人をお迎え出来て嬉しく思いますわ」
ミレニアが頭を下げると、ベロウが貴族対応モードで如才なく切り返した。
「これはこれは、丁寧なご挨拶痛み入ります。私は一介の冒険者でバローと申します。本来ならばフェルゼニアス公爵の友人などとは口が裂けても申せませんが、ご縁があって私の様な者にも目を掛けて頂いております。今後ともよろしくお願いします」
「ユウと申します、奥様。自分は礼儀知らずの田舎者ゆえ、ご無礼もあるかと思われますが、平にご容赦を」
ベロウが優美とも言えるそつの無さでミレニアに口上を述べ、悠は謹厳そのものと言った口調と仕草でミレニアに頭を下げた。
「ふふ、まるで貴族みたいな方と軍人さんみたいな方ですわね。それなのに一介の冒険者であると仰る。どういった経緯で親しくなったのか、私とても興味がありますわ」
「バロー、ユウ、最初の口上としてはそんな物でいいよ。そろそろいつも通りの君達に戻ってくれたまえ」
「ハハハ、何を仰いますかローラン様。私の如き下々の者がこの様な場でぞんざいな口など聞けようはずも御座いません」
「・・・君、遊んでるね?」
優美な態度を崩さないベロウをローランが軽く睨み付けた。
「あら、主人とは敬称抜きで語り合える気の置けない友人だとお聞きしていますよ、バローさん?」
「ローランにはいつも通りで良くても、奥様にまでそういう口を聞いて良いと許可を頂いた訳では御座いませんので」
「・・・本当に礼儀を良く知っていらっしゃる。私の事もミレニアでいいわ。元々私もそんなに格の高い貴族の出では無いですから」
「・・・ならば普段通りに。ふぅ、肩凝った」
ベロウはその言葉で体の力を抜くと、首をぐりぐりと回した。
「貴様は落差があり過ぎだ、バロー」
「うふ、面白いお方。それで、後ろの子達は?」
アルトを先頭に歩いて来る子供達に目を止めてミレニアが尋ねた。
「母さま、ただいま戻りました!」
「おかえりなさい、アルト。・・・一杯お友達が出来たみたいね?」
「はい!」
「「「こんばんは、お邪魔します!」」」
子供達が一斉に挨拶をすると、ミレニアの顔が花開く様に綻んだ。
「まぁ! 何て可愛らしいお客様かしら! こんばんは、皆さん」
「一人一人の紹介はまた後の機会に譲って、まずは食事を始めようじゃないか。皆お腹を空かせているはずさ」
「ええ、アナタ。さ、皆さん積もる話はまずは食事をしながらでいいでしょう。こちらへどうぞ」
そう言ってローランとミレニアが笑顔で笑い掛ける光景は、2人の容姿と相まってまるで一個の芸術品の様に見えたのだった。
ちょっと短めですがキリがいいので。
名前だけ出ていた新キャラのミレニアです。夫婦仲は未だ良好ですね。




