4-21 花の都フェルゼン7
「ビリー、このまま大通りに出て北に進んで下さい。後は見れば分かりますから」
「はい!」
ローランの指示を受けて、ビリーは再び馬車を走らせ始めた。
「アルト、待たせて悪かったな」
「いいえ! でもユウ先生、その服どうしたんですか?」
アルトが不思議そうに悠に聞いたのも当然で、帰って来た悠の服は所々切り裂かれ、まるで誰かと一戦交えて来たかの様な有り様だったからだ。事実として一戦交えて来た訳であるが。
「ユウはアイオーンと一戦交えて来たんだよ、アルト」
「え!? あ、アイオーンって、『氷眼』アイオーンですか!?」
「冒険者だった時はそんな二つ名で呼ばれていたね。確か」
「み、見たかった・・・僕も見たかったですよ・・・」
英雄好きのアルトらしく、しっかりアイオーンの事も知っていた様だ。そしてそれを見逃した事に非常に大きな落胆を覚えて肩を落とした。
「見なくて良かったと思うよ? 周りで見ていた冒険者は全員気絶しちゃったからね」
「ぜ、全員ですか・・・あっ、勝敗は!? ユウ先生は勝ったんですか!?」
「ユウが例え相手がアイオーンであろうとも負けると思うかい、アルト?」
「じゃあやっぱり!? 凄いや、流石ユウ先生です!! 僕、改めて尊敬しちゃいます!!!」
「アイオーンは攻守のバランスに優れた良い戦士だった。俺も魔法がどういう物かを知る事が出来たので収穫は大きかったな」
事実、アイオーンが本気かつ捨て身で悠に掛かって来たとしたら、悠も掠り傷だけでは済まなかっただろう。
「ああ、やっぱり見たかったなぁ・・・。ユウ先生、後でお話してくれませんか?」
「バローに聞いた方がいいと思うぞ? 俺は自分の戦いについて語るのはあまり得意では無いからな」
「分かりました・・・でも、ユウ先生も苦戦した事はあるんですか?」
アルトはふと思い当たって悠に尋ねてみた。想像しても、苦戦する悠の姿が思い浮かばなかったのだ。
「当然だ。アルト、俺とて初めから強かった訳では無いのだぞ?」
「じゃあ・・・一番苦しかった相手はどんな相手でしたか?」
アルトの質問に悠はしばし考え、そして答えた。
「一番最初の相手か一番最後の相手のどちらかだな。・・・俺がまだただの子供だった頃、丁度6歳の誕生日だった。それまで一応は平和だった世界に龍が来襲し、しかも最初に襲われたのが俺の居た町で、まだ龍に対して何の備えも無かった。人々は蹂躙され、母上は俺達を守る為に命を落とした。俺と父上、それに友人が一人居たが、今まさに殺される所であり、その時俺の手にあった武器は刃を失った柄だけだった・・・今思えば滑稽な子供だったかもしれんな・・・」
悠自身、あの時に何故それを手に取ったかと言われれば返答に窮するのだ。ただ単に武器になる物を欲する自己防衛本能だったのかもしれないし、あるいは母の覚悟を受け継ぎたかったのかもしれない。人はいつでも理性だけで行動している訳では無いのだから。
「・・・すいません、気軽に聞いていい事ではありませんでした・・・」
アルトは肉親を失った悠の話を聞いてしょんぼりと俯いた。自分は両親共に健在で、しかも世間的に見て恵まれた立場の人間である事がアルトには罪悪感として感じられたのだ。
「気にするな、アルト。結局俺はその時レイラに助けられて今この場に居るのだ。あれが俺の最初の敗戦だったという話に過ぎんさ」
《助けられて本当に良かったと思ったわ。特に最後のアポカリプスと戦った時にはね》
レイラも話題を変える為に口を挟んだ。
「ああ、強かったな奴は・・・あれ以上の強者は恐らく居ないだろう・・・」
《正直、もう2度と戦いたく無いわ。あんな無茶は御免よ》
「あの、それはどういう――」
「着きましたよ、ローラン様!!」
アルトが話に興味を惹かれて事の詳細を聞こうとした時、外からビリーの声で呼びかけがあった。
「おっと、残念だけどユウの話はまた今度だね」
それまで静かに話を拝聴していたローランがそう言ってアルトの肩を叩いた。
「あぅ・・・残念です・・・また今度お話を聞かせて下さいね?」
「また今度な。約束する」
「はい!」
沈んでいた顔に明るい色を取り戻して、アルトと悠は馬車から共に降り立つと、悠の花に芳しい花の香りが漂って来た。
「これは・・・」
「すっかり陽も落ちてしまって今はそれを楽しむ事が出来ないけど、屋敷には沢山の花が植えてあってね。それが香って来るのさ」
「なるほど、その香りか」
「このフェルゼンは花の都と呼ばれているんだよ。本来なら観光にでも連れて行ってあげたいのだけれど・・・しばらくは無理そうだ。この時期に領主がのんびりしている暇は無いだろうからね」
「構わんよ、俺達は観光に来た訳では無い」
残念そうに語るローランに悠は生真面目に返答した。
「せめて今日くらいは我が家で寛いで行ってくれ。・・・お、家の者が来たな」
そこに明かりを持った銀髪をオールバックに纏めた執事が現れ、ローランに向かって恭しく頭を垂れた。
「お帰りなさいませ、ローラン様。お帰りをお待ち致しておりました」
「ただいま、アラン。私の居ない間に何か変わった事が無かったかい?」
「そうですな、幾人かの貴族の方々がいらっしゃいましたが、丁重にお引き取り頂いた以外は特に何も御座いません。奥様の体調も順調で御座います」
「やれやれ、こちらにまで押し掛けてくるとはね。我が家も甘く見られたかな?」
アランと呼ばれた初老の執事が、にこやかに笑いながら笑顔の温度を下げた。
「ご下命あらぱいつでも報いをくれてやりますが、如何なさいますか?」
「止めておこう。実りが無いしキリも無い。私に父上の様な真似は無理だからね。それに遠からず決着が付く事だよ」
そのローランの言葉にアランの剣呑な笑顔に温度が戻った。
「それが宜しいかと思います。ローラン様が先代の真似をなさる必要は御座いません。無粋な輩は私がどうとでも致しましょう」
そこに遅れてアルトがやって来て、アランに帰還の挨拶をした。
「ただいま、爺」
と、アルトの声が聞こえた瞬間、アランに僅かに残っていた棘のある雰囲気がキレイに霧散し、アルトに駆け寄って抱き上げた。
「お帰りなさいませ若っ!! 爺は若が居なくて寂しかったですぞ!!」
「・・・アラン、私とアルトの扱いに随分温度差が無いかい?」
「く、苦しいよ爺! 皆見てるから離れて!!」
アルトの言葉を聞いたアランの体が雷に打たれた様に硬直し、腕の拘束が緩んだ隙にアルトはスルリとその場から脱出を果たした。
「わ、若が私を拒絶なされた・・・爺はショックです・・・爺ショックですぞぉ・・・」
「ち、違うよ爺! 今はお客様が居るの!!」
「む?」
それを聞いて虚ろになっていたアランの目に力が戻り、瞬時に普段の様子を取り繕った。
「これは失礼を。本日は当家にご足労頂きありがとう御座います。ユウ様とバロー様、そしてお連れの方々ですな?」
「はい、アラン殿。バローと申します。本日は厚かましくもご厄介になります」
「ユウです、アラン殿。皆、挨拶を」
悠が促すと馬車から降りた子供達が一斉に頭を下げた。
「「「お世話になります!!」」」
「これはこれは、丁寧なご挨拶を。ささ、立ち話も何ですから中へお入り下さい」
「アラン、今日の客人は私の個人的な友人なんだ。礼儀や言葉には目を瞑ってくれるかい?」
「なんと、ローラン様に遂にご友人が出来ましたか!? 手紙には客としかお書きになっておられませんでしたからてっきり貴族の方かと。・・・畏まりました、ならば私も煩い事は申しません。ご友人の方々は我が家と思って寛いで頂いて結構ですよ?」
「ありがとうアラン。・・・それと私が友達が居ない人みたいに言わないでくれないかな?」
「ローラン様が当家にご友人を連れて来た事がおありでしたかな?」
「・・・さて、今日の夕食は何かな~?」
ローランは明後日の方向を見ながら嘯き、サッサと中へと入っていった。
アランはそれに苦笑を送って悠達を屋敷へと誘った。
「さ、皆様方もどうぞお入りになって下さい。当家は皆様を歓迎致します」
こうしてようやく悠達は長い1日を終え、フェルゼニアス公爵家の客人となった。
本家執事のアランです。先代当主の時にはかなりあくどい事もやりましたが、今はアルトを孫の様に可愛がる爺バカです。




