4-19 花の都フェルゼン5
悠とアイオーンは静かに見つめ合ったまま、微動だにしなかった。が、この対峙で有利なのはアイオーンの方だ。
アイオーンの武器は槍であり、その攻撃範囲は悠の倍以上だろうし、何よりアイオーンには攻撃魔法もあるのだ。
それでも悠が動かないのには理由があった。
(レイラ、一流の魔法を知るいい機会だ。魔法とはどんな物かしっかりと解析を頼む)
(分かっているわ。ここでの戦闘経験を子供達の訓練に生かそうって言うんでしょ、ユウ?)
(ああ、『黒狼』やアライアットの兵士如き雑魚相手では参考にならんかったからな。一流を知ってこそ意味がある)
(怪我をしない様にね)
悠はこの機に魔法とは何なのかを分析しようとしていたのだ。そして、それを扱う戦闘を経験し、子供達が戦闘でどう魔法を使うべきかを探ろうとしていた。
アイオーンも悠が待ちの戦法を取ろうとしている事を察して自らが打って出る事を選択した。
「アイオーンが奉る。炎の矢よ、敵を撃て」
アイオーンが詠唱するとその眼前に10本程度の炎の矢が現れ、悠に向かって放たれた。
それは実際の矢と同じ速度で悠へと迫ったが、悠は落ち着いて最小限の動きでそれを回避し、最後の一発を剣の腹で払いのけた。
(前に触った時と同じく物理的な物だな。火力は段違いだが、遮蔽物があれば防げる様だ)
(魔力とかいうのを使って物理的な現象に変換する技術かしら? このくらいならユウが生身の状態での物理干渉で十分防げるわね。劣化竜砲だわ)
(いや、ただの目くらましだった様だ、来るぞ!)
視界が火の粉で覆われた隙にアイオーンは距離を詰めており、槍が鋭く悠へと突き込まれて来た。
悠は最小限の足捌きでそれを避け、或いは受け流して捌くと効果が薄いと判断したアイオーンが更なる魔法を行使して来た。
「アイオーンが奉る。氷の蔦よ、我が敵を縛めよ」
アイオーンの足元から氷で出来た蔦が地面を這って悠へと伸びて来るのを悠は地面に曲刀を突き刺して回避したが、蔦は曲刀に絡み付く様に走り、完全に凍りつかせてしまった。
武器を失った悠であったが、元々固執していなかった為に特に動揺するでも無く、レイラと今の魔法の分析を進めていた。
(今の氷の魔法は中々使い勝手が良さそうだ。相手の動きを封じる事が出来るし速度もそれなりだったからな)
(ただ、広い空間じゃ回避され易いわ。もっと狭い場所で使うのが良さそうよ。ユウだって今のはかわせたのに効果を確認する為に剣を使ったんでしょ?)
(予測はあったが、実際見た方がイメージを掴み易いからな)
「アイオーンが奉る。水の矢よ、敵を撃て」
今度は詠唱の後にアイオーンの眼前に複数の水の矢が現れ、悠へと殺到して来た。
悠はそれらをかわしたり手甲で弾いたりしながら回避したが、水の矢を使ったのはアイオーンが次の攻撃に繋げる為であった。
「アイオーンが奉る。雷よ、驟雨となりて降り注げ」
アイオーンが詠唱と共に手を上げ、そして振り下ろす仕草を見た悠は咄嗟にその場から飛びずさったが、降り注ぐ雷の一条が濡れた地面を這い、水の矢を弾いて濡れていた悠の足に軽い衝撃をもたらした。
(水から電撃の連携か。なるほど、魔法同士の相性を上手く掛け合わせて効果を増しているのか)
(龍鉄の靴は防電されてるから殆ど効果は無いけど、通常ならこれで機動力を奪われている所ね。そして槍でトドメっていう流れかしら?)
(だろうな。魔法では確実性に欠ける。アイオーンほどの腕があれば動けない相手を仕留め損なう事はあるまいよ)
アイオーンは悠やレイラが予想した通り、そのまま距離を詰めて槍で突いてきたが、悠の電撃を食らったとは思えない動きを見て一突きだけで再び中距離を保った。
(今の『降雷』が効いていないのか? 確かに捉えたと思ったが・・・あの靴、ただの靴では無いのか?)
アイオーンの目には確かに悠の足に絡みつく電撃が見えていたのだが、今の攻防を見る限りでは悠にその影響は無さそうだった。殺すような威力を込めていないとはいえ、普通なら多少動きが鈍るのは間違い無いはずだ。であれば、装備による軽減と見るべきであろう。
当の悠の顔からは何の感情も読み取れない。次の瞬間に何をするつもりなのか、ここまで読ませない相手というのはアイオーンですらこれまでに出会った事の無いタイプの人間であった。
(普通なら武器を失ったのだから降参するか逃げる所だ。戦闘意欲が旺盛な相手であれば奪われた武器の再奪取を試みるかもしれん。だがこいつは・・・ユウはまるで武器に執着していない。それどころか魔法で牽制しなければ迂闊に突き掛かる事も出来んとは・・・コロッサスめ、厄介な相手を送ってくれる)
アイオーンが魔法から物理の流れで攻撃していたのは、勿論慣れ親しんだ戦闘スタイルという事もあったが、何より迂闊に攻撃すると悠に懐に飛び込まれそうで、それを警戒して先に魔法を放っていたのだった。
(ならばこれでどうだ!)
そこでアイオーンは悠の優位に立つ為に一つの呪文を選択した。
「アイオーンが奉る。力よ、我が身に宿れ」
魔法が完成すると、槍を持つアイオーンの手に力が漲って来た。そこで終わらずにアイオーンは続けて魔法を詠唱する。
「アイオーンが奉る。速さよ、我が身に宿れ」
今度は体が軽くなり、いつでも素早く動ける体に強化する。
これらは『付与魔法』と呼ばれる魔法で、パワーやスピード、タフネスなどを強化する。効果は個人差もあるが、大体10%~30%の幅で強化される。そして何より、個人の能力がそのまま強化されるので、強い者ほど効果が著しいのだ。10の力の10%強化は11だが、100の力の10%強化は110であり、割合としては変わらなくでも、効果の面での差は10倍にもなる。
「ハッ!」
先ほどよりも強く、そして速く突き込まれた穂先を悠は頭を仰け反らせて回避したが、その穂先の軌跡に数本の髪が散った。
(身体強化の魔法か。中々に鋭い)
(そうね。そこそこ速いんじゃないかしら?)
それでも悠の体を捉えるには到らないのは、悠にも恒常的な身体強化がなされている為だ。竜は契約した相手に自らの力を分け与え、その能力を強化する。その割合は『竜器使い(リュウキマスター)』で2倍程度、『竜騎士』であれば4倍に及び、更に着装時には10倍以上の強化が発揮されている。多少強化された人間の攻撃など当たる道理がない。
(これでも捉えられないか。ならば・・・)
「アイオーンが奉る。風よ、我が武器に宿れ」
アイオーンが槍を構えたまま詠唱すると、槍の穂先に不可視の魔力が絡み付き、その周囲が乱気流を纏った。
「シッ!」
掛け声と共にアイオーンが槍を横に薙ぐと、その纏った乱気流が一閃の風刃となって高速で悠へと襲い掛かる。
悠はそれをサイドステップでかわしたが、アイオーンは構わず連続で槍を振るい、次々と風の刃を繰り出して悠を攻め立てた。
「・・・!」
不可視かつ高速、尚且つ範囲の広い風の刃は流石の悠も全てを避け切れず、服が所々切れ、その下の肌から薄らと血が流れ出した。
(アイオーン様・・・やり過ぎです! これ以上は危険だわ!!)
並みの冒険者なら既に肉塊となっていてもおかしくない攻撃の数々に、マリアンは審判として戦闘の中断を宣言しようと思ったが、
「そ、それま――」
止めようとした瞬間、悠とアイオーンが共に殺気の篭った視線でマリアンの言葉を奪い取った。
「ひっ!」
まるで示し合わせたかの様な2人の殺気を受けてマリアンは堪らずその場にへたり込む。
「黙れ、マリアン」
アイオーンの本気を見たマリアンはカタカタと体を震わせるばかりだ。反論など出来ようはずも無い。
「済まん、ユウ。邪魔が入った」
「気にするな。少々興が乗ってしまったのは事実だ。ギルド長の戦い方は参考になった。・・・俺としてはこれまでとしてもいいが?」
「冗談は止せ。未だ貴様から攻めて来てはおらんだろう? 攻め手が無いのなら私の勝ちだが?」
「そうか・・・では次で終わらせよう」
「何?」
あくまで決着を望むアイオーンに、悠はかわしている間に近寄った訓練用武器入れの箱から槍を一本引き抜くと、2,3度振って柄を脇に抱えて構えた。
「私に槍で挑むか、ユウ」
「たまたま手に取った得物がこれだっただけだ。特に意図は無い」
「・・・いいだろう、来い!」
プライドを刺激されたアイオーンの怒声が、戦いの最終章の幕を開けた。
うむむ、キリが悪くて次に引きになってしまいました。すいません。




