4-17 花の都フェルゼン3
「早速本題に入らせて頂きますが宜しいですか?」
「やれやれ、せっかちだね。が、今は有難い。始めてくれるかい?」
「畏まりました。マリアン、資料を」
「はい、こちらです」
アイオーンが促すと、マリアンが数枚の書類をローラン達に提示した。
「最初に異常を感じたのはミーノスからフェルゼンにやって来た商隊です。今朝フェルゼンに到着した際に道中の魔物が非常に多いと報告がありました。この辺りは詰め所で伺っていると思いますが?」
「ええ、聞いています」
アイオーンの言葉にローランは頷いた。
「その後、冒険者から続々と同じ種類の報告が寄せられました。それも領内各地から。近隣の村からも同じ報告が上がっていると聞きましたが?」
「その通りだよ、アイオーン。私は明日にも兵を送るつもりだ」
「それは何よりです。被害は拡大の兆しを見せておりますので、兵と冒険者との連携が必須かと」
アイオーンは一枚の書類を抜き出してローランに提示した。
「時間を追う毎に、遠方からの報告も送られております。明日にはまた更に遠くから救援要請が送られてくるでしょう。ですので、近隣の村やこのフェルゼンは公爵家の兵を、遠方には冒険者を送って対処し、その間に調査と解決を図るのが得策かと存じます」
アイオーンの言葉を聞いたローランはにこやかに拍手を送った。
「素晴らしい、流石はフェルゼンのギルドを束ねるギルド長ですね。ミリーに聞いた通りの推測です。私としてはこの事態の解決にこのユウ達に指名依頼を願いたいのですが、受理して頂けますか?」
「彼らを、ですか?」
ローランの拍手にも顔色一つ変えずにアイオーンは悠達を冷たい視線のまましばし見つめた。
「・・・あのコロッサスが手放しに賞賛する相手を疑う訳ではありませんが、私は自分の目で見た事しか信じない様にしています。今日フェルゼンに来たばかりの冒険者にこの領地の危機を託すのは少々心許ないですな」
「相変わらず堅いねぇ、君は。かと言ってフェルゼンにこの窮地を任せられる冒険者が他に居るのかい?」
「・・・残念ですが居りませんな。ミリー、君とは初対面だが、この事態を予測していたという事は、凶悪な魔物の発生だと踏んだのだろう? その予測される脅威度はどの程度だ?」
急に話を振られたミリーは驚きながらも自分の考えをアイオーンに述べた。
「は、はい! 魔物の種類や数、範囲から見ましても恐らくはⅦ(セブンス)ランク以上と考えます」
「結構。では調査地として考えているのは?」
「・・・アザリア山脈一帯です」
「なるほど、既に候補地も選定済みか。そこまではギルドの方針と一致する。だが君達の中でアザリア山脈に入った事のある者は居るのか? 闇雲に探し回っている様な時間的余裕は無いが?」
「そ、それは・・・」
次々と繰り出される鋭い質問にミリーが返答に窮したが、ローランが助け船を出した。
「そこだよ、アイオーン。ユウ達は戦闘能力は比類無いが、領内の地理には疎い。誰か道案内出来る様ないい人物は居ないかな?」
「・・・Ⅶランクの脅威があると思われる土地に送れる様な者は・・・一人しか」
「お? 誰だい? そんな高位の冒険者がこの地に居たとは初耳だね?」
ローランは領主として冒険者ギルドと付き合いがあるので、目ぼしい高位ランカーは知っているつもりだったが、Ⅶランクの脅威を跳ね除ける様な実力者には心当たりが無かった。そしてアイオーンの答えはマリアンとユウ以外の全員を虚を突いた。
「私です、ローラン様」
「・・・何だって? まさか君が直接赴くつもりだったのかい!?」
「私であれば元Ⅸ(ナインス)の冒険者です。Ⅶランク辺りなら単体で狩る事も出来ましょう。ギルドの戦力を効率的に運用するならそれが最善の選択です」
「危険過ぎる!! 君に万一の事があったらギルドの運営に支障をきたしてしまう!!」
この時ばかりはローランの柔らかい雰囲気も薄れ、真剣な表情でアイオーンに翻意を求めたが、アイオーンの表情は変わらない。
「ご心配には及びません。ギルドの運営についてはマリアンが居れば当座はどうとでもなりますし、万一私に何かあってもその内本部から新たなギルド長が派遣されてくるでしょう」
「そういう事を言っているんじゃ無くてだね・・・! マリアン! 君も何故止めないんだ?」
「恐れながら公爵様、私共がお止めしなかったとお思いですか? ギルド長の性格は良くご存じだと思っておりましたが?」
マリアンの口調は柔らかいが、その目に宿る眼光は激しくローランを見据えていた。
「うっ・・・そうだね、済まないマリアン。・・・アイオーン、領主として言うが、君を一人でそんな場所に行かせる事にはとても賛成は出来ない」
「申し訳ありませんが、これはギルドとしての決定です。ギルドは基本的に独立独歩。ローラン様とてその運営に口出しは無用に願います」
「いいや、これは領内の問題だ。ならば領主としての私の意見も尊重して貰う。・・・君が行く事を止めはしない。だが、それはユウ達と一緒に行く事が条件だ」
その言葉にアイオーンの眉が少しだけ吊り上がり、軽く首を振ってその申し出を拒絶した。
「・・・Ⅶランク如きでは私の邪魔になります。彼らのお守りをしながらでは満足な調査が出来ません」
「何を!?」
「いくらギルド長と言えどそれは・・・!」
「だからお前らは黙ってろ!!!」
思わずアイオーンに掴み掛りかけたビリーとミリーをベロウが一喝してその場に留めた。
「で、でもバローのアニキ!! Ⅴ(フィフス)の俺達はともかくアニキ達の実力を疑うなんて・・・!」
「そうです!! お2人は並みのⅦではありません!! あの『隻眼』コロッサス様にも伍する実力を持っています!!」
自分達が軽んじられても何とか堪える事が出来たビリーとミリーだったが、尊敬するユウ達の実力を疑われては黙っている事は出来なかった。
「私はコロッサスからその実力を聞いただけだ。伝聞だけでは信じかねると言ったはずだが?」
「だからそんな事は――」
「2人供いい加減にしろ」
尚も反論しようとしたミリーを悠が制した。
「ユウ兄さん・・・!」
「ギルド長の言っている事はもっともだ。故郷の危機に、突然現れた新参の冒険者など不確定要素が大き過ぎて使えん」
「だったらどうするんだよ、ユウ。ギルド長とは別行動で俺達もアザリア山脈を調査するのか?」
ベロウも務めて冷静を保っているが、アイオーンの言葉にイラついているのはビリーやミリーと同じだったので、自然とその口調にも棘があった。
「そんな非効率的な真似はせん。・・・ギルド長、このギルドにも訓練場はあるのだろう?」
悠の口数少ないその質問でもアイオーンにはその意図は伝わった様だ。
「・・・私と戦うと言うのか? 成り立ての冒険者が?」
「自分の目で見た物しか信じられんと言うならそうするしかあるまい。・・・連れもある事だ、手早く済ませようではないか?」
悠の言葉にアイオーンの視線の温度が下がった。
「・・・そうか・・・Ⅶ2人とⅤ2人で私に勝てると思っているのか、ユウ?」
「勘違いしては困るな」
その極寒の視線を受けても、悠はそれを上回る永久凍土の冷たさでアイオーンの発言を否定した。
「勘違いとは? まさか怖気づいたとは言わんだろうな?」
2人の間に流れる殺気が次の悠の敬称を抜いた発言で一気に膨れ上がった。
「やるのは俺一人だ。アイオーンがコロッサスより強いとは思えん」
「ゆ、ユウ・・・! やめなさい!! ギルド長はこう見えてかなりの――」
「マリアン、今すぐ訓練場に場所を確保しろ」
「アイオーン様! アイオーン様!!」
マリアンが必死にアイオーンを説得しようとしたが、アイオーンはさっさと執務室から出て行ってしまった。焦りのせいで呼称が変わっている事にも気付いてはいない。
「ハァ・・・やっぱりこうなった・・・」
「へへ、流石ユウのアニキだ!! 俺は胸がスカッとしましたね!!」
「ええ!! 我慢にも限度がありますもの!!」
「君達は我慢して無いでしょ? ・・・ハァ、こうなったらユウに頑張って貰うしかないね・・・」
ビリーとミリーは無邪気に悠の啖呵を喜び、常識人のベロウとローランは深い溜息を付いたのだった。
サロメとアイオーンは私の脳内ではメガネを掛けてます。




