4-16 花の都フェルゼン2
詰所から解放された一行が向かったのは当然、ローランの屋敷・・・では無かった。
「すまないね、どうしても今日中にギルドに話は付けておきたいんだ。悪いけど一緒に来て貰うよ」
「いや、明日以降の依頼の事を考えれば当然だ。同行するとも」
「ここのギルド長は融通はあまり利かないけど、確かな仕事をする事では定評のある人物でね。・・・少し難物だけど、上手く信頼関係を築いてくれると私も助かる。多分、見覚えのある顔をしていると思うよ?」
「どういう事だ?」
「それは見てのお楽しみさ。・・・ほら、着いたよ」
馬車が停止したのを感じたローランは早速悠を伴って外へと出ると、そこにはミーノスよりも多少小さいが立派な建物が目の前にあった。これこそがフェルゼンの冒険者ギルドだ。
「お帰りなさいませ、フェルゼニアス公爵様。お待ちしておりました」
「やあ、マリアン。夜分に済まないね。しかし事が事だけに失礼させて貰うよ?」
「何を仰いますか。このフェルゼンで公爵様に開かれない扉など御座いません。とにかく執務室へどうぞ。・・・貴方達はここで待っててくれるかしら?」
詰所から出された先触れでギルドの前で待っていたマリアンという女性が悠達にそう伝えたが、ローランがそれを制した。
「マリアン、彼らもこれからの話に関わって来るんだ。一緒に入室させて貰えないかい?」
「・・・公爵様がそう仰るのなら。但し、武器の類は預けて頂きますが・・・?」
一瞬躊躇ったマリアンだったが、ローランの提案に異を唱える事はせず、妥協案として武器を預かる事を提案した。
「構いません。全員武器を出せ。ミリーとユウは投げナイフもな」
「はい」
「心得た」
ベロウも会話の流れは心得た物で、これ以上時間を浪費しない為にさっさと武器を外し、一纏めにしてマリアンへと預けた。
(ここの住人は一々武器を取り上げたりするけど、魔法とかあるんだから無意味じゃないかしら? それにユウみたいに格闘に長けていればそもそも武器なんて要らない訳だし・・・)
(レイラ、慣例や様式美という物がある。わざわざ提示を拒んで悪い印象を与える必要は無い。これは話が通じる相手か否か、そしてこちらが素直にそれを受けるか否かというポーズなのだ。それにそこまで危険な人物であればローランが供を頼むはずが無いという証でもある。面倒だとは思うがな)
(本当に人間は面倒ね。そこまで分かっているのにこんな事をするんだから)
(俺もレイラと話していると虚飾が必要無くていい。正直なのが竜の美徳だな)
(な、何よ、おだてても何も出ないわよ!!)
一連の流れに疑問を持ったレイラと『心通話』で会話をしながら、悠はマリアンとローランのやり取りを見守っていた。
「はい、結構です。ではどうぞお入り下さい」
そうして一行はフェルゼン冒険者ギルドへと足を踏み入れたのだった。
「おお、公爵様だぜ」
「馬鹿野郎、分かってるんならサッサと頭を下げやがれ!!」
「相変わらず素敵・・・一晩でいいからお付き合いして頂けないかしら?」
「アンタじゃ無理ね。それに公爵様は大の愛妻家だもの。あーあ、どっかにイイ男が転がってないかなー?」
「公爵様の後ろに居る奴らは誰だよ? この辺じゃ見ない顔じゃないか?」
「ビリーとミリーは分かるが、他の2人は何だ? ・・・随分強そうだけどよ?」
「ミーノスで雇った護衛じゃ無いのか? でもあんな奴ら居たかな?」
ギルド内を進んでいく一行を見て一日の疲れを癒していた冒険者達が俄かに活気付いた。ローランには好意的な視線が主に女性を中心に向けられ、ビリーとミリーには面識のある視線が向けられたが、ユウとベロウに向けられる視線は怪訝な物を見る目であった。
「では公爵様、こちらでしばしお待ち下さい。・・・それとそちらの2人は冒険者証を見せて貰えるかしら?」
「まだ疑っているのかい、マリアン?」
「とんでもない! しかし面識の無い相手を素通りさせるのはギルド長が厳に戒められている事ですので、ご容赦願えませんでしょうか?」
「構いません、どうぞ」
「ああ、これだ」
マリアンの追及をローランがやんわりと窘めたが、ベロウは空気が堅くなる前にすぐに自分の冒険者証を提示し、ユウもそれに倣った。
「ご理解ありがとうございます・・・まぁ! 貴方達がユウとバローだったの!? たった1週間でⅦ(セブンス)に上り詰めたミーノス切っての冒険者だとか?」
マリアンの言葉に周囲の冒険者の喧騒が更に高まった。
「ブハッ!!! せ、Ⅶだって!?」
「うおっ!? き、キッタネェなコラ!!」
「ど、どうやったら1週間でⅦになれるのよ!?」
「大方、ギルドに金でも積んだんだじゃねぇのか?」
「バーカ、ミーノスのギルド長はあの『隻眼』コロッサスだぞ! そんな事したら目ん玉抉り取られちまうよ!!」
「ナニソレ怖い」
「あ・・・俺、最近聞いたぜ。ミーノスにとんでもない凄腕の冒険者が現れたって・・・何でもどっちも『隻眼』と互角の腕前だとか・・・『黒狼騒動』を治めたのもそいつらだってよ」
「その報酬としてⅦか。じゃあこの街にとっては恩人だな。後で一杯奢るとすっか!」
冒険者にとって、強さと名声は尊敬のバロメーターである。勿論それによって嫉妬ややっかみも受けるが、ローランを助けたという事はフェルゼンの冒険者にとってそれ以上に好意を抱く条件としては十分であった。
「失礼しました。公爵様の恩人だったとは露知らず・・・」
マリアンは恐縮した風で冒険者証をベロウとユウに返したが、ベロウは浮かない顔でそれを受け取った。
「・・・こうやって噂には尾ひれがついて行くんだな・・・」
「気にするな。バローの名が人間社会でコロッサスに並ぶ日も案外近いかもしれんぞ」
「俺はちゃんと剣の腕で名前を売りたいんだがなぁ」
「虚名も名の内だ。中身が伴う様に精進すればいい」
「坊主みてぇな事言うなよ・・・」
周囲の反応に鈍い感想しか最早出て来ないベロウだったが、名前が売れ始めている事は事実だった。遠くない将来、他国でもベロウの名を聞く日が来るかもしれない。・・・例えそれがバローとしての名声であっても。
「ギルド長、公爵様がお見えになりました」
「ご苦労」
マリアンがドア越しに執務室に声を掛けると、すぐにドアが開いて中から金髪を7:3に分けた男性が現れた。その目は冷静を通り越して氷の様であったが、その容姿は全員の頭の中にある人物を想起させる物であった。
「やあ、アイオーン。相変わらず難しい顔をしているね?」
「この顔は生まれつきだと何度も申したはずですが? ローラン様」
「・・・サロメ?」
ローランと気安い会話をするアイオーンと呼ばれたギルド長は、そのベロウの呟きに律儀に返答した。
「妹をご存じの様だな。私はアイオーン。サロメの兄で、このフェルゼン冒険者ギルドのギルド長を拝命している。・・・そういうそちらはミーノスのユウにバローだな? 話はコロッサスから聞いている。入室を許可しよう。ローラン様、どうぞ」
そう言ってそれ以上その場に固執する事も無く、さっさと執務室に入っていくアイオーンの背にローランは苦笑を浮かべ、悠達に悪戯っぽい顔で言った。
「すぐに誰だか分かっただろう? 似た物兄妹といった所さ。顔も性格もね。さ、入った入った」
急な展開に面食らいながらもバロー達は中へと入っていくローランに続いて入室したのだった。
感想で知りましたが、200話を越えた様です。これからもよろしくお願いします。




