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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第四章 新天地探索編
204/1111

4-12 安息の地12

「フゥゥゥ・・・シッ!!」


まだ暗い屋敷の中庭で体を動かしているのは悠・・・では無かった。


「フッ! ・・・セイ! ・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・」


「今日は随分と早いな、バロー」


「・・・ん? ああ、ユウか」


額の汗を拭いながらそう答えたのはベロウだ。その汗を見るに、もう既にそれなりの時間、剣を振っていたに違い無い。


「・・・眠れないか?」


「そんなんじゃねぇ・・・よっ!」


隣で柔軟を始める悠にベロウは剣を大きく振る事で返答した。


「・・・」


ベロウの心中を察して悠も言葉を返さず、しばしの間、ベロウの振る剣の音だけが二人の間に流れたが、やがてベロウは誰に言うでも無く独り言を発し始めた。


「・・・・・・いや、そういう事だな。自分がやって来た事が今になって自分に返って来たって事だ。ユウが来なけりゃ今でも俺は・・・」


そこまで言ってベロウは言葉の代わりにまた剣を振った。ただの言い訳であるし、言っても詮無い事だと自分で気付いたのだ。


「ガキの頃は良かった。ただこうして剣を振ってりゃ嫌な事は皆忘れられたからな。お袋・・・母上が死んだ時も俺はその晩ずっと夜通し剣を振ってたよ。剣を振って、疲れて、寝て、起きて、風呂に入って、メシを食って・・・。それだけで随分と気持ちが楽になったもんだ」


その時の感情を断ち切るかの様にベロウの剣が一際強く振り下ろされた。


「多少の才能もあって、そのうち俺はノースハイア流の上級剣士になった。だけどよ・・・俺の才能なんてのは召喚されたガキ共に比べりゃ、ハナクソみてぇなモンだった。・・・悔しかったぜ、正直。嫉妬したよ。俺に無い物を持ってるガキ共に」


剣を構えていたベロウの手が力無く下ろされた。


「俺は腹いせにガキ共が持ってるモンを奪ってやった。見た事も聞いた事も無い品物は俺の空っぽになった心の中を多少は満たしてくれたんだ。どうせ持ってるガキ共はすぐに死んじまうんだから別に構わねぇと思ってた」


剣を地面に突き刺し、ベロウはその場に腰を下ろした。


「でも俺は、実家に帰るのが怖ぇんだ・・・俺がガキ共から奪った物を見るのが怖ぇんだ。今の俺にはそれがガキ共の墓標に見える・・・」


ベロウは剣に手を置いたまま俯いた。


「今居るガキ共はユウが俺を認めたから、多少はまともに接する事も出来るがよ・・・それは結局、俺の手柄じゃねぇ。ユウが居るからだ。・・・ジュリアやカンナはきっと今も俺の事を恨んでる。ユウが居るから抑えているだけだ・・・」


ベロウの剣に置かれた手に力が籠った。


「なぁ、ユウ。・・・俺はアイツらに何をして償ったらいいんだろうな・・・?」


ベロウの問い掛ける言葉に、それまで黙ってベロウの独白を聞いていた悠が口を開いた。


「立て、バロー。・・・いや、ベロウ・ノワール」


「あん? うおぉっ!?」


振り向いたベロウの頬を悠の蹴撃が掠め、髪の毛を幾本か引き千切った。


「な、何をしやがる!?」


「黙って聞いていれば大の男が女々しい事をズラズラと並べ立ておって。貴様の性根を叩き直してくれよう!」


悠がベロウを一喝し、またしても地面に座るベロウに鋭い蹴りが襲い掛かった。


「クッ! な、舐めんじゃねぇ!!」


ベロウは咄嗟に地面に突き立つ剣を杖にしてその襲撃を避け、転がる反動を利用して地面から剣を引き抜いた。


「何の真似だ、ユウ!」」


「言葉は不要。剣にて語れ」


剣を構えるベロウに対し、悠は待ちの戦法を取る事無く再び距離を詰めて拳を放つ。


「チッ! やってやろうじゃねぇか!」


悠の拳を辛くもかわし、ベロウは剣を大きく降って悠と距離を取った。


(余計な事を考えてて戦える相手じゃねぇ! こっちから攻めねぇと!!)


ベロウは防戦に回れば即座に押し切られると判断し、自分から前に出た。そしてノースハイア流には不得手だが、大振りの一撃が当たる相手では無いので即興で基本の斬撃とノースハイア流の技とを合わせた連続攻撃で悠を攻めた。


(袈裟、切り上げ、逆胴、『同道返し』!!)


袈裟斬りで斜めに斬り下ろし、そこからVの字を描く様に切り上げ、剣を寝かせて外側に向かって横薙ぎし、その横一直線の剣筋と同じ場所を正確に辿って斬り戻すノースハイア流奥義『同道返し』へと繋ぐが、フェイントを交えたその攻撃を悠は難なくかわしていく。


「未だノースハイア流の悪い癖が抜けんと見える。力み過ぎて脇がガラ空きだ」


「クッ! ゴハッ!?」


『同道返し』を潜ってかわした悠がベロウの脇腹に拳を突き立てる。ベロウはその痛みに体を折りそうになったが、必死で剣を懐の悠に振るって再び距離を取った。


(通じねぇ、俺の技が通じねぇ!! 速さだ、速さが足りねぇんだ!! もっと、もっと速く斬らねぇとユウには届かねぇ!! うっ・・・クソ、脇腹の痛みで力が・・・)


そこでベロウの頭に先ほどの悠のセリフが蘇った。


(待てよ、力だと? ・・・力・・・! そうか、力みか!!)


ベロウは力みで鈍っていた全身の力を意識して抜くと、再び悠へと斬り掛かった。


「む?」


その斬撃に悠の顔色が僅かに変わる。それは先ほどまでのぎこちない動きとは違い、滑らかであり、なおかつ速かった。


(もっと、もっともっと速くだ!)


ベロウの斬撃は常人の目には止まらない速度にまで徐々に上がり始めていた。技と技の合間も小さくなり、悠が僅かなベロウの力みを見つけてはそこに視線を飛ばしたが、それをこれまでにない集中力で察したベロウはすぐに力みを抜いて動きを修正し、更に動きを良くしていく。


(まだだ!! まだ速くなる!! 速く、速く、速く、速く速く速く速速速速速速速速!!!)


悠も反撃こそ加えられないが、そのベロウの斬撃の嵐を掠る事も無くかわし切っていたが、後ろに下がりながらかわしていく内に不意に状況に変化が訪れた。


「!?」


悠が足元にあった石に躓いてバランスを崩したのだ。咄嗟に立て直しはしたが、悠を斬る事だけに思考を特化させていたベロウはその僅かな隙に体が自動的に反応していた。


「オオオオ!!!」


ベロウの手が霞み、上段から悠へと斬撃が殺到した。それはいつか見せたノースハイア流の奥義『重破斬』の威力を上回り、その速度は影すら絶える一閃となった。


ガキャァァンッ!!!!!


しかしそのベロウの生涯最高とも言える一撃を悠は交差させた手甲ガントレットで挟み、両膝を沈み込ませて威力を吸収して受け切った。


「見事」


「ち、畜生・・・」


悠の口から賞賛の言葉が漏れたが、ベロウの手からは力が抜け、そして剣から離れるとそのままその場にへたり込んだ。一連の全身全霊の攻防で体を支える事が出来なくなったのだ。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ・・・お、おい、ユウ、お前、ワザと、俺を、挑発したな?」


「何の事だか分からんな」


今の一連の攻防は確かにおかしい。ベロウの動きが良くなったのは中盤以降であって、序盤は隙が多く、事実悠にそれを突かれて脇に一撃を入れられている。その一撃にしても痛みがある程度の物で、悠ならばベロウを悶絶させる一撃を放てたはずであった。


「とぼけるなよ!! ゼェ、ゼェ・・・一々視線で、俺の動きの悪い場所を、指摘しやがって・・・」


多少頭の冷えたベロウには悠の視線の意味も分かっていた。悠が視線を送った場所には未だ抜ききれない力みが残っていて、それを修正していく内に動きがどんどん良くなっていったのだから当然だ。


「俺は殴り易そうな場所を探していただけだ。勘違いも甚だしいな」


「チッ、そういう事に、しといてやるよ! ・・・スゥゥゥゥウ・・・ハァァァァア・・・おい、手、貸せ」


「・・・」


地面に座ったままのベロウは悠に向かって手を差し出し、悠もそれを無言で握って引き起こした。それはまるで男同士の友情を感じさせる場面であった。が・・・


「そうだ、一つ忘れ物だ。受け取れ」


「あん? ゴフッ!!??」


悠の空いている左の拳がベロウの鳩尾に深々と突き刺さった。ベロウは混乱したまま再び大地へと帰還し、口から胃液を吐き出しながら腹を押さえて転げ回っている。


「オゲェェェ!!! な、な、な、何しやがる!! ウップ!!!」


「俺は甘ったれた事を言う男は吐くまで殴る事にしている。それを忘れていたのでな」


「ゲホッゲホッ!! わ、忘れ物ってのは自分のかよ!! ゲホッ!」


《文字通り、全部吐き出してスッキリしたでしょう? 男がいつまでもウジウジしてるんじゃ無いわよ》


「ゲホッ・・・ち、チクショウ! 分かった、分かったよ!! 俺はもう泣き言なんざ言わねぇよ!! ・・・ありがとよ」


《何か言った?》


「言ってねえ!!!!!」


ベロウは腹を押さえたまま、そっぽを向いて叫んだのだった。

燕相手だと言葉でしたが、雪人やベロウなら殴ります、悠は。

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