4-10 安息の地10
「んっ!? やぁ、これは美味しいですね! ユウが言った通り、ケイは大した料理人ですよ!!」
「本当に美味しいです! 凄くコクがあるというか・・・」
「わ、私の料理なんて特に大した事はありませんから!! ゆ、悠さんも大げさに言わないで下さい・・・」
「そんな事は無い。俺も料理をするから分かるが、恵の料理は美味い」
「え? ゆ、ユウのアニキも料理とか、その、するんですか?」
「おかしいか?」
「いえいえいえ! とんでもないです、ハイ!」
「兄さんは料理は女のやる物だって言ってやらないものね~」
「わ、バカ!! ミリーは黙ってろ!!」
「これは耳が痛い。私も料理は食べる専門でからきしですからね」
「もぐもぐもぐもぐもぐ・・・」
「・・・一心不乱とは、この事。私も、食べる・・・!」
「お? 負けねーぞ!!」
「おれも!!」
「わっ、それぼくのおにく!」
「私のを分けてあげるわ、始君。ほらほら、そんなに急いで食べないの!!」
「みんなこどもなんだから・・・ってかぐら! それはわたしのよ!!」
「おいしくて止まらないの~、ごめんねあかねちゃん~」
「僕のを食べていいよ、朱音ちゃん。・・・あ、ちょ、かぐらちゃんは今食べてるでしょ!?」
「ふーーー、めいはおなかいっぱいです!!!」
広間はまるでパーティー会場の様な賑わいを見せていた。悠のお墨付きである恵の手料理に舌鼓を打つローランとアルトに、謙遜する恵。悠が料理をするという事に衝撃を受けるビリー、それを揶揄するミリーや肉に照準を合わせて次々と咀嚼していく小雪とそれに追随する蒼凪、神奈、京介。目当ての肉を取り損ねてしょげる始に、自分の分を分けてあげる樹里亜、大人ぶって優雅に肩を竦め・・・ようとして神楽にデザートの甘味を攫われ悲鳴を上げる朱音、そして戦果を喜ぶ神楽にそれを取り成そうとする智樹と、その横で満足そうに腹をさする明。
「すまんな、ローラン。ここではいつもこんな感じなのだ」
「気にしないでおくれよ、ユウ。しかめっ面してやれ金がどうだ、やれ国がどうだと言いながら貴族同士で食べる食事より千倍は楽しいよ、私は。料理も美味しいしね」
「酒も少しはある。風呂に入った後にでも一杯やるとしよう。・・・ノースハイアからくすねて来た物だが」
「・・・聞かなかった事にしておくよ」
そんな喧騒の中、一人だけ静かに食を進める人物が居た。
「・・・」
ベロウである。いつもは話を振られなくても自分から話題を提供するくらいはするのだが、今は普段の陽気さもなりを潜めていた。
「どうしたんだい、バロー?」
「・・・ん? 何か言ったか、ローラン?」
「まるで心ここに有らずって風情じゃないか。考え事かい?」
「いや、何でもねぇ・・・」
「何でも無いって事は無いと思うんだけどね?」
「ローラン」
ベロウを追及するローランを悠が制止した。
「バローにもバローの事情がある。ノースハイア絡みでは尚更な。今は触れないでやってくれんか?」
「・・・そうかい。バロー、すまなかったね。詮索するつもりは無かったんだ」
「いや・・・俺もまだ整理が付いてねぇんだ。今度話すからよ・・・」
ベロウが考えている事は贖罪についてだった。自ら手を下した事は無いとはいえ、ベロウも多くの子供達を見捨てて来た身である。レイラは関係はこれからだと言ったが、自分だけはそれには当てはまるまい。樹里亜にしても神奈にしても、自分にだけは恨みを抱いているだろう。ベロウはそう確信していた。
「・・・」
悠もベロウの心中を察すればこそ、ローランを制止したのだ。ベロウは今、間違い無く更生の道を歩んでいる。そしてその機を与えたのは他ならぬ悠自身だ。ならば結果にも責任を持つべきであろう。
(大雑把かと思えば繊細だったり、人間は色々ね)
(答えは既に出ているのだがな。・・・樹里亜はあの場で全員に恨んでいないと言った。そこからベロウを排する事無くな)
(自分を含めない辺り、変な所で真面目よね)
(それもベロウ・ノワールという人間の一部であろうよ。これからどう生きていくのかはベロウ次第だ。ここを安らげる場所にするかどうかはな)
レイラとの『心通話』での会話を、悠はそう締め括った。
「旅の途中で入浴なんて、素晴らしい贅沢ですね。まるで家に居るかのようですよ」
「気持ちいいですね、父さま!」
「スゲー・・・やっぱりユウのアニキはスゲーや・・・」
「京介、始、今日は客人が居るから泳ぐのは禁止だぞ」
「「はーい!」」
男湯には何時ものメンバーに加えてローラン、アルト、ビリーが熱い湯に今日の疲れを溶かしていた。まさか風呂に入れるとは思っていなかったので、その顔には驚きよりも喜びが大きい。
「こんな贅沢を覚えちゃあ冒険が辛くなりそうですよ」
「それはそれ、これはこれだ、ビリー。風呂に入って死んだ人間は居ても、風呂に入らなくて死んだ人間の話は聞いた事が無い。要は気の持ちようだ」
「は、はぁ・・・」
「そんな殺伐とした考え方は普通出来ねぇぜ、ユウ・・・」
《ユウは軍隊が長かったから、入浴出来ない事もよくあったのよ》
「あわわ・・・そう言えばレイラさんが居たんだった!」
「あまり気にしない方がいいよ、アルト君・・・気持ちは良く分かるけどね」
未だレイラが一緒に入る事に慣れていないアルトが咄嗟に体を隠したが、そろそろ共同生活に慣れてきた智樹がそれを宥めた。
「ゆうせんせー、いき止めきょうそうしようよ!」
「ふむ・・・いいだろう。いつも通り京介と始、智樹の合計か?」
「ううん、今日はアルトにいちゃんも!!」
「え? ぼ、僕も?」
「身体能力を計るのに役に立つみたいだよ。アルト君も悠先生の指導を受けているんなら、一度計ってみたらいいよ」
「じゃ、俺が測定してやろう。ローラン、お前はどうする?」
「私も参加してみましょうか。・・・フフ、こんな事をするのは子供の頃以来ですね」
「俺も参加しますよ! 泳ぎは得意だったんです!」
「が、がんばる・・・!」
ベロウが測定に回り、それ以外の全員が参加する事になった。
「流石の悠もこの人数相手じゃ負けるかもな?」
「・・・え? 普段は3人掛かりで勝てないのかい、ユウに?」
「ぜんぜん! ゆうせんせー、おれたち3人を合わせたじかんよりずっと長くいきをとめられるんだ!」
「・・・それは本気を出した方がいいですね。ユウのアニキ、すいませんが負けてもらいます!」
「俺は誰にも負けん。かかって来るがいい」
「無駄に熱い展開だな・・・おし、じゃあ始めるぞ! ・・・はじめっ!」
ベロウの合図で全員が湯船の中に沈み込んだ。そのまま30までは何も無かったが、40を数える頃にローランがまず頭を上げた。
「プハッ!! ハァ、ハァ・・・いや~、自分の衰えを感じますね。最初に脱落とは情けない」
「くはっ! ハァ、ハァ・・・よ、ようやく最下位を免れた・・・」
続いて智樹が50を超えた時点で頭を上げる。いつも最下位だったので、その顔には笑みが浮かんでいた。
「ぷわっ! ふー、ふー、やった、一分止められた!」
一分を超えた所で始が顔を上げ、自分の成果を喜んだ。
「ぶはっ!! ・・・へへ、アルトにいちゃんすげーな! おれとおんなじくらいいきを止めてられるなんて!」
「クッ! ハァ、ハァ・・・け、結構止められたと思ったのにな・・・」
90になった時、京介とアルトが同時に水面から顔を上げた。京介はアルトに素直な賞賛を送り、アルトも年上としての面目を保てて一安心だ。
そして残るは悠と、意外にも頑張るビリーだった。
「100! 101、102、103・・・」
そのままベロウのカウントは進むが2人がギブアップする様子は無い。
「150! 151、152、153・・・」
「・・・頑張りますね、ビリーは。これならもう私達の勝ちは揺るがないんじゃないですか?」
「・・・どうでしょう? 悠先生はちょっととんでもないですよ?」
周囲ではビリーの頑張りを喜ぶ声も聞こえたが、智樹はまだ懐疑的な様だ。
「197、198、199、200!」
「ゴハッ!! ハァ! ハァ! ハァ! ま、負けた・・・」
湯船の中で悠の方を見ながら我慢していたビリーが遂に我慢の限界に来て頭を上げた。
「ハァ、ハァ・・・で、でもこれで流石に合計なら俺達の勝ちでしょう? 後はユウのアニキがいつ頭を上げるかですね!」
満面の笑みでそう言ったビリーの顔色が青くなるまでに、そう長い時間を必要とはしなかった・・・
「500!、501、502、503・・・」
「う、嘘だろ・・・?」
「・・・これって、ユウ生きてます?」
「全然ピクリともしないんですけど、ユウ先生・・・」
「いつもは5分くらいハンデを貰ってますよ、僕達」
「「「え?」」」
智樹の非情な宣告にローラン、アルト、ビリーは揃って絶句した。
「に、人間の限界超えてますよ、コレ・・・」
「で、でも流石に合計なら・・・あの、合計っていくつでしたっけ?」
「えーっと・・・」
各自が自分のタイムを思い出し、それらを自己申告しようとした時、全く別の所から答えが返って来た。
「536、537、538・・・」
「537だ、アルト」
「「「うわぁ!!!」」」
突然湯船から頭を上げた悠が全員の合計タイムを宣言し、ローラン達は驚いて湯船の中で転んでしまった。
「ふぅ・・・ビリー、中々の肺活量だな」
「ブハッ!? ゆ、ユウのアニキにそう言われても説得力が無いんですけど・・・」
「で、でも537って?」
「ローランが41、智樹が52、始が64、京介とアルトが90、ビリーが200。合計で537だ」
「か、数えていたんですか!? どうなんです、バロー?」
「全くもってユウの言う通りだ。付け加えるならユウは538だな。・・・いい加減のぼせちまうっての」
悠の身体能力は軍での訓練、個人的な特訓、そして竜騎士として普通の人間より大きく強化されている。特に呼吸に関しては、龍には毒を吐く者も居るので、無呼吸運動は必須なのだ。
「・・・もうユウと競争はしませんよ、私は」
「俺もです・・・ブクブクブク・・・」
力無く湯船へと沈んでいくビリーだった。
ほのぼの(?)エピソードが続きます。ビリーは数少ない活躍シーンだったのに・・・
ちなみに潜水時間の世界記録は22分30秒だそうですよ?




