1-13 国葬2
高級軍人として悠、雪人、真、匠の四人も国葬に参加していた。それは義務としてではなく、同僚の死を悼んで望んで参加したのだ。
「結局、老兵が生き残ってしまったな。特練(特別修練過程)出身の、特に第九期生から第十一期生は優秀な奴等が多かったが」
匠の言う特別修練過程とは、龍に対抗する為のエリートを育てる事を目的とした軍事修練過程であり、その過酷さで知られていて、特練出身と聞けば、何も知らない民衆や新兵達は憧れの目を向け、その内容を知るベテランの軍人からは恐れを抱かれるといった、知る人ぞ知る修練過程だった。
匠は第一期生かつ教官を歴任しており、悠と雪人は第九期生、真と朱理は第十一期生の出身である。
「老兵などとは、防人虎将もご冗談を。36なら世間一般ではまだお若いでしょうに。そろそろ妻を娶られてもいいくらいだと思いますが」
雪人の口調は公的な場でのもので、敬語は年長者に対する配慮である。
「更に私よりも10も若くて栄達もされている竜将の方々より先に、そのような事をするのは憚られますな。下の者が困りますので、早く落ち着いて頂きたいものです」
さらりとかわして皮肉のカウンターを放つ匠に雪人は軽くお手上げのポーズをした。
「まだ遊びたい年頃とご理解ください。肉も美味いが魚も捨てがたい。しかしたまには採れたての野菜も賞味したいとも思うのですよ」
「精々食中りを起こさない事ですな。竜将の死因が龍ではなく女では対外的によろしくありませんからな
」
二人の応酬はとても葬儀中とは思えないし、礼儀にもとるかというとそうではない。彼ら高級軍人達、特に竜騎士と竜器使い達は、生前、このような愚にも付かない冗談で場を和ませていた。ただ死者を悼むには、世界は人を失い過ぎた。毎回毎回、しかも短時間に悲しみが続いては、人の心は壊れてしまう。そのため葬儀では生前死者達が好んだ会話を生者が行い、それによって死者を安んじるというのが一般的になってきていた。決して雪人と匠が空気を読めないからではない。ちなみに、志津香の弔辞は不特定多数に向けたものなので別である。
「肝に銘じましょう。しかし、自分よりもまず神崎竜将に説教して貰いたいものですな。なにしろ、呆れるようなあの『条件』のせいで、女の影が全く無い」
雪人の言葉に、匠はその『条件』に思い至り、深く溜息をついた。
「これからの時代にあのような『条件』は必要無いとは思いませんかな、神崎竜将?」
「思いませんな」
にべもないとはこの事であろうか。我関せずと隣を歩いていた悠に動揺は無かった。
《まだ駄目よ、二人とも。私もそう言ってるんだけど、ユウったら全然聞いてくれないんだもの》
《ホッホ、さながら暖簾に腕押しといった所かの?》
レイラが愚痴り、プロテスタンスが混ぜっ返す。
《ふん、甲斐性無しめが》
《メスの一匹も捕まえた事の無いお主が言えた義理じゃないのぅ》
《う、うるさい! 黙ってろ爺!!》
とばっちりを恐れて無言で歩いていた真の胸元からガドラスが罵倒したが、プロテスタンスに一蹴されて不機嫌に黙り込んだ。
「そうか、そういう意味では千葉虎将が一番真っ当かもしれませんな。同期生の西城秘書官とは随分と『親しい』間柄ですし、家格も引けを取りません。如何かな? 千葉虎将?」
その雪人の言葉にギョっとして真は反論した。
「そのような笑えない冗談はお止め下さい真田竜将! あれは女ではありません、悪魔です!! 自分が幼い頃から何度西城秘書官のオモチャにされてきたか・・・」
真の家である千葉家は、西城家と共に東方連合を支えてきた名家である。両家の当主達も、同い年の二人を将来的にはそうさせる気もあったのか、幼い時分から二人はお互いの家を良く行き来していた。
時にそれに、後に皇帝になる志津香が混じる事もあり、今にして思えばなんとも豪華な布陣であった。皇帝を筆頭に、その秘書官と、高級軍人たる虎将、しかもそのうち二人は将来竜騎士になったとくれば、両家の当主達は中々に慧眼であったと言えるかもしれない。もっとも、その当時は二人を連れまわす朱理を後をちょこまかと付いて回る志津香、そして問題が起こった時にイケニエになる真といった役割分担であったけれども。
「今でも家では皇帝陛下に『また』粗相をしておらんだろうな? って父親が言うんですよ・・・陛下が水溜りで転んで泥だらけになったのも、都の下町で迷子になったのも全部自分が怒られたんですから・・・全部西城秘書官がやった事だったのに・・・」
遠い目をして嘆く真は背中が煤けて見えた。
そんな事を言い合っている間も、街道を行く四人に至る所から敬礼が送られている。敬礼を送っているのは軍人で、手を振ったり拝んだりしているのが一般の民衆であろう。
「神崎竜将は献花を終えたらどうする? 除幕式には参加されるのか?」
都の中央に此度の大戦の記念碑が既に設置されており、午後からはその除幕式があった。雪人には予めその旨が打診されており、午後はその式典に参加予定だった。真も同じである。
「いや、自分はご辞退申し上げた。なにしろ、時間が有りませんからな。午後からは実家の方に行って墓参りをしてくるつもりです」
「そうか・・・では、夜は空けておいてもらえるか? 明日の事でいくつか打ち合わせがしたいのでな」
「承った」
そう言って四人は献花を済ませに献花台へと向かって行ったのだった。