4-7 安息の地7
一行の旅は順調に進んだ・・・と言えるのはやはり悠とベロウの存在が大きかった。
「フッ!!」
「ゲギャ!?」
悠が突き出した拳を受けてゴブリン(小鬼)が力無くその場に崩れ落ちる。その周囲には同じ様に倒れ伏す小鬼が10匹ほど転がっていた。
「それで最後だぜ、ユウ」
「ああ、また討伐部位を切り取って『冒険鞄』に入れておこう」
「了解っと」
そう言って悠とやり取りするベロウの周囲にも5体ほどのゴブリンがその躯を晒していて、ベロウはそれらの右耳を素早く刈り取った。
「特に周りに森なんかがある訳でも無いのにヤケに魔物が多いな。ローラン、いつもこのくらいは襲われるのか?」
「いえ・・・この間ミーノスに来た時にはこの半分も襲われませんでしたよ。その代わり最後の最後で人間に襲われましたがね」
ローランもこの状況を訝しく感じて首を捻っている。
「もしかしたら魔物の生態系に変化があったのかもしれません」
「生態系に変化?」
同じく周囲を警戒していたミリーが自分の考えを悠達に伝えた。
「魔物は増え過ぎたり、別の魔物との縄張り争いに負けたりすると住む場所を大きく変える事があるんです。これまで襲って来た魔物もゴブリン、オーク(豚鬼)、ジャイアントラット(大鼠)と、特定の縄張りを持つ種族ばかりですから、これまで襲われなかった場所で襲われるという事は、何らかの原因で生態系が崩れていると見るのが自然です」
「なるほど・・・そうするとこのまま進んでもいい物でしょうかね?」
ミリーの的を得た推察を聞いてローランがこの先の予定を尋ねたが、ミリーは特に心配せずに答えた。
「普通の冒険者であればとてもお勧めは出来ませんけれど・・・ユウ兄さんとバロー兄さんが居れば大丈夫でしょう。さっきからどんな魔物が出て来ても秒殺ですしね・・・すいません、私達はあまりお役に立てなくて・・・」
「その代わり夜の見張りは俺達がやりますから!」
「おっと、そいつは必要無いぜ、ビリー」
「え?」
「ユウ、そろそろローランやビリー達に見せてやればいいんじゃないか?」
「そうだな・・・そろそろ日も暮れる。では街道から少し外れてあの林の向こうで今日は休むとするか」
夜の見張りでは役立とうと意気込むビリーとミリーにニヤリと不敵な笑いを送って、ベロウは悠を促した。悠もそろそろ時間も遅くなって来たのでその案に賛成する。
「遂に見せてくれるのかな? 楽しみだね、アルト?」
「はい! 何をするんでしょうね、ユウ先生は」
事前に聞いていたローランとアルトはようやくやって来たお楽しみの時間に胸を高鳴らせ、事情を知らないビリーとミリーは腑に落ちない表情をしている。
「野営は馬車の周りでするんじゃ無いんですか? それにあそこまで街道から離れる必要が?」
「まぁ見てなって。・・・多分凄い物が見られるぜ?」
「は、はぁ・・・?」
ここ数日は悠達も緊急の依頼をこなしていた為に、ビリー達と冒険をする機会が訪れなかった。その為、ビリー達には悠が何をしようとしているのか見当が付かなかったのだ。
それでも自信ありげなベロウの顔を見て、自分達の中で導き出せる回答を兄妹は御者席に並んで小声で話し合った。
「・・・どう思う、兄さん。ユウ兄さんは何をするつもりなのかしら?」
「・・・そうだな・・・野営に関わる物で見張りまでいらないっていうんだから、もしかしたら魔道具の大型テントでも持っているのかもしれないぞ? 一度見た事があっただろ?」
「ああ、前に一度すれ違ったⅧ(エイス)の冒険者のパーティーがそんなのを持っていた事があったわね。ユウ兄さん達もⅦ(セブンス)の冒険者なんだからそのくらいは持っていても不思議じゃないのかしら?」
「きっとそうに違いない。何にせよ、夜安全に寝られるってのは助かるよな。・・・今は子供達も居るし・・・」
そう言ってビリーはベロウが操る馬車にチラリと視線を送った。
「ええ・・・せめて子供達だけでも安全を確保してあげたいものね・・・」
ビリーとミリーはまだ子供達と顔合わせをしていないが、漏れ聞こえて来る言葉を聞く限りでは皆健康そうで塞ぎ込んでいる子供は居ない様だった。それを見れば悠とベロウが如何に子供達を大事にしているのか分かるという物だ。孤児である2人にとって、それは十分に尊敬に値する事だった。
「この辺りでいい。皆馬車を降りて少し待っていてくれ!」
悠が皆に呼びかけると子供達がわらわらと馬車の中から外へと出て来た。
「ふぁ~~~ぁ・・・よくねた~」
「ねすぎよ、かぐら。あなたごはんいがいずっとねてたじゃない!」
「体を動かせないと寝るか喋るくらいしかする事無いもんな~。あたしはお腹が減った!!」
「おれも!! 今日のけいねえちゃんのごはんはなんだろうな~」
「今日はおにくだって言ってたよ、きょうすけくん」
「お肉・・・!」
「・・・意外と肉食系ね、小雪ちゃん」
「肉は・・・大切。しっかり食べて・・・強くなる」
「めいもおにくだいすき!!!」
「悠さんとバローさん、それに冒険者のビリーさんとミリーさんが頑張って取ってくれたから一杯あるわよ。皆、お礼を言いましょうね?」
「「「ありがとうございます!!!」」」
静かな草原に子供達のお礼の言葉が響き渡り、それを聞いた悠は頷き、ベロウは目を逸らして軽く手を上げ、ビリーとミリーは懐かしい物を見る様な目でそれに笑顔で応えた。
「さて、拠点を設置する。『虚数拠点』展開」
《了解》
それを尻目に悠とレイラは短いやり取りをした後、すぐに『虚数拠点』を展開すると、何も無かった場所に瞬時に大きな屋敷が出現した。
「おお!? ・・・こ、これが野営の準備が要らない理由だったとは・・・開いた口が塞がりませんよ・・・」
「うわぁぁぁ・・・・・・」
「これが俺達の拠点だ。高度な結界も配備されているから相当なレベルの魔物でもないと侵入は出来ん。安心して寛いでくれ」
「へへ、流石に貴族のローランやアルトでもこんなのは見た事が無かったろ? デカ過ぎて街で使えないのが残念だけどよ、こうして人気の少ない場所で使うにはこれ以上の物は無いと思うぜ? どうだ、ビリー、ミリー・・・ん?」
何かすると聞いていたローランとアルトですら目の前にある光景が信じられず、屋敷の前でただただ驚くばかりだ。空間魔法の応用で許容量を増やしたテント程度なら見た事もあったし持ってもいるが、これは規模が違い過ぎた。
その驚く顔を見て満足したベロウは何も聞いていなかったビリーとミリーにもその感想を問おうとしたが、生憎2人は答える事が出来なかった。
「・・・」
「・・・」
自分達の想像を遥かに超えるスケールで成された事に、2人は仲良く意識も遥か彼方に吹き飛ばされていたのである。