4-5 安息の地5
「はじめまして、ローランさん、アルト君。私は東堂 樹里亜です。この度はお招きありがとうございました」
「樹里亜は堅苦しいなぁ・・・こんにちはローランさん、アルト。あたしは大山 神奈。神奈って呼んでくれよ」
「アナタは砕け過ぎなのよ!! すいません、礼儀知らずな子で・・・」
「ここは他に人目も無いから気にしなくていいよ。ジュリアも普段通り接しておくれ」
「こ、こんにちはっ」
折り目正しく挨拶を述べる樹里亜に対し、神奈は平常通りの様子で軽く挨拶をした。・・・イマイチ公爵という爵位を理解していないらしい。神奈にとって、尊敬とはその人間の精神性と強さが基本になっているので、まだローランに対してはそこまで遠慮を抱いていないのだった。
「この2人が俺が留守の間の屋敷の防衛の要だ。特に樹里亜は今回見事な指揮で子供達を誰一人欠く事無く守り切ってくれた。俺が外に出られるのもこの子達が居ればこそだ」
悠は両脇に座る2人の頭に手を乗せてローランに2人を紹介した。
「とんでもありません!! 今回も悠先生の手を煩わせてしまって・・・」
「いや~それほどでも・・・あるけど!」
ひたすら謙遜する樹里亜と悠に褒められてニヤニヤと照れ笑いを浮かべる神奈をローランは面白そうに見比べた。
「なるほど、正反対のいいコンビだ。ユウ、中々いい人選をしているね」
「樹里亜は子供達の中で最も戦闘経験値が高く、神奈は対個人戦のエースだ。体さえ治れば大抵の相手には遅れは取るまい」
「という事は彼女達は今怪我をしているのかい?」
そのローランの疑問にレイラが答えた。
《ジュリアとトモキは私の言い付けを破って無茶したみたいね。ジュリアとトモキは後1週間、カンナは2日間は激しい運動は禁止よ》
「う・・・す、すいません・・・」
「やった! 予定より早いや!!」
樹里亜と智樹はかなり体を酷使してしまったので、完治までの期間が延びてしまったのはしょうがない。それに対して神奈は最後の反撃の時だけ能力を使っただけだったのと、本人が良く食べて良く眠ったのが功を奏した結果だった。
「2人は戦争に駆り出されて大怪我を負っていたのを治療したばかりだ。身体的な損傷は無くても、血液や体力は本人の治癒に任せるしかないのでな」
「そうか・・・それなら向こうに付いたら『治癒薬』を譲るよ。ユウの『再生』の様な劇的な効果は無いけれど、体力や体調の回復には良く効くよ」
「ありがたい、使わせて貰おう。その様な品があるのなら常備してもいいな。2人共、ローランに礼を」
「「ありがとうございます」」
『治癒薬』とは薬草と錬金術を掛け合わせて作る一種の魔法薬である。価格は最下級の物でも金貨1枚以上はする高級品であるが、その分体内から治癒を助け、確実な効果を上げる。『回復魔術』で癒せない体力や増血の作用もあり、これも冒険者なら一人一本は持っておきたい品物だ。
「・・・いやぁ、やはり次は娘が欲しいね。今から名前を考えておこうかな?」
「・・・僕は弟が・・・」
「「??」」
ローランの眩しい物を見る目とアルトの呟きに疑問符を浮かべた樹里亜と神奈だったが、悠がフォローしなかったのでその疑問は晴れる事は無いのだった。
「お、お邪魔します・・・ぼ、僕は宮本 智樹です。ほ、本日はお招きに預かりまして誠に――」
「ああ、無理しなくていいよ、トモキ。君はこの世界の住人じゃないんだろう? 貴族の権威は世界を超えてまで機能しないのさ。気さくにローランお兄さんと呼んでくれたまえよ」
「父さま、段々大胆になってます・・・」
「・・・はじめまして、ローランお兄様。私は、葛木 蒼凪です。この度は、お世話になります・・・」
「!!!」
蒼凪の言葉にローランは目を見開いて、そしてフリーズした。ローランの頭の中には今の蒼凪のセリフが延々とリフレインしていたのだ。お兄様、お兄様、お兄様・・・
「お兄様・・・何と素敵な響きでしょうか・・・その様に女性に呼ばれたのは初めてです。いや、私はそう呼ばれる為に生まれて来たのかもしれない・・・嗚呼」
「しっかりして下さい、父さま!! 父さまに妹君は居ないんですから呼ばれなくて当たり前です!!!」
「ハハハ、アルト、何を言っているんだい? こうしてソーナが私をお兄様と呼んでくれているじゃないか?」
「父さまがそう呼べと言ったんでしょう!?」
親子漫才を繰り広げるローラン達を引き気味に見ながら、智樹は小声で悠に尋ねた。
「ず、随分へ・・・いえ、気さくな公爵様なんですね、悠先生・・・」
そのまま変と言わないのが智樹の優しさであろう。
「・・・普段はもう少し分別があったのだが・・・多分、旅行で気が高揚しているのだろう。気にしないでいてやってくれ。それと蒼凪、程々にな」
「はい・・・やり過ぎた・・・」
ぺろっと舌を出し、確信犯としてそう呼んだ蒼凪は将来悪女になるかもしれない。
「蒼凪も諸事情からまだ体調が思わしくないのだ。ローラン、蒼凪にも『治療薬』を用意して貰ってもいいか?」
それを利用する悠も中々に肝が太い。
「勿論だとも!! 妹の為に尽くすのは兄の義務と言っていいからね!! 街にある『治療薬』を買い漁ってでも・・・」
「いい加減に落ち着いて下さい!! ソーナさんは父さまの妹君ではありません!!!」
「な、何だって!? じゃ、じゃあまたユウが私から大切な物を奪っていくのかい!?」
「蒼凪は蒼凪だ。誰の物でも無いぞ?」
(・・・私は悠先生の物)
(蒼凪、唐突に『心通話』を使うな。お前はまだ若い。これからもっといい男との出会いもある。自分の可能性を限定する事は無い)
(今の私はそう思うんです。私も頑張ってお役に立ちます。・・・それとも、やっぱり私はいらない子、ですか?)
(そんな事は断じて無い。だが・・・)
(ユウ、蒼凪の好きにさせてあげなさい。人が人を想う心を止める権利は貴方にも無いわよ。・・・でもねソーナ、ユウが選ぶ女性はユウと並び立つ程の強者である事が条件らしいわよ? 貴女にその覚悟はあるのかしら?)
(もう私は何も諦めない。強くなる事が条件なら絶対に強くなる。そしてずっと悠先生と一緒に居る。もう誰も居ない元の世界に帰りたいとも思わないもの)
蒼凪の体には何の力も無かったが、その目だけは苛烈な意思を持って悠を見つめていた。
(・・・本気みたいね。どうするの、ユウ?)
(そこまで言うなら確かに俺に止める権利は無い。忠告としてやめておいた方がいいとは言っておくが。それに蒼凪、お前の才能が精神面への作用であるなら戦力として大成するのは難しいと思う。それでもまだ諦めないか?)
蒼凪が『心通話』を使える様になったのは、召喚の際の能力か魔法的特性では無いかと悠は考えていた。そうであるならば、蒼凪はどれだけ鍛えても努力した人間としての強さを得るのが限度だろう。
(1年鍛えてダメなら5年。5年鍛えてダメなら10年。10年鍛えてもダメなら一生鍛え続けます。その間は悠先生と一緒に居られるなら私は本望です)
(・・・分かった。蒼凪が満足するまで、どこまでもお前を鍛えよう。だが約束しろ。自分が他にこれはと思う物があったら、俺の下から離れると。いいな?)
(・・・はい!!!)
ところで今2人は『心通話』で話しているのでその素養の無い人間には2人の言葉は聞こえていない。その結果どうなるかというと・・・
「ふ、2人だけの空間が築かれている・・・何て事だ・・・私の妹なのに・・・」
「違いますよ・・・そろそろ目を覚まして下さい、父さま・・・」
「蒼凪さん、悠先生、僕をこの空間で一人にしないで欲しいんですけど・・・」
互いを見つめ合う悠と蒼凪に周囲の混沌度は上がる一方であった。
口数は少ないですが、最も情熱的なのが蒼凪です。まだ『能力鑑定』が済んでいないのでその能力は未知数ですが、蒼凪はどこまで強くなれるのでしょうか?