4-2 安息の地2
こちらは大型馬車の中、子供達は馬車の中で和気藹々と話し合っていた。
「でっけー! まるでバスみたいだよな、はじめ?」
「う、うん、まどはちいさいね、きょうすけくん」
「わたし、ねむくなってきちゃった~・・・く~・・・」
「ちょ、ちょっと! そんなに早くねないでよ、かぐら!」
「ねかせてあげようよ、あかねちゃん。わたしが話し相手になるから、ね?」
「どういう原理なのか殆ど揺れませんね、酔わなくて助かりますけど」
「公爵様ともなれば馬車一つ取っても高級品なんじゃないかしら。多分ただの馬車じゃないんでしょ」
「あたしは乗り物は落ち着かないな。自分で歩く方が気が楽だ」
「私は・・・助かった。ずっと、おんぶして貰うのは・・・悪い」
馬車の中はバス遠足へ行く学生達の様な状況だ。年長組もようやく緊張が解れて来ていて、自然に口も軽くなる。
「でも明ちゃんは相手が誰でも物怖じしないわね。少し羨ましいわ」
「恵さんは苦労が絶えませんけどね・・・」
樹里亜の呟きに智樹が苦笑して答えた。行動的で積極的な明と違って、恵は大人しい。ここに来る前も振り回されていたのだろうと容易に想像出来たのだ。
「いいんだよ、恵も少しは行動的になったら。明を見てるとあたしの小さい時を思い出すな!」
「・・・明ちゃんにはこうならない様にしっかり教育しないとダメね」
「・・・明ちゃんは、良い子。大丈夫」
「こ、こら! どういう意味だ、樹里亜、蒼凪!」
「ま、まぁまぁ」
結局気苦労が絶えないのは智樹も同じなのだが、自分では中々気付けない物なのかもしれない。
「それはさて置き、ベロウ・・・じゃなかった、バローさんの事だけど・・・」
「変わりましたね」
「変わったよな?」
「・・・変わった」
「・・・やっぱりそうよね・・・悠先生、一体どんな魔法を使ったのかしら・・・?」
樹里亜が話すと、全員が口を揃えてベロウの変化を肯定した。誰が見ても変わったと言えるほどに、ベロウはその内面を変化させていたのだ。
「ただの小悪党だと思っていたのに、私達の為に土下座までするなんてね・・・」
「それはやっぱり悠先生が偉大なお人だという事だろ!!」
「結局はそういう事なんでしょうけど・・・凄いですね、悠先生は」
「悠先生に掛かれば・・・造作も無い、事」
「・・・蒼凪もいつの間にか神奈みたいな事を言ってるし・・・影響力大きいなぁ」
今回の土地の提供に当たっては悠からその経緯は子供達に既に語られていた。その際にベロウが土下座をしてローランに頼み込んだ事も含めて。ちなみにベロウはこの事を知らず、子供達が戸惑いの視線でベロウを見ている事に首を傾げていた。冒険者として活動している事も話しているので、皆もうベロウとは呼ばずにバローと呼ぶその呼称も定着し始めている。
「悠先生は私達に態度を改める事は強要しなかったけど、改心した人間にいつまでも冷たくするのは狭量よね。・・・うん。悪いベロウはいなくなって、頼りになるバローさんになった。それでいいかしら?」
「あたしは構わないぜ。あたしが大嫌いなのはもう一人のヤツだったしな!」
「・・・思い出させないで下さいよ。僕、今でもあの人の顔を思い出すと気分が・・・」
「・・・私は、殆ど話を、しなかったけど・・・嫌な人だった・・・」
「ああ・・・クライスね。私もアイツは大嫌いよ。でも悠先生が「成敗した」って言ってたから、もう2度と会う事も無いわよ。いい気味だわ」
反して、クライスに対する年長組の反応は非常に悪い。樹里亜も神奈も散々度を超えたしごきを受けていたし、蒼凪は拷問紛いの尋問を受けている。智樹に至っては体を焼かれて殺されかけた相手だ。誰にとっても好意的である理由が無かった。しかしそのお蔭でベロウに対する悪意の防波堤となっていたとしたら、クライスにも少しは存在理由があったのかもしれない。
「でも、今の所一番頼りになるのがバローさんだって言うのは、ちょっと癪よね?」
「激しく同感だ! 悠先生の一番になるのはあたしだ!!」
「・・・残念だけど、それは譲れない。悠先生の、一番になるのは、私」
「い、いいじゃないですか、誰が一番でも・・・」
「「「良くない!!!」」」
「スイマセン・・・」
女3人を説得するには智樹には人生経験が少な過ぎた。智樹も自分こそ悠の片腕になりたいと密かに願っていたが、現状ではどうも厳しそうだ。
「私なんてこの前ミスしちゃったから・・・悠先生に幻滅されてないかしら?」
「・・・皆、無事だった。悠先生は、それだけで十分。樹里亜は、頑張った」
「そうだよ、皆見せ場もあったし。悠先生も褒めていたじゃないか」
「樹里亜さんが居なかったら僕達じゃ策なんて考えられなかったですよ」
「ありがとう。でもね、私は任された以上は役目はしっかりと果たしたいの。・・・今回の件はギリギリだったわ。最後の確認も怠ったせいであのザマだったしね。そのせいで悠先生にご迷惑を掛けてしまったもの」
皆口々に樹里亜を慰めたが、樹里亜の脳裏には手首を落とされ、ただ黙然と殴られる悠の姿が焼き付いている。2度とあの様な目に悠を合わせてはならないと、樹里亜は固く心に誓っていた。
「はぁ・・・やっぱり恵には勝てないのかしら・・・?」
レイラが警告を発した時、唯一反応出来たのは恵だけだった。恵も意識して樹里亜を突き飛ばした訳では無いが、それがむしろ信頼の差に感じられたのだ。
「同じ世界の住人だっていうのは大きいよな。顔見知りみたいだったし、家の事は全部恵に任せっきりだし・・・」
「・・・・・・絶対、負けない」
神奈は家事などした事が無く、蒼凪は箱入りのお嬢さんだったので、恵の手伝いすら覚束ない有り様だった。テキパキと家事をこなす恵に、3人共女としての本能を刺激されていたのだ。
・・・悠と並んで料理をする恵に対する羨みも多分に含まれていたが。
(勝ち負けじゃないと思うんだけど、言わない方がいいんだろうな・・・)
ほんの少しだけ女性の事を学べたのが智樹の一番の収穫だったかもしれない。
多少説明回でした。今子供達はこんな事を考えています。
ローランの馬車ではもう少し詳しく心情に迫りたいと思います。