4-1 安息の地1
「皆、今日から旅程で世話になるフェルゼニアス公爵とご子息のアルト様だ。挨拶する様に」
「「「よろしくお願いします!!!」」」
「うん、元気のいい子供達じゃないか。私はローラン。ローラン・フェルゼニアスです。こちらこそよろしく。私の事はローランと呼んでくれると嬉しいな」
「あ、アルト・フェルゼニアスです! よ、よろしくお願いします!!」
あれから3日後、ローランとアルトは召喚された子供達との初対面の場にあった。
さて、何故子供達がここに居るのだろうか? それは少し話を遡る事になる。
悠は現地まで送り届けてから子供達を『虚数拠点』から出すつもりだったのだが、他ならぬローランが子供達にも息抜きが必要だろうと共に旅をする事を提案したのだ。
「良いのか? 子供といってもそれなりの人数が居るし、子供達は貴族と接する礼儀も知らんと思うぞ?」
「構わないさ。彩の少ない旅路も子供達が多ければ賑やかでいい。それに私は事情を知らない子供に貴族の権威を振りかざすつもりも無いからね。アルトも同年代の子供と接する機会は貴重だから、いい経験になると思うんだ」
「そうか・・・ならばその言葉に甘えよう。ただ、俺達の事情を知らない人間は排してくれるか? 護衛は俺達が居れば必要無いし、御者もビリー辺りを雇って貰いたい。その代わり、夜寝る場所に関しては不自由させないと約束しよう」
「分かったよ、馬車は大型と小型を用意しておこう。小型の方はビリーに頼むとして、大型の馬車はどうする?」
「俺がやろう。見様見真似でも走らせるくらいは出来るさ」
詳細を詰めていくローランにベロウが手を上げた。貴族として馬車に乗る機会も多かったので、それなりに御者の動きは見知っているのだ。
「なら、そちらはバローに頼もうかな。夜を楽しみにしているよ、ユウ?」
「期待は裏切らんと思う。恵の料理も楽しみにしておいてくれ」
「ああ、例の料理上手の子かい? それは楽しみだね!」
こうして一行の旅程は賑やかな物になる事が決まったのだった。
「ゆうせんせー、こうしゃくってなんだ?」
「公爵というのは王族についで偉い人間だ。京介に分かりやすく言うなら、その国で3番目ぐらいに上手いサッカー選手の様な物だ」
「うおお!? すげーえらいんだ!?」
例えとしてはかなり違和感があるが、重要なのは京介自身が理解出来る事なので、悠はあえて聞いたばかりのサッカーを例えにして京介に説明した。その甲斐あって京介にもローランの立場が多少は理解出来た様である。
「ねぇ、公爵って言ったら・・・」
「ええ・・・最上位の貴族ですね。そ、粗相をしない様にしないと・・・」
「ん? 公爵って偉いのか?」
「神奈! 失礼な事を言っちゃダメ! 悠さんが困るでしょ!!」
年長組は神奈以外は貴族の爵位を知っていたので急に出て来た大物に緊張していたが、年長組が尻込みしているうちに年少組の斬り込み隊長がローランとアルトに突撃していた。
「こんにちは!! たかなしめいです!! ろくさいです!! よろしくね、ローランおじちゃん、アルトおにいちゃん!!」
そう言って明は2人の手を掴んでブンブンと上下に振った。
「よ、よろしく、メイ、ちゃん?」
「こちらこそ。・・・それと、私もおにいちゃんと呼ばれたいんだけど、ダメかい?」
物怖じしない明にアルトは面食らっていたが、ローランは軽く流してにこやかに挨拶を返した。・・・29歳としては少々図太いお願いを付け加えてはいたが。
「ん~? しかたないなぁ、じゃあとくべつにおにいちゃんってよんであげるね!!」
「めーーーーいーーーーっ!!!!!」
そこにズサーっと恵が走り込んで来て明の頭を掴み、強引に下げさせて平謝りした。
「す、すいませんっ!! い、妹は世間知らずでして・・・お、お許しをっ!!!」
「ああ、君がお姉さんのケイちゃんだね? 料理が美味しいってユウが褒めていたよ?」
「ふぇ!? そそそそんな!! わ、私が作る物なんて大した事ありませんかりゃ!!!」
「・・・恵、落ち着け。ローランはその程度で怒るほど狭量な人間では無い」
既に恵の許容量は限界を超えて溢れ出し、アタフタと手を上下させながら謙遜するのが精一杯だった。
「おーい、そろそろ出発しようぜ。俺も馬車の扱いに慣れておきたいんでね」
ベロウがそう促すと、ローランも恵に配慮して手を叩いて皆の注目を集めた。
「では皆、馬車に乗ってくれるかな? 一応大きい馬車を用意したけれど、私達の方に乗ってくれても構わないよ。と言っても精々2~3人ずつだけれどね?」
「めいのるっ!!」
ローランの誘いに真っ先に反応したのは明だった。
「だ、だから明はもうちょっと弁えてよ・・・!」
「ならば最初は明と恵が乗るといい。大いに親睦を深めてくれ」
「ゆ、悠さんまで・・・」
明を嗜めようとした恵だったが、悠にそう言われて断れるほど太い神経はしていない。
「俺も一緒に乗ろう。それでもダメか?」
「え? ・・・ま、まぁ、それなら・・・」
そう言われてつい顔がにやけてしまうのも15歳の乙女回路の作用としてはしょうがない。既に恵の頭の中では悠との旅路の妄想で一杯だった。
揺れる馬車の中、悠と恵は並んで座り、その揺れに体を任せていた。
「恵、辛くないか?」
「いえ、でも少し酔ってしまったみたいで・・・」
「そうか・・・それはいかんな・・・」
そう言った悠の手が恵の肩に回され、自分の体に恵の体を固定した。
「キャッ!! ゆ、悠さん!?」
「これなら多少は揺れないだろう? ・・・嫌か?」
「い、いえ・・・とてもいい感じです・・・」
何故か馬車には他に誰も居なかったり、悠がやたら男前に優しげな笑みを浮かべていたりと、色々あり得ない情景であったが、恋する乙女は障害物をフィルタリングして二人っきりになれる機能を乙女回路に標準装備しているので何の問題も無いのだ。
「そうか・・・だが、これはまずいな」
「え? な、何か問題でも?」
「俺の方が酔ってしまいそうだ。恵の魅力に・・・」
「悠さん・・・」
「恵・・・」
見つめ合う2人の距離は消え去り、やがて一つに・・・
「えへ・・・えへへへへ・・・」
「おねえちゃん、おねえちゃん! おねえちゃーーーーん!!」
「ひゃっ!? め、明!?」
「もうみんなばしゃにのっちゃったよ? ・・・なんでにやにやしてたの?」
「え? え?? ・・・・・・な、何でもないわ!!! わ、私達も乗るわよ!!!」
妄想界から帰還した恵の周りにはいつの間にか明しかおらず、他の人間は皆馬車に乗り込んでしまった後であり、恵は慌てて明の手を引いてローランの馬車に乗り込んだのだった。
「へんなおねえちゃん?」
端的な明の呟きこそがこの場で唯一の真理だったかもしれない。
第四章開始です。またお付き合い頂ければこれ幸い。