3-59 世は事も無し2
門番に取り次いで貰った悠とバローを待ち構えていたアルトが出迎えた。
「ユウ先生! バロー先生! おはようございます! 本日もご指導ご鞭撻をよろしくお願いします!!」
「おはよう、アルト」
「おぅ、おはようさん・・・お前さんは相変わらずいい子だな・・・」
「え? え??」
「気にするな、アルト。汚れた大人の戯言だ」
「は、はぁ・・・?」
ベロウの眩しい物でも見る様な視線にアルトは訳が分からず面食らったが、悠の取りなしで気を持ち直した。
「早速始めるぞ。まずは柔軟、そして走り込みだ。今日は体術半分、剣術半分でいくぞ」
「! は、はい!!」
新品の剣を腰に吊るしたアルトは嬉しそうに応えた。体術が大切だとは分かっていても、やはり剣士への憧れの気持ちは大きかったのだ。
「バロー、お前も拗ねていないでアルトの指導を考えておけ」
「ケッ、拗ねてねぇよ! ほらアルト、柔軟を手伝ってやる」
「やぁ、朝から精が出るね。おはよう、ユウ、バロー」
ベロウがアルトの背中を押してやっていると、屋敷からローランが出て来て2人を労った。
「おはようローラン。お邪魔させて貰っている」
「おはようさん。よっと!」
「うぎっ!?」
苦悶の声を上げるアルトを微笑ましく見てからローランは悠達と語り始めた。
「大活躍だったらしいね。私からもお礼を言わせて貰うよ。2人共ありがとう」
「なに、冒険者として依頼をこなしただけだ。礼など我らの間では不要だろう」
「そうだぜ、水臭いな。ダチを助けるのは当然だろ、ふん!」
「ぐげっ!?」
悠とバローはローランの畏まった言葉に軽く返した。アルトも礼を言いたかったのだが、背中を押されていてそれどころではない。あるいは、気を使うなというベロウなりのメッセージなのかもしれない。
「ふ、バローが人倫を説くとは、今日は雨か」
「うるせーっ! うりゃっ」
「ぴぎっ!?]
「その言葉、有難く受け取っておこうか。その礼という訳では無いのだけれど、悠に提供出来そうな土地が見つかったよ。近い内に案内しようと思うんだが、どうだろうか?」
ローランもこの数日は『黒狼騒動』と名付けられた今回の事件の被害者として色々と忙しかったのだが、それでも悠達に提供出来る土地の選別は怠っていなかったのだ。
「済まん、無理をさせたのではないか?」
「それこそ水臭いという物だよ、ユウ。我らの中で礼など不要と言ったのは君では無いかな?」
先程の悠の発言を取り上げてローランは柔らかな笑みを悠に向けた。
「敵わんな。分かった、今後の行動を礼の代わりとしようか」
「君達も忙しいだろうが、私もそうそう王都を空けられなくてね。3日後だと都合がいいのだけれど、どうかな?」
「予定の方を合わせるぜ。それまでに俺とユウもギルドの依頼をいくつかこなしておきたいしな、ていっ」
「へふっ!?」
「・・・バロー、そろそろ手加減してやれ。始める前にアルトが潰れる」
悠の言葉にベロウが視線をアルトに戻すと、アルトは既に息も絶え絶えといった有様であった。
「あ・・・ワリィ、アルト」
「ふひゃ~・・・」
「フフフ、剣士の道のりは遠そうですね。この分だとアルトは王都に留守番かな?」
ローランがそう言うと、アルトはバネ仕掛けの玩具の様にギュンと体を起こして問い掛けた。
「え!? ぼ、僕も付いて行ってもいいんですか父さま!?」
「いやいや、無理にとは言わないよ? ミレニアも残念がるだろうし、往復4~5日は掛かる旅程で稽古が一回休みになるユウやバローも残念だとは思うが、アルトがどうしても王都に残りたいならそれはそれで・・・」
「い、行きます!!! 僕も行きますからね、父さま!!!」
「お、まだまだ元気じゃねぇか。今日はしっかり稽古をつけてやるぜ、アルト」
「待て、バロー。俺が先だ。今日から半分と言わずむしろ倍に・・・」
「か、勘弁してくださ~~~~い!!!」
屋敷の敷地内に皆の朗らかな笑い声が響き渡った。
朝の光も届かぬミーノス近郊の森の奥にある洞窟では、幾人もの男達が一人の男に傅いていた。
「ミロ様、我ら『影刃衆』一同、いつでもミロ様の号令の下、彼奴らを血祭りに上げる準備は整っております」
「・・・」
呼びかけられたミロはそれを一瞥しただけで言葉を発する事無く、右手で額に走る一筋の傷に触れていた。触れると鈍い痛みがミロに伝わるが、ミロの顔にあるのは冷たい微笑だけだ。
(我に傷を付ける人間など何年振りの事であろうか。修業時代、師を超えた時から後では初めてかもしれん。・・・我は温き相手で知らぬ間に鈍っていたか? 否、あれこそは至宝よ。この様な木端共とは輝きが違う。人の世に燦然と輝く宝石の如き男・・・ユウ、貴様を殺したい。詰まらぬ事情や余人を交える事無く、ただただ貴様と死合いたいぞ、ユウッ!!)
ミロの手に思わず力が入り、その傷口が開いて赤い血潮が流れ出す。その痛みがミロの笑みを更に深い物にさせていた。
「・・・我と彼奴の戦いに手を出す事はまかりならん。もし先走るなら貴様らから細切れにしてくれよう。いいな、キリギス」
「し、しかし・・・!?」
そのキリギスの頬を認識不可能な黒い何かが高速で掠めてその反駁を許さなかった。
「我に意見するか、キリギス?」
特に大きな声で言った訳でも無いミロの声に、キリギスは暑くも無い洞窟の奥で頬からは血を、額からは大量の冷や汗を流しながら首を振った。
「け、決してその様な事はっ!!」
「貴様には貴様の獲物があろう。彼奴らとは死合うべき時に死合う。誰にも譲らん。・・・ユウ、しばし待っておれ。必ず貴様の命は我が貰い受けようぞ・・・」
その声音はまるで恋い焦がれる人物に向ける真摯な愛情すら感じられるほどに、暗い情熱が込められていた。
これで第三章は完結です。明日中に人物紹介と用語解説、あらすじをつけて終わらせたい所ですね。