3-57 餓狼死すべし5
《それでユウ、この男に黒幕を聞かないの?》
レイラは呻いて転がっているガーランとタムランに尋問しないのかと悠に尋ねた。
「そうだな・・・一度だけ聞いておくか」
レイラの進言に従って悠はガーランとタムランの所まで歩いていくと、極めて事務的に2人に問い掛けた。
「貴様等に問う。貴様等に依頼をしたのは誰だ?」
「・・・」
その質問にガーランは口を噤んで悠を睨んだが、手にも顔にも傷が無い悠を見て硬直した。
「な、何で傷が・・・!? お、俺は確かに・・・」
「あ、兄貴ぃぃ・・・こ、こ、コイツ人間じゃねぇよ!! 俺達殺されちまうよ!!」
「び、ビビってんじゃねえ!! お、大方幻覚魔法か魔道具で誤魔化してるだけに決まってるだろ!」
そう言いながらもガーランは必死に悠から遠ざかろうと手足だけで這って逃げようとしたが、足に全く力が入らなかった。悠の蹴りで脊椎を損傷し、下半身が麻痺してしまっていたのだ。
「俺が怪我をしていようといまいと今の貴様等に関係あるまい。さっさと質問に答えろ」
「だ、誰が喋るか・・・!」
ガーランは恐怖と激痛に苛まれながらも悠への憎悪から答える事を拒否したが、弟のタムランはあっさりと口を割って話し始めた。
「お、俺達も直接依頼を受けたワケじゃないんだ! 顔を隠した黒ずくめの男が俺達に接触して来て依頼を・・・」
「喋るんじゃねえ!! うぐっ!?」
「やはりな・・・」
『黒狼』程度の輩は悠の予測した通り、末端に過ぎなかった様だ。本当の黒幕と繋がっているのは『影刃衆』と『影刃ミロ』だろう。自分達が最初に襲撃に加わっていなかったのは顔割れを避ける為か。
「なぁ、何でも話すから見逃してくれよ! あ、兄貴と違って俺は何だって協力するぜ?」
「こ、の、クソ野郎がっ!?」
《麗しい兄弟愛ね。反吐が出そう》
「所詮、悪党などこの程度の絆しか持たん、脆弱な物だ。申し開きはギルドでするがいい。間違っても俺が貴様等に手心を加える事は無い」
そう言って悠は2人から離れて一本の木にもたれ掛かり全体を監視出来る位置についた。周りからは助命嘆願の声や慈悲を請う声、または悪罵などが悠へと向けられたが、そのどれもが悠の心にさざ波一つ立てる事は無かった。
「驕るな、強者よ。明日は我が身ぞ・・・」
悠の独り言は自分に言い聞かせてるかの様に、レイラ以外の誰の耳にも届かずに虚空へと散っていった・・・
「確かこの辺だ・・・おっ、ユウ、連れて来たぜ!!」
「バローか・・・ご苦労だった」
「よう、お手柄だな!!」
悠に合図するベロウの後ろから出て来たのはギルド長であるコロッサスだった。
「いいのか? ギルド長がギルドを離れても?」
「サロメにゃ散々小言を言われたがね。ギルドの最重要案件って事で押し通したよ。俺もたまには羽を伸ばしたいのさ」
肩を竦めてそう言ったコロッサスが周囲を見渡して続けた。
「随分派手な戦闘があったみたいだな。ここにいる奴らで全員か?」
「いや、死体が10ほどあったが、離れている隙に魔物に少々持って行かれた様だ。確認出来ん分の賞金を寄越せとは言わんさ」
「そう言ってくれると助かる・・・ってワケにもいかねぇだろ? ここに居るガーラン、タムランに加えて一般メンバーが18人、死体が10体って事で、金貨80枚の報酬を約束する。この後ギルドで受け取ってくれ」
「ありがたく頂戴しよう」
悠に事務的な事を伝えたコロッサスはガーランとタムランの下へと歩いて行った。
「馬鹿な真似をしたな、ガーラン。あの時捕まってればそんな怪我をせずに済んだのにな?」
「うるせえ・・・テメェが来てから俺達の稼ぎはサッパリだ・・・俺達を追いつめたのはテメェだ・・・!」
「おっと真正の屑野郎だったか。話すだけ無駄だな。すぐ兄貴の後を追わせてやるから安心しとけ。・・・おい」
「「はい!!」」
コロッサスがガーランとの会話に見切りを付けて顎をしゃくると、後ろから冒険者がガーランを両脇に抱えて連行して行った。
「何!? あ、兄貴をどうした!? クソ、放せ!! 放せぇぇぇぇえええ!!!」
声は出ても手足が麻痺したガーランはそのまま冒険者に馬車に叩き込まれた。
「うぐぁっ!? クソッ!! クソがぁぁぁああ!!! コロッサス!! ユウッ!! 貴様等を呪ってやる!! 呪ってやるぞぉぉぉぉぉおおッ!!!!!」
「ヘッ、悪いが俺を呪ってる悪党は多くてな。お前の順番が来る前に俺はジジイになってくたばってるよ・・・で、タムラン、お前はどうするんだ? 仲良く兄貴と一緒に痛い目に合って腐れ死ぬか?」
「い、嫌だ・・・嫌だッ!!! お、俺は何でも話す!! だから、命だけは・・・命だけは!!」
凄むコロッサスにタムランは心底震え上がって何度も何度も誓約した。・・・どうせ何を話しても貴族の鶴の一声で処刑されるのだが、それはタムランには言わなくてもいい事だ。
「ああ、素直に話せば俺が掛け合ってやる。だから聞かれた事には何でも素直に答えろよ?」
「あ、ありがとう、ありがとうございますギルド長!!」
「いいさ。・・・さ、連れて行きな」
「はい」
ガーランと違って暴れないので、冒険者の一人が肩を貸して小型の馬車へとタムランは連行されて行った。
後に残ったのは悠とベロウ、それにコロッサスだけで、残りの冒険者達は『黒狼』のメンバーの収容に当たっている。
「とりあえずのカタは付いたな、ユウ、バロー・・・いや、ベロウ・ノワール伯爵殿?」
「いっ!? もうバレたのかよ・・・」
コロッサスが悪戯っぽい笑いでベロウに語り掛けた。
「分かったのは今朝だがな。今御家は大変らしいぜ? 次の後継者で揉めに揉めてるって噂が入って来てる。一番候補は妹殿らしいが・・・。王が待ったを掛けてるせいで進んじゃいないがよ」
「アイツならやりそうだ・・・フン、いいさ、俺は伯爵程度の器には収まらないんだよ!」
「一度連れて行ってやる。上手く家族には話すんだな。・・・俺も一般的な貴族の人品を見定めるとしよう」
「・・・・・・・・・殺さない程度で済ませてくれ」
どう考えても悠の眼鏡に適いそうに無い自分の縁者を思い浮かべて、ベロウは力無く妥協案を提示した。・・・提示しただけだったが。
「さ、積もる話は後にして帰ろうぜ。我が家に、な」
「いいね。おうちにゃ怖い母親も待ってる事だしな?」
「・・・言うなよ、サロメはそういう冗談には偉く厳しいんだ・・・」
「・・・苦労してるな、コロッサス」
ベロウはコロッサスの肩をポンと叩いて慰めたが、つまりは仲がいいのだろう。
「出発だ!!」
「「「おう!!!」」」
そうして『黒狼』を捕縛した輸送隊は意気揚々とミーノスへと帰還した。
この日を持って、ミーノスに悪名を轟かせていた『黒狼』は消滅したのだった。