3-56 餓狼死すべし4
「ユウ? 急いで出て行ったみたいだが、いいのか?」
情報を伝えて1時間足らずで帰って来た悠達の姿をコロッサスは訝しげに見やったが、悠の口から語られる事実に驚きを露わにした。
「『黒狼』を壊滅させた。が、大量に連行する手段が無くてな。ギルドの馬車を貸してくれんか? 数は20人だ」
「なっ!? ちょ、ちょっと待て! 一体どうやって・・・」
「ギルド長、ここは人の目があります。執務室で話した方が良いと思いますが?」
サロメの冷静な判断でコロッサスも多少頭を冷やし、悠達を執務室へと誘った。
「で、どういう事なんだ?」
ベロウがその辺りの事情を簡潔に纏めてコロッサスに伝えると、コロッサスはすぐに決断を下してサロメに言った。
「サロメ、大型の輸送車を2台と小型を1台、それに護衛が乗る馬車を4台用意出来るか?」
「大型を2台で『黒狼』の下っ端を、小型に副棟梁のガーランとタムランを入れるのは分かりますが、護衛が少々多くないですか?」
「『影刃衆』やミロが絡んで来るかもしれねぇからな。後は国に対してのハッタリだ。誠意ある対応をしてますってな」
コロッサスの語った理由にサロメも納得して引き下がった。
「帰りは俺も護衛に参加するから、人数自体はそんなにいらんぞ。すぐに帰って監視せねばならんから行きは参加出来んが」
「その代わりに俺がその場所まで案内しよう。ま、行きに襲われる事も無いだろうよ。今この辺は冒険者がウロウロしてっからな。盗賊行為は自殺行為だ」
「そうだな・・・それにしてもユウ、お前一体どんな手段で移動してんだ?」
本来ならば馬を使っても、森の奥地に行くならば今頃付いている様な頃合いのはずだ。それを思えばコロッサスの疑問は当然だった。
「俺は竜騎士の時は飛行可能だ。10キロ程度なら5分とかからん」
「そ、そんな事まで出来るのか!? しかも5分だと!?」
「一度、悠に運んで貰うといいぜ。俺の感じた所じゃ、馬の5~6倍は速いと思う。しかも障害物なんぞ関係無いからよ」
「・・・飛行魔法を使える魔法使いすらこの世で十指に満たないというのに・・・魔道具でも出来る物があると聞いた事がありますが、国宝級ですよ?」
アーヴェルカインには飛行出来る魔法があるが、その速度は術者の魔力に比例するので、精々馬くらい(時速40~50キロ)だった。魔道具ではエルフの国にその様な物があると伝え聞く程度である。
「済まんがこれ以上の話は後でもいいか? ギルドとしても早く出発したいのでは無いか?」
「おっ、そうだな。報酬の受け渡しや事情聴取の時間もあるからサッサと出るか。サロメ、手配を頼む」
「了解しました。10分で支度を整えます」
そう言ってサロメはすぐにドアから出て行った。
「俺も失礼する。バロー、後を頼むぞ」
「おう、しっかり見張っていてくれよ」
一言言い残し、悠も監視する為にまた街から出て、林で竜騎士となって再び元居た場所へと引き返してった。
「お・・・ごぁ・・・」
「うっ・・・は、はにゃが・・・おへのはにゃが・・・」
悠が目的地の少し手前で竜騎士化を解いて『黒狼』が転がる場所へと戻ると、地面には未だ痙攣を繰り返す男達と、ダメージで身動きが取れないガーランとタムランが転がっていた。
「・・・」
悠は2人に声を掛ける必要性が見いだせず、散らばっている『黒狼』のメンバーを2人ずつ首根っこを掴んで一所に纏めていった。その際、懐から取り出した『毒牙のナイフ』で小さな傷を付けて逃げられない様にしておく。輸送隊は急いでも1時間以上は掛かるだろうと見越しての保険だ。
それが終わると悠は屋敷から放り出した死体の方に行ってみたが、死体がいくつか減っていた。足元にある足跡から、どうやら魔物に持って行かれた様だ。
《因果応報ね。人を食い物にしてきた連中が最期には本当に食料にされちゃったんだもの》
「因果というよりも弱肉強食かもな。世界の数少ない真理の一つだ」
《どこの世界も同じねぇ・・・》
レイラの故郷も、悠の故郷も根底にあるのはその真理だ。恐らく子供達の居た世界でもそうだろう。その強者の基準が財力か権力か暴力かの違いだけだ。
「・・・少数の強者で方向性が決まるのが世界の真理でも、大多数はそうではない弱者だ。世界に不満が満ちているのも当然だろうな」
《何も変えようとしないのは単なる甘えであり怯懦よ。私にそれを教えてくれたのはまだ小さい、何の力も持たない男の子だったと思うけど?》
「ふ・・・そうだな。力が無いのは戦わない理由にはならん。・・・その点、あの子達は立派に戦った」
傷付き、自分の体を支え難くなるまで戦った子供達を、悠は誇り高く思った。だからこそ・・・
《・・・ユウ、貴方ワザとカンナに任せたでしょう? 私の目は誤魔化せないわよ?》
「・・・」
この場合の沈黙は肯定である。
悠は子供達が最後まで自分達の手で戦ったという実感を持って貰う為に敢えて事態を子供達の手に委ねたのだった。そして、失敗するとこの様な事態になると心から理解して貰う為でもある。
「・・・簡単に勝ってしまっては慢心が生まれる。それは若い者にはしょうがない事だ。俺の手の届く範囲であるなら、失敗も致命的にはならん。・・・自信と挫折、同時に得る機会は少ないからな」
《全く・・・ユウはもう少し自分の体を大切にしなさい!》
「済まん。ついレイラに頼ってしまうのが俺の甘さだな。許せ」
そう言って悠はペンダントを指で弄んだ。撫でる様な手つきは、あるいは動物の頭を撫でる動作に近いのかもしれない。
《もう・・・それを許しちゃうのが私の甘さなのかしら・・・》
満更でもない様子のレイラの口調だった。