3-52 間隙7
「くぅぅぅぅうううっ!!!」
樹里亜は穴の開いたドアの前に立ち、全力で結界を維持していた。爆発は広い空間へと広がる性質を持つが、それでも穴の開いたドア程度で防ぎ切れる物でも無い。樹里亜が時間稼ぎにすら参加せず小雪に結界を任せたのも全てはこの為だ。何より、小雪の反射結界では破られる可能性もあったので、これは樹里亜にしか出来ない事だったのだ。
それでも爆発の威力は凄まじく、ありったけの力で張った樹里亜の結界に強く干渉して突き破り掛けたが、最大威力の地点を過ぎると急速に威力を減じ、そして消えた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・くはっ」
樹里亜は最後まで結界を維持し抜いたが、爆発の収束と同時にその場に倒れた。
「樹里亜!?」
倒れた樹里亜に神奈が素早く近寄って声を掛けると、樹里亜はほんの少し微笑んで倒れたまま拳を神奈に突き出した。
「やったわね・・・」
「ったく・・・いざとなったらあたしよりムチャするよな、お前は」
「反撃は・・・最大限かつ徹底的に、よ・・・」
「へっ、嫌いじゃ無いけどな、そういうの!」
そう言って神奈も拳を握って樹里亜の拳にコツンと合わせた。
「もう・・・結局一番危ない事は自分でやっちゃうんだから・・・」
そこに恵もやって来て、樹里亜の側にしゃがみ込んだ。
「全員生きてるんだから大目に見てよ・・・」
「今回だけよ? ほら、私に掴まって?」
「ええ・・・」
恵が樹里亜に肩を貸して立ち上がると、樹里亜は念の為に葵に確認を取った。
「葵、侵入者がどうなったか分かる?」
《申し訳ありません。今の衝撃で感知機能に損傷を負いました。誠に恐縮ですが、目視にて確認を願えますか?》
「そう・・・神奈、ちょっと見てくれる?」
「アイアイサー!」
樹里亜の願いを受けて、神奈はおどけて敬礼してすぐにドアの向こう側を覗き込んだが、そこには散乱する瓦礫の山と人間の体の一部が少し見えるだけだった。その人間らしき物も瓦礫に埋まってピクリとも動かない。
「見える限りでは全滅してるみたいだよ。でもバリケードをどかしてもここから出るのは危ないと思う。瓦礫が降って来るかも・・・」
「・・・分かったわ。さて、どうしましょうか・・・」
そんな樹里亜達を羨ましそうにみる人物が皆の中に一人居た。それは、何の役割も与えられていない蒼凪だった。
(・・・私は何も出来なかった。ただ皆が頑張っているのを眺めていただけ。まだ一人じゃ歩く事も出来ないわ・・・)
蒼凪は自分の足や腕を見て溜息を付いた。呆れるくらいに細いそれらは自分自身すら支えかねるのだ。戦うどころか逃げる事さえままならない自分はどう考えてもゼロどころかマイナスだった。
元々は自死を願って絶食していた蒼凪であるが、今ほど健康な体を羨ましく思った事は無かった。
(会いたい、悠先生に。そんな弱い私を粉々に壊して欲しい。何者にも負けない強さを教えて欲しい。・・・悠先生・・・悠先生!!)
蒼凪は自分が今まで出会った中で、最も強い存在に思えた悠の事を思って心の中で強く叫んだ。思考に声帯があるのなら、それが裂けても構わないとばかりに強く強く。
幾度悠の名を呼んだ時だっただろうか。不意に、蒼凪の中で何かと繋がった様な気配が感じられると、自分の思考に突然返答があった。
(・・・・・・蒼凪? 蒼凪か!? 無事か!?)
(え? 悠、先生・・・? え、え? 本当に?)
(ああ、俺だ。悠だ。・・・驚いたな、蒼凪が『心通話』を使えるとは思わなかった)
蒼凪の強い思いは悠との間に『心通話』として成就していた。驚きで思考が乱れる蒼凪に、悠は極めて冷静に状況を確認した。
(落ち着け、蒼凪。『心通話』は思考が乱れると意味を成さん。まずそちらの状況を教えてくれ)
(は、はいっ・・・えーと、まずですね・・・)
蒼凪はこれまでの経緯を悠に語った。それは拙い『心通話』であったが、悠は一応の状況を把握した。
(そうか・・・居てやれなくて済まなかった。・・・蒼凪、よくやった)
(・・・!)
その言葉は蒼凪の涙腺を緩め、顔を俯かせた。
(いえ・・・私、何にもしていないんです・・・ただのお荷物、足手纏い、生きている意味の無い、いらない子・・・)
(違う。それは違うぞ蒼凪)
(え?)
蒼凪の千々に乱れる自罰的な思考を悠は即座に否定した。
(よく生きていてくれた。それだけでお前の生きている意味は比類ないものだ。蒼凪に何かあったら・・・俺は悲しい)
悠は普段なら決して見せはしない感情を蒼凪に曝け出していた。悠にとって人死にとは単に隣にある現実でしかなく、自分自身そちらに足を踏み入れかけた事など指の数では足りないほどだった。
それでも決して死という現実に何も思わないのでは無いのだ。
軍の最高指揮官として、悠には悲しみに暮れる時間も、それを表に出す余裕も与えられてはいなかった。時々、ふと自分の後ろを振り返ると、その長い死者の葬列に感傷を覚える時もある。そしてその最後列には、今は亡き母と妹の姿があるのだ。
果て無き精神修行の末に悠はそれをほぼ完全に封じ込めてはいるが、決して無くなってはいない。それを無くした人間を悠は人間だとは思えない。
(人は生きているというその一事だけで意味が生まれるものなんだと思う。俺も、そして蒼凪も。だから自分が要らない人間だなどと思うな。いつか、蒼凪自身で生きている意味を掴めるまで)
(悠先生・・・ゆうせんせぃ・・・!!)
「悠先生!!!」
蒼凪はあらん限りの力を込めて涙を流しながら悠を呼んだ。その声に何事かと子供達が蒼凪の方を見たが、蒼凪は全ての意識を悠へと向けたまま、言葉と思考を同時に放った。
「私・・・が、ん、ばります!」
(ああ、頑張れ。俺も応援する・・・もうじきそちらに着く、少し騒がしくなるかもしれんが、待っていてくれ)
「はい!」
「ちょ、ちょっと、蒼凪、どうしたのよ?」
突如虚空と話し始めた蒼凪に樹里亜は面食らいながら尋ねると、蒼凪はニッコリと微笑んで全員に向かってはっきりと言った。
「悠、先生が、帰って、来るよ!」