3-50 間隙5
「ガーランさん、もう少しですぜ!!」
「おう!」
ガーランはタムランと別れて屋敷内の探索を行った。その結果、一際大きな部屋が一つ、厳重に封鎖されており、中から人の気配がするのを確認し、今はその扉を破っている最中である。
同じ様に、タムランも別の場所にあるこの部屋への扉を破壊しようとしている最中であり、そちらも間もなく破られるだろう。
「手こずらせやがって。見せしめに何人かぶっ殺してやるぜ!」
あえて大きな声でガーランが破れかけのドアに向かって怒鳴りつけた。多少脅しておいた方がこの後の展開も楽になるだろうという計算もある。そして実際に何人か殺すつもりでもあった。
「そらぁっ!!」
斧を得物にしている男が一際力を込めてドアに斧を叩き付けると、傷付いたドアの一部が遂に貫通して破片が内部へと飛び散った。
「よし、その調子で・・・!?」
その開いた穴から突如として強い風がガーラン達に吹き付けて来たかと思うと、ガーラン達の目と鼻を激しい刺激が襲い、その場で全員が蹲ってクシャミを連発し始めた。
「ぐわっ!? な、何だっ!? ・・・ふ、ふぇっ、フェックション!! フェックション!! く、クソ!! 毒かっ!?」
「わ、分かりませ・・・ヘックショ!! ヘックション!!」
同じ様に苦しむ声が遠くからも響いて来る。恐らくタムランも同じ目に遭っているのだろう。
「い、一端引け! 形勢を・・・フェックション! た、立て直すぞ!!」
ボロボロと涙をこぼし、クシャミをしながらガーランは全員を引かせた。まずこの毒物の影響を調べなければならないからだ。
そうして樹里亜達は辛くも敵の第一波を退ける事に成功したのだった。
「上手くいったわね・・・」
樹里亜が構えを解くと子供達の中から歓声が上がった。
「やったーーー!!!」
「すごい、すごいよくかぐらちゃん!」
「やったわね、かぐら!!」
「えへ~、やりました~」
その中心に居るのは神楽だ。
樹里亜が考えたのは子供達の能力を生かしての時間稼ぎだった。まずは第一陣として神楽の風で胡椒の粉末を破られたドアの隙間から飛ばして侵入者に舞い散らせたのだ。
警戒していなかった男達にその効果は絶大で、未知の毒物を警戒した男達を退かせる事が出来た。
「これで多少時間が稼げるわね。・・・でもまだ喜ぶのは早いわ。次は多少警戒してくるはずよ。次もまずは胡椒を巻いて反応をみて、効果が無かったら・・・小雪ちゃん」
「は、はい!」
そうして戦いは第二段階へと移行していった。
「じゃあこれは香辛料の類なのか?」
「へい、恐らくですが・・・痛み以外に体に害は無いので・・・」
ガーランは一度全員で集まって意見の交換をしていた。その結論としてはただの刺激性の香辛料であるというものだ。
「チッ、子供だましをっ! おい、全員顔を布で覆え! それで大体防ぐ事が出来るはずだ!」
ガーランの言葉で男達が頭に巻いていた布や持っていた布で顔の大部分を覆い始めた。目を完全に保護する事は出来ないが、気を付けていれば耐えきれない事も無いだろう。
「毒じゃねぇって分かればこっちのモンだ。さっさと続きに取り掛かるぜ!!」
「「「おう!!」」」
そして再びガーランはタムランに別働隊を任せてドアを破る為に走り出した。
「来たよ!!」
ドアに開いた穴と、葵の位置検索を活用して警戒していた子供達が再びドアの前に集まって胡椒を用意した。まずはもう一度効くのか調べるのだ。
「3、2、1、それっ!」
男達が胡椒が届く範囲内に収まった事を確認して神楽が胡椒を風に舞い散らせた。だが、今度は顔を布で覆っていた為に最初ほどの効果は得られなかった。
しかし、それを見ても誰の顔にも焦りは浮かばない。それどころか、樹里亜の顔には笑みさえあった。
「予想通りね・・・じゃ、小雪ちゃん、お願いね?」
「はいっ!」
男達が殺到するドアの前に小雪が陣取ると、樹里亜は葵に声を掛けた。
「葵、合図をお願い! 胡椒は切らさないでね!」
樹里亜はもう一方のドアの前に立ってドアの向こう側に結界を張りつつ答えた。それは防御の為でもあったが、真の目的は・・・防音だ。
《はい・・・・・・・・・! 今です!》
「やあっ!!」
小雪が葵の出した合図に合わせて反射魔術を発動した。
「ギャアア!!」
「グエッ!?」
「がっ!?」
その結界に斬り付けてしまった男達を、同じ斬撃が突如として襲い掛かった。それは覆面をしている事、胡椒が舞っている事を合わせて男達の視界を悪くしており、結果、その斬撃もモロに食らって命を絶ち切ったのだった。樹里亜は反射魔術を反撃の切り札の1枚として最大限に活用し、捨て札になってしまった胡椒すら利用して罠に掛けたのだ。
ガーランは後方で攻撃に加わっていなかったので無事だったが、今の一瞬で3人もの命を奪われて動揺した。
「なっ! ま、魔術だと!? クソッ、もう一度退け!! タムラン、お前もだ!!」
思わぬ反撃に、ガーランはもう一度形勢を立て直す為に退く事を決意し、タムランにも聞こえる様に大声で怒鳴った。しかしタムランにはその声が届いてはいなかった。
退き始めたガーラン達を確認した小雪達は、今度は樹里亜の隣で結界の発動の準備をする。
「葵の合図で私の結界と切り替えて!」
「わ、分かりました!」
《少し耐えて下さい・・・。・・・・・・・・・! 今です!!》
樹里亜が結界に振り下ろされる男達の多重攻撃を支え、一度に斬り付ける人数が最も多くなった時に樹里亜は結界を解除し、逆に小雪は結界を張った。その結果、タムラン達は4人も手駒を失う事になった。
「ち、チクショウ!! どうなってやがるんだよ!?」
その結果に肝を冷やしたタムランは一人だけ残った子分と共にガーランの下へと退いて行ったのだった。
「・・・・・・ふぅぅ・・・」
「やったわね!!」
その結果に小雪は大きく溜息を付いてへたり込み、樹里亜は快哉の声を上げた。
視界を奪っていなかったのに男達が小雪の結界に無造作に斬り付けたのは、最初の樹里亜の結界が硬質系結界だったからである。硬質系の結界は硬いが攻撃を受けると術者は消耗する。なので、タムラン達はひたすら攻撃を加えていたのだが、一瞬結界が切れたのを攻撃の効果が表れたのだと勘違いしてしまったのだ。その為、次の結界が反射魔術である事に気付けず、結果として大打撃を受けてしまった。
「凄いな2人共!! これで連中も諦めたんじゃないか!?」
神奈が2人の働きを労って嬉しそうに言ったが、樹里亜は浮かれた気分を引き締め直して首を振った。
「いいえ、まだよ。私達全員が無事にこの場を切り抜けてこそ、本当の勝利なんだから。油断せずに行きましょう。ね、恵?」
「ええ!」
そして状況は最終局面へと移行して行くのだった。
策士樹里亜。能力は平凡ですが、経験と機転で補います。主人公タイプですね。