3-49 間隙4
「・・・ふう、こんな所かしら?」
広間のドア2か所は家具で塞ぎ切ったバリケードが設置されている。開いているのは緊急時に更に逃れる為の厨房への入り口だけだ。
「ハァ、ハァ・・・」
ここで特に活躍したのは智樹だった。『筋力上昇』の能力を存分に活用し、大きなテーブルまで横倒しにして設置したのだ。流石に一人ででは無く、もう片方を子供達総出で持ち上げたが。
ただし、そのせいで体力を消耗し、いよいよ智樹は戦力には数えられそうも無かった。
「窓は塞がなくてもいいのかしら・・・?」
その恵の呟きに葵が律儀に答えた。
《窓などは外からの侵入に備えて結界で固定されています。しかし、内部のドアと正面のドアはロックは出来ますが移動に差し支える為に結界を施す事が出来ません》
「そう・・・不幸中の幸いね」
そんな中、智樹が子供達を代表して樹里亜と神奈に声を掛けた。
「樹里亜さん、神奈さん、さっきの話ですけど・・・2人は何をするつもりなんですか?」
智樹の頭の回転は速い。2人だけ役割を明確にしていなかった事に気付いていたのだ。そしてその疑問は小雪も同じだった。
「そうです。わたしがみんなの守りに入るっていうことは・・・」
2人の疑問に樹里亜は声を低くして答えた。
「・・・誰かが足止めしないといけないわ。年少の子供達にはそんな事はさせられないし、智樹には蒼凪を連れて行って貰わないといけない。そうすると私と神奈がここに残って足止めをするのが一番よ」
「だな。・・・大丈夫だよ智樹! そんな奴ら、あたしと樹里亜が居れば簡単にカタがつくさ!!」
「そんな訳無いでしょう!!」
樹里亜の言葉を受けてあえて明るく補足した神奈に智樹は苛立ちの混じった声で怒鳴った。
「今僕も能力を使ってみて分かりました。僕達の体はまだ全然治り切ってなんていません! すぐ息が上がるし、能力の稼働時間も短い。いくら神奈さんが強くても12人は無理です! 僕も残りますよ!!」
「・・・私も・・・置いて行って・・・」
智樹に続いて蒼凪も2人に反論した。
「一番・・・足手纏いなのは・・・私。私でも・・・盾くらいには・・・なる」
それに続いて年少組の子供達も声を上げた。
「おれだってたたかえるよ! な、始?」
「ぼ、ぼく・・・こわい・・・」
「なにいってるの!? ピンチのときはたすけあわないとだめでしょ!」
「こわいけど~、みんなとはなれるの、や~」
「ダメだよ!!!」
その大音声に子供達を止めようとした樹里亜すら口を開きかけたまま凍り付いた。その声の方を見ると、そこにいるのは小鳥遊姉妹の姉である恵だった。
「悠さんは戦う時は樹里亜の言う事を聞くようにって言ってたでしょ? それを破っちゃダメだよ、皆」
「そ、それは・・・」
「でも・・・」
それでも納得が出来ない面々が不平を漏らしたが、恵は更に言葉を重ねた。
「うん、分かってる。樹里亜、あなたもそんな言い方をしないで? 皆が心配するのも無理は無いわ」
「う・・・」
恵の嗜める言葉に樹里亜が呻いた。
「樹里亜、私は素人だけど、私もいつ死んでもおかしくない世界から来たから事の重大さは分かるわ。でも、誰か一人でも欠けたら悠さん、とても・・・とても悲しむと思うの。だから全員が助かる方法を考えて?」
恵が言っているのはただの理想論でしかないが、その言葉を吐く恵の視線の強さが樹里亜から反論の言葉を奪った。
「もしもの時は私達年長の人間が壁になるのには異論は無いの。だけどそれは全員で死力を尽くしてからにしましょう。お願い樹里亜」
樹里亜は恵の気持ちを受け止めて黙り込んだ。その周囲では、全員が固唾を飲んで樹里亜の言葉を待っていたが、そこで今まで言葉を発していなかった明が明るく樹里亜に言った。
「だいじょうぶだよ、じゅりあおねえちゃん。ゆうおにいちゃんがかならずたすけにきてくれるんだもん!」
明の後押しを受けて樹里亜も遂に決断した。
「・・・分かったわ、恵。ごめんなさい・・・私、少し頭に血が上ってたみたい」
「樹里亜・・・!」
樹里亜のその言葉に皆の顔に喜色が浮かんだ。皆、誰一人欠ける事を望んではいなかったのだ。
冷静さを取り戻した樹里亜は素早くこの状況で出来る最善の策を再び練り始め、手始めとして小雪に声を掛けた。
「侵入可能箇所は2か所よ。もしバリケードが破られそうになったら、一か所は私が。もう一か所は小雪ちゃん、あなたが塞いで?」
「わ、わたしがですか?」
「ええ・・・怖いのは分かるわ。でも私は知ってる。小雪ちゃんは本当は凄く勇気がある子なんだって。だって、私の事を最後まで守ってくれたのも小雪ちゃんだって、私は知ってるから・・・」
「樹里亜さん・・・」
小雪はまた先程の恐ろしさがぶり返しそうになったが、樹里亜の自分を励ます言葉を力に変えて体の震えを抑え込んだ。そうだ、私には出来るはずなんだと小雪は自分に言い聞かせて言葉を返した。
「や、やります!! わたしに任せて下さい!」
「ありがとう・・・任せたわよ?」
そして樹里亜は全員を見まわして宣言した。
「私達がやる事は悠先生が帰って来るギリギリまで時間を稼ぐ事。そしてどうしても反撃せざるを得ない状況になった時だけ反撃に出るわ! その為の作戦を今から皆に伝えるから、皆心して聞いて!!」
「「「はい!!!」」」
樹里亜の宣言に全員が拳を掲げて唱和したのだった。
「・・・という感じで行くわ。皆、何かまだ質問はある?」
樹里亜がそう皆に問い掛けたが、誰からも声は上がらなかった。
「・・・よし、それじゃあ皆準備して! 葵、あなたは現状の報告をよろしく!」
《はい、分かりました。・・・今正面玄関が破られました。しばらくしたらここまでやって来るでしょう》
「いよいよね・・・」
「ああ。でもあたし達は負けないぜ! なぁ恵?」
「ええ。・・・私も明も信じてるから。私達の、頼りになる先生を。ね、明?」
「ねー!!」
こうして悠が居ない間に始まった襲撃は籠城戦へと移行していった。