3-47 間隙2
とりあえずビリーとミリーと共に悠達は依頼の掲示板の前にやって来た。
「どうだ? 何かいい依頼ってのはあるか?」
ベロウがそう尋ねたが、聞かれた2人は渋い顔だった。
「今はあまり良くないですね。例の『黒狼』の一件のせいで、ギルドが依頼を絞っているみたいです。めぼしい依頼はすぐに持っていかれてます」
「チッ、どこまでも邪魔なヤツらだな・・・」
ベロウが愚痴を吐いたがギルドとしても今は『黒狼』の一件をどうにかするのが最優先なので仕方がない。なるべく多くの冒険者に参加して貰って解決しなければ面目が立たないのだ。
「職員に直接相談してみたらどうですかね?」
「ああ、そうしようか」
ビリーの提案に乗った悠はカウンターを目指して歩き出した。そこにはいつもの様にエリーが座っていて、悠が来ると頭を下げて挨拶をして来た。
「おはようございます、ユウさん。今日はどの様な御用――」
「ユウッ!! 来たかッ!?」
そのエリーの口上を遮って奥からコロッサスが飛び出して来た。その目には深刻な懸念が浮かんでいる。
「どうした、ギルド長?」
「・・・ここじゃあマズイ。俺の部屋に来てくれ」
コロッサスは聞き耳を立てる周囲を見て、悠を自身の執務室へと誘った。
「・・・分かった。バロー、行くぞ」
「はいよ・・・いい話にゃなりそうに無い雰囲気だな・・・」
「あ、アニキ・・・」
事情は分からないがギルド長からの呼び出しという事態とコロッサスの雰囲気で、ビリーは不安を感じてベロウと悠を見た。ミリーも心配そうに2人に視線を送っている。
「心配すんなって。別にギルド長に斬られるワケじゃねぇよ。そうだろ?」
「まぁな・・・エリー、ユウとバローは借りるぜ」
「あ・・・は、はい」
心配そうに見守る3人に見送られながら、悠とベロウはコロッサスと共に執務室へと入って行った。
「早速で済まんが、ユウ、確かお前の拠点は北の森林地帯で間違いなかったよな?」
コロッサスは部屋に入るなり早口で悠に捲し立てた。悠はその言葉に冷静に返答した。
「ああ、ここから10キロ前後といった所か。森の分を合わせればもう少し遠いかもしれんが」
「・・・そうか・・・マズイな・・・」
その悠の言葉にコロッサスは渋い顔をして呟いた。
「一体何があったんだ?」
痺れを切らせたベロウがコロッサスに尋ねると、コロッサスは重い口を開いた。
「・・・今朝から冒険者の報告が相次いでいる。主に森を探索していたグループが『黒狼』らしき人物を見たらしい。野営の後からそこそこ大きな集団なのは間違いない。そして・・・そいつらは恐らく北を目指してると思われるそうだ。この情報は今の所俺の所で止めてある。他の奴らに見つかるとマズイんだろ?」
「あ、ああ・・・おい、ユウ!」
「・・・ベロウ、帰るぞ。大至急だ」
悠は素早く状況を把握して身を翻しかけたが、その背に慌ててコロッサスが声を掛けた。
「お、おいユウ!! ギルドで早馬を用意してやろうか?」
せっかくのコロッサスの好意だったが、悠は首を振って謝辞した。残念ながら馬では遅過ぎるのだ。
「済まんが遠慮する。俺が本気で飛べば数分で帰れる。・・・一度帰っておくべきだった」
悠には珍しい後悔の念を滲ませると、またすぐに身を翻して悠は執務室を後にした。ベロウも慌ててそれを追い掛ける。
「ワリィ、コロッサス!! 恩に着るぜ!!」
「お前らの事だから大丈夫だとは思うが、気を付けろよ!!」
走るベロウの背にコロッサスの激励の言葉が弾けた。
「あ、アニキ! 随分早い――」
その言葉に悠は返答をせずにギルドの入り口を潜って外へと駆け出した。目を丸くするビリー達の横を、今度はベロウが駆け抜ける。
「スマン! ちと急ぐんだ、またな!!」
片手を上げて別れの挨拶に代えたベロウはそのまま外へと駆け出して行った。
「ど、どうしたんだ、アニキ達は・・・」
「分からないわ。でも・・・ユウ兄さんがあんなに焦っているのは見た事が無いけど・・・」
「ユウさん・・・」
残された3人――ビリー、ミリー、エリー――はそれを茫然と見送る事しか出来なかった。
「ゆ、ユウ!! チクショウ! 何て足の速い野郎だ!?」
ベロウとて鍛えている剣士であり、足には相当自信があるのだが、悠の速度はその比では無かった。街の入り口に向けて凄まじい勢いで駆け抜けていく。街を行きかう人々はその速度と身のこなしに唖然としながらも黙ってそれを見送った。というか声を掛ける暇などまるで無かったのだ。
その唖然として立ち止まる人々の間を掛けるベロウの事は人々の記憶には残らなかった。
「街を出る。手続きを」
悠はそのまま入り口の門まで駆け続けた。そして砂煙を巻き上げながら急停止すると、門番に開口一番、用件を簡潔に伝えた。
「な、なんだお前、まずは身体検査と所持品検査を・・・」
「時間が無い、後で帰って来てからにしてくれ」
「そ、そんな訳に行くか!! これ以上ごねる様なら牢で取り調べる事になるぞ!!」
悠と門番の雰囲気が険悪になりかけた時、ようやくベロウが悠に追い付いた。
「はっ、はっ、はっ、・・・ゆ、ユウ、交渉、は、俺に、任せろって、言ったろ? ・・・フーッ、門番さんよ、これで通してくれねぇか?」
そう言ってベロウが取り出したのは、公爵の後ろ盾を示す身分証だった。
「こ、これは・・・フェルゼニアス公爵の!? あ、アンタら一体・・・?」
「いいから通しなよ。・・・貴族と事を構える気かい?」
「わ、分かった! 通すから勘弁してくれ!!」
そのベロウの言葉に門番はあっさりと道を譲った。多少の職業意識は貴族の権力の前には無力だったのだ。
通過を許された悠とベロウは再び一陣の風となってミーノスの街を後にしたのだった。
「ベロウ、済まん、助かった」
「いいって、事よ、それが、俺の、役目だ、からなっ」
悠は走りながらベロウに礼を言った。ベロウが多少強引にでも話を纏めていなければ、後々面倒な事になってしまったかもしれないのだ。ベロウもそれを分かって息を切らせながらも悠に返事をした。
「あの林の中で竜騎士になる。あそこなら人目に付かんだろう」
「おうよ!!」
そして2人はミーノス近郊の林に到達すると、悠はすぐさまレイラのペンダントを掲げて叫んだ。
「変、身っ!!」
《了解よ!!》
既にスタンバイしていたレイラがそれに反応し、悠を赤い靄が包み込む。そしてそれが吹き飛んだ後には竜騎士となった悠がその場に出現していた。
「バロー、飛ばすぞ!!」
「お、おう!!」
悠はベロウに声を掛けるとすぐにその体を抱えて翼を出し、そのまま林の中から屋敷に向かって一目散に飛び出して行った。