3-44 鋼神と呼ばれた男5
えー・・・非常に激しい暴力描写があります。暴力、拷問、骨折に耐性の無い方はここでストップして下さい。微グロです。
「おらぁ!!」
男の一人が悠に向かってナイフを怒号と共に突き出して来たが、悠は半身になってそれをかわし、片足だけその場に残して男の足を引っ掛けた。
「うわっ!?」
自分の勢いで男は宙を舞い、そのまま地面に叩き付けられて動かなくなった。
「野郎!!」
「死ねぇ!!」
今度は2人がかりで左右から男達が斬り掛かって来たが、悠は素早く右側の男の脇を潜ると、男の後部から震脚を踏んで背中で体当たりし、もう一人の男に向かって弾き飛ばした。いわゆる、中国拳法の八極拳にある鉄山靠の様な技である。
「ぐあっ!?」
「げっ!?」
もう一人の男は振りかぶった短剣を止められず、弾かれた男を切り付けてしまい、自らも顔面に頭突きを食らう様な形で失神した。
その攻防を見て一瞬男達が怯んだ隙に悠は更に踏み込んで棒立ちになっていた男に腰を落として肘を見舞い、体がくの字に折れた男を踏み台にして更に奥へと進撃していく。
「ば、バカ野郎共が!! 簡単に抜かれんじゃねえ!!」
悠の身のこなしを見て狼狽したバラックが激を飛ばすが、そもそも悠の動きを捉えられる者はおらず、その変幻自在の動きに翻弄されるばかりである。地に降り立った悠の動きが止まったのを見て好機を感じた幾人かが悠に殺到したが、それは悠の誘いであった。
「がっ!?」
「ぎゃっ!!」
「おげっ!!」
3人の男を引き付けた悠はそのまま地面に手を付き半回転して男達の足を刈り取ると、直撃を受けた男達の足からは鈍い音が響いた。
「おい、余所見をしている暇などないぞ」
倒れ伏す男達に気を取られている内に、既に悠はその場を動けずにいた者達の密集地帯に踏み込んでいた。
「あ・・・」
間抜けな声を上げた男の鳩尾に槍の様な悠の前蹴りが突き刺さり、最後には男を吹き飛ばして直線上の男達を纏めてなぎ倒した。
この一連の行動に掛かった時間は未だ1分にも満たないが、男達の半数は既に地に倒れ伏している。残り半数は既にバラック以外は戦意喪失して震える体を止められずに立ち竦むだけだった。
「能無しがっ!!!」
バラックが立ち竦んでいる男の一人を背後から悠に向かって蹴り出したが、よろめいて悠の前に来た男は悠の掬い上げる様なアッパーで高々と宙を舞い、やがて糸の切れた人形の様に地面に崩れ落ちた。
「子分にばかり苦労をさせていないで貴様がかかって来い。それとももう逃げる算段でもしているのか?」
その言葉で周囲の子分達はバラックに目を向けた。その目には何かを見定めようとする不信の色があった。
「て、テメェら、何を口車に乗ってやがる!! さっさとこのクソ野郎を・・・」
「それならアンタがやってくれよ、バラックさん。そのご大層なナイフは飾りなのかい?」
もう一度子分達をけしかけようとしたバラックに子分の一人から冷たい宣言が飛び出した。
「何だと!! おいメロウズ、お前俺に逆らってこの辺りで生きて行けると思ってんのか!!」
「おいおいバラックさんよ、状況を見て物を言ってくんねぇかなぁ? 俺達が居たからこそ、アンタはそんな後ろで好き勝手言えるんだぜ? なぁ、皆も見たいよな? バラックファミリーのお頭の実力をさぁ?」
メロウズと呼ばれたその男は肩を竦めながら周囲に向かって言うと、立ち竦んでいた男達も無言でバラックを見つめた。その目には先程よりも強い不信の色がある。どうやらメロウズは機を見るに敏な男の様で、バラックを見限ったのだ。
「大体、金は返って来たのにカリスに固執してるアンタのせいでこんな事になったんだ。アンタ、いつも言ってるじゃないか? 後始末はちゃんと付けろってね。さ、早くご自慢の手際を見せてくれないか?」
「め、メロォォォォォズッ!!」
ニヤニヤと笑って挑発するメロウズに怒号を返したバラックだったが、周囲の誰もメロウズを止めようとはしなかった。皆、既にバラックを見限ったのだ。
「・・・で、俺は何時までこの茶番を見物していればいいんだ?」
悠が仲間割れを始めたバラック達に冷たく言い放つと、バラックが返答する前にメロウズが答えた。
「俺達は手を引くよ。後はお頭が相手をするってさ。・・・いや、「元」お頭かな? じゃあな、バラックさんよ」
そう言ってメロウズは悠に倒された者達を運ぶ様に周囲の男達に命令すると、男達も素直にそれに従った。彼らの中ではお頭とは既にメロウズを指すものになっていたのだ。
「ま、待て!! そ、そんな勝手が許されると思っているのか!?」
「別に関係の無いアンタに許して貰う必要はサラサラ無いよ。アンタが今心配するのは棺桶の種類くらいなもんさ。それよりユウさんって言ったかい? 俺達はもうアンタと争うつもりは無い。カリスからもスッパリ手を引くよ。・・・その証拠に、その男はアンタが好きにしてくれ。それで手を打ってくれないかい?」
喚くバラックを軽くいなしてメロウズは気さくな笑みを悠に向けて提案した。
「ふむ・・・まぁ、これ以降カリス達に迷惑を掛けないならば俺はそれで構わん。・・・だが、約束を違えた時にどうなるかを、ここで見て行け。軒先にゴミを放置されては迷惑だからな」
悠は一応の保険としてメロウズを脅し、バラックに向き直った。
「・・・怖いねぇ・・・俺は最初からヤバイって思ってたんだよ。最近ぬるま湯に浸かってたバラックには分からなかったみたいだけど、俺には分かるぜ? ああ、これは敵対しちゃならない類の相手だなって。・・・それじゃ、終わるまで見学させて貰おうかな?」
メロウズは壁に体をもたれ掛けさせて腕を組んだ。その雰囲気はすっかり見物人という風情だ。
「ど、どいつもこいつも俺をコケにしやがって!! ユゥゥゥウッ! キサマが、キサマさえ居なければっ!!!」
「思い通りにならなかったらすぐに泣き言とは笑わせる。笑いの才能の方があるんじゃないか?」
「ガァァァァァァアアアアア!!!!!」
理性の最後の一線をあっさり突破したバラックはがむしゃらに悠へと駆け出した。
バラックの持つナイフは『毒牙のナイフ』と呼ばれる強力な毒を帯びた魔道具でもあった。カスリ傷でも付ければ大人の男でも数秒で麻痺させる事が出来る逸品である。これでバラックは敵対者を、そして時にはストレス解消に一般市民を文字通り毒牙に掛けて来たのだ。
ゴロツキの頭をするだけあって、バラックの身体能力はそれなりに高かった。だが、悠の目にはその狙いから歩幅、呼吸の回数まで全て手に取る様に分かる程度の能力だ。
悠は懐に手を入れると、バラックが最後に一歩踏み出す地点に投げナイフを投擲して突き刺した。するとバラックは自分の足のすぐ先に刺さったナイフに足を取られてつんのめってしまった。
「なぁ!?」
「まずは、一発」
その宣言と共にバラックの顎に強烈なフックが叩き付けられた。バラックの手から自慢のナイフが転がり、その一撃でバラックの顎は粉々に粉砕され意識も半ば刈り取られたが、バラックの耳に悠の非情な宣告が下った。
「もう二度とカリス達に手を出さないと言えば許してやろう。それまで俺はお前を一か所ずつ壊し続ける。では2発目だ」
膝をガクガクと震わせながら立つバラックの右足関節が悠に前から蹴り抜かれて粉砕する。その激痛に意識が再び鮮明になり、バラックの口から絶叫が上がった。
「はがぁああああッ!!!」
顎が砕けていて間の抜けた絶叫に周囲の男達が脂汗を流した。間違ってもこんな目には遭いたくないと、心の底から思えたが、まだこれは序章に過ぎなかった。
右膝を砕かれて転げ回るバラックに対する拷問はまだ終わっていないのだ。
「ほう・・・まだ言わんか。思ったよりも根性がある。・・・では3発目」
悠が転げ回るバラックの左足首を勢いよく踏み付けると、ベキャッと木の枝をへし折った様な音がしてバラックの足首が粉砕された。
「はひゃぁぁああああああ!!!!」
壊れた玩具の様にその場に縫い止められて暴れるバラックだったが、渾身の力で暴れても悠の足は微動だにせず、逆に更に自分の足を破壊してしまい痛みは増すばかりだ。
ようやくもうどうしようもないと悟ったバラックは悠に許しを請う為に悲鳴から意味のある言葉を紡ぎ出そうとした。
「ほ、ほうにほほはひふひ・・・」
「訳の分からん事を言うな、4発目」
バラックの言葉を意に介さずに悠は一歩足を進めてバラックの背中の中心から少し外れた地点に右足を下ろすと、そのまま肋骨を圧迫して踏み折った。
「はへぇぇぇぇぇええええええ!!!!!」
背中に走る激痛にバラックは両目から涙を流しながらビクビクとのたうったが、やはり悠の足を跳ね除ける事は出来なかった。
「ははは! ほうひほほはひふひは・・・!!」
「まるで堪えないとは恐れ入る。では5発目」
悠はバラックの上で飛び上がり、少しズレて着地した。そしてそこにはバラックの右手があった。
「ひゅひぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!」
・・・悠がバラックの顎を最初に破壊したのは当然ワザとだ。そしてその目的は痛めつける事では無かった。目的は周囲でそれを見ている男達だ。悠の所業を見て男達は半分は顔面を蒼白にしており、もう半分は壊れていくバラックを見てその場で吐いている。
男達の心には悠への深い恐怖が刻まれるだろう。そしてそれは男達の属する裏社会へと広まる。ここで手を抜くとむしろ禍根を残すので、悠としても手加減する気は無かった。『豊穣』で死なないのは分かっているのだ。ならば徹底的に恐怖を植え付けるのみである。
悠に許す気が無い事は既にバラックも悟っていた。全身に走る激痛に漏らしながら、バラックが無事な左腕だけで少しでも悠から離れようと必死でもがいたが、踏み潰された右腕が邪魔で逃げる事も叶わない。
「バラック、いい事を教えてやろう。・・・人間の骨とは200本以上あるらしいぞ?」
その不吉な宣告にバラックの肌が総毛立った。つまり悠はこう言っているのだ。折る骨はまだ200本ある、と。
「では時間も無いので次々行くぞ? 6発目、7発目、8発目」
悠が右足を捻るとその場にあった右手から再び骨の砕ける音が響いた。
「む、キリが悪いな、9発目、10発目」
冷たい表情のまま、悠は更に足を捻るとまた二度ほど骨が砕ける音が続いた。
「!!!!!!」
もはやバラックは悲鳴を上げなかった。いや、苦痛が言語中枢を侵してしまった。その口から漏れるのは、浅い呼吸と白い泡だけだった。
「これで30・・・ん? 寝てしまったか? では気付けに大きい骨に行くか」
「・・・兄さん、もう十分だ。・・・バラックはもうどの骨を折っても何も言いやしないよ」
悠のカウントが30を超えた時点で壁に寄りかかっていたメロウズから待ったが掛かった。最初に顔に浮かんでいた笑みはとっくに引っ込んでいて、額には脂汗が浮いている。
悠はメロウズを見ると何でもないように言った。
「いや、この程度で終わりだと思われても困るのでな。まだ10分の1しか済んでおらん」
悠の言葉にメロウズが絶句し、周囲の男達の中には悠に向かって手を合わせながら失禁している者すら居た。
「・・・頼む、これ以上されるとコイツらが使い物にならなくなっちまう。勘弁してくれ、この通りだ」
メロウズは悠に向かって深々と頭を下げた。これだけ人に誠意を尽くして頭を下げたのは初めてかもしれないとメロウズは思った。
「・・・ではこの辺りにしておこう。それと、あまり非道な事はするなよ。目に余る様ならコイツと同じ目に・・・いや、更にこの先の苦痛を味あわせてやる」
目の前の所業より非道な事があるのかとメロウズは思ったが、何とか持ち前のポーカーフェイスで隠し通した。いや、隠し通したつもりだったが見透かされていたのかもしれない。
「分かった。俺達はヤバイ部分からは足を洗う。だから勘弁してくれ・・・」
「その言葉を信じよう。お前の為にもな、メロウズ」
メロウズがその言葉を聞いて顎をしゃくると、金縛り状態であった子分達がのろのろと怪我人を担ぎ始めた。
「じゃあな・・・アンタにはもう二度と会いたくないもんだ」
「奇遇だな、俺もだ」
そう言って悠はもう一瞥もせずにカロンの家へ向かおうとしたが、ふと何かに気付いて動かないバラックの横にしゃがみ込んで落ちている物を拾い上げた。それはバラックが使っていた毒牙のナイフだ。
それを懐にしまうと、今度こそ悠はカロンの家に入って行った。




