3-43 鋼神と呼ばれた男4
外に出た悠が見たものは、男に羽交い絞めにされるカリスとそれを取り巻く男達の姿だった。男達の顔にはいやらしい笑みがあり、カリスは目の前に立つ一人の男に吠え掛かっている。
「離せ! 離せよお前らぁ!!」
「おぃおぃカリス、オレはお前の為に言ってやってるんだぜぇ? 借りました返せませんじゃ世の中通らねぇだろう? 俺に身を任せればいい暮らしをさせてやるよ。オヤジにだっていい医者をつけてやる。何を駄々捏ねてるんだ?」
「今まで借りた分はとっくに返したじゃないか! 今回の支払いで終わるはずなのに、なんで急に倍になってるんだよ! そんなの認められるか!!」
「カァァァリスゥゥ、利息って物を知らないのか? 今までは俺とお前の仲だから低くしてやっただけだぜ? だが金を稼げるんなら元に戻すのは当然だろう? 金貨3枚分、払えないなら連れて行くぜ?」
カリスが男に借りたのは金貨3枚だ。カリスは今までにどうにか金貨2枚分とその利息は返したのだが、悠達への茶やお菓子を買いに行った帰り、借金取りの男達に遭遇し、これ幸いにと最後の金貨一枚分を清算したのだが、その段になって急にリーダーのバラックが利息分として金貨3枚分を更に要求して来たのだ。
無茶もいい所だが、バラックはそもそも金よりもカリスの体を欲していて、このような無理難題を押し付けているのだ。それを察しているカリスはもう二度とバラックから金を借りたりはしないだろう。それゆえにバラックは無理を承知で強引な手段に出たのだ。
そのカリスを羽交い絞めにする男の手に二筋、そしてバラックに向かって一筋の金線が奔った。
「いてぇ!!」
「ぐっ!?」
金線はカリスを羽交い絞めにしていた男の手の甲と肘にめり込んで男に激痛を与え、バラックのこめかみに弾けてよろけさせた。男の拘束力が弱まった隙にカリスは素早く手を振り解いて悠達の下へと駆け寄った。
「あ、ありがとう兄さん、助かったよ!!」
「気にするな、ゴミの様な奴らはどこにでも居るものだ」
「クッ・・・なんだテメェは!! 人の話に割り込んで来るんじゃねぇよ!!」
こめかみから一筋の血を流しながらバラックは悠に凄んだが、悠がバラックを見る目は人を見る目では無かった。
「最近のゴミは器用に人間の言葉まで使うか。だが臭過ぎるな。その腐臭しかしない隙間を閉じてさっさと帰れ。今日はゴミの日では無いぞ」
悠の挑発は男達の怒りのボルテージを一気に危険な水準まで引き上げた。そして皆一様に懐に手を入れると、短剣やナイフを取り出して悠に向けた。
「・・・口の達者なアンちゃんだな。バラックファミリーに敵対してこの下町で生きて行けると思ってんのか?」
バラック自身も険のあるデザインのナイフを取り出して悠を睨み付けた。
「それにこれは商売だ。テメェが口を出す事じゃねえ!! そこのカリスに金貨3枚払わせるまでは・・・」
「だから金貨3枚渡しただろうが。頭だけでは無く目まで腐っているのか?」
その言葉にバラックの顔は更に紅潮したが、足元に目を這わせると地面に金貨が3枚転がっていた。悠が先程投げたのは金貨だったのだ。
「これはカリスに支払った武器の代金だ。それを持って失せろ。二度とこの親子に関わるな」
「え・・・そ、それは・・・」
「まぁまぁ、ここはユウに任せておけよ・・・どうせもう穏便には済まねぇ方に金貨1枚賭けてもいいがな・・・」
驚くカリスをベロウがそう言って抑えたが、その口調には諦めの色が強かった。どうやら悠がこの場でバラック一味を排除するつもりだと気付いたからだ。悠は率直な口を聞くが、明らかに相手を貶す発言をする場合は何らかの意図があるという事はベロウにも分かって来ていた。そしてこの場合狙っているのは・・・相手の激発に違いない。
「・・・いや、足りねぇな。俺とハッサクの治療代がねぇじゃねぇか。付け加えて金貨10枚払ったら命だけは助けてやってもいいんだぜ?」
羽交い絞めにしていた男の名前はハッサクというらしい。バラックの言葉で男達がじりっと包囲を狭めた。いつの間にかその人数は20人くらいに膨れ上がっている。来る途中にこちらを監視している者の中にも混じっていたのかもしれない。
「銅貨一枚の価値も無いお前らの怪我にそんな金がいる訳が無かろう。屑は屑同士、腐った傷跡でも舐め合っているのがお似合いだ。これ以上怪我と恥を重ねたくないならそうするべきだな」
その一言で男達のなけなしの自制心はあっさりと決壊した。バラックも殺気に血走った目で悠をナイフで指して叫んだ。
「殺せぇぇぇぇええッ!!!」
「「「おう!!!」」」
その号令と共に男達は得物を構えて悠へとなだれ込んでいった。
「バロー、カリスとカロンを家の中へ。俺はこの屑共を叩きのめしてから行く」
「・・・大丈夫かなんて聞かねぇがよ、家の前に死体を積む様な事はすんなよな、ユウ」
「安心しろ。俺は手加減は得意だからな」
それは嘘だろうとベロウは思ったが、まぁ死体は生き残った奴に処理させればいいかと思い直して背後のカリスとカロンを家に入る様に促した。
「さ、ここは一般人立ち入り禁止だ。家の中で待とうぜ」
「に、兄さん、助太刀しなくてもいいのかい!?」
「腕に自信がある様だが、流石にあれだけの人数が相手では・・・」
カリスとカロンは悠を心配してそう言ったのだが、少し考えたベロウのセリフはこうだった。
「ああ・・・流石のユウでも・・・3分くらいかかるかもな。丁度いい、カリス、茶の用意をしてくれよ。その頃にゃ終わってるさ」
全く心配していないベロウにカリスとカロンは茫然とした視線を向けたが、それぞれ肩を押されて釈然としないながらも家の中へと入っていったのだった。
そして惨劇の幕が開いて閉まります(早)