3-41 鋼神と呼ばれた男2
それからしばらく後、悠とベロウの姿は街の中にあった。カリスの元へ向かう為だ。
「確かコロッサスに聞いた限りじゃこの辺なんだがな・・・お、双竜亭ってのはアレだぜユウ」
その言葉に頷いて2人は路地を奥へと入って行った。路地は朝だというのに薄暗く、所々からは得体のしれない異臭すら漂っている。
「とても健全な場所とは言えんな。こちらを窺っている者も居る様だ」
「なに、こんな場所に居る奴らなんざ、昨日の『影刃衆』に比べたら子供みてぇなモンだ。剣をぶら下げておけば大丈夫さ」
ベロウの言う通り、そこそこに強そうな男2人を襲おうという気概を持った相手は居ないらしく、気配を隠す事も出来ない程度の連中では2人をどうこう出来るはずも無い。2人は無事にカリスの家と思しき場所まで何事も無く辿り着く事が出来た。
「ここだな・・・」
ベロウは扉の前に立つとドアをノックして声を掛けた。
「カリス、居るか? 俺だ、昨日武器屋で買い物をしたユウとバローだ」
しばし待つと中から返答があった。
「来てくれたのかい? 今開けるから待ってくれよ!」
やがてガタガタとカギや棒を外す音がして扉が開き、中からカリスが顔を出した。
「やあ、ちゃんと来てくれて嬉しいぜ、兄さん達。さっ、狭くて悪いけど入ってくれよ。お茶くらい・・・って言いたい所だけど、生憎そんな金は無いんだ。水でガマンしてくれるかい?」
「気にしなくてもいいさ。お前さんの事情は知ってるよ」
中へと招かれながら、ベロウは肩を竦めて気にしないように答えた。
「そう言って貰えると助かるけど、悔しいな。恩人にちゃんと礼も出来ないなんて・・・オヤジさえ良くなれば・・・」
「・・・お前さんのオヤジってのは、もしかして『鋼神カロン』か?」
「知ってたのかい!?」
「いや、俺に売った剣を見た奴がカロンの作風を感じるって言ってな。腕のいいオヤジって言ってたから、カロンかその弟子の誰かだと思ったんだよ」
その言葉にカリスは納得がいった様子で頷いた。
「そうかい・・・確かに兄さんのいう通り、アタシのオヤジは『鋼神カロン』さ。と言っても今じゃ立つ事も出来ないけどね・・・」
カリスは俯いて悔しそうに拳を握り締めた。
「オヤジは国どころかこの世界でも有数の鍛冶師なのさ。それだけにお偉いさんからも注文が来る事はあるけど、オヤジは戦場に出ない奴の剣を打つ気は無かったんだ。そんなオヤジを一部の貴族が恨んでいてね・・・ある晩、工房に覆面の男達が襲撃して来たんだ。それでオヤジは・・・」
「止めろカリス、客人に身内の恥を晒すな」
「オヤジ!?」
カリスが事情を話していると、奥から一人の男が現れた。50代くらいに見えるその男は、くすんだ赤髪を手入れもせずに放置しており、体も痩せていて正に病人そのものだった。そして極め付けに左手の指が親指を残して全て喪失していた。
「静かに寝てなくちゃダメじゃないか!!」
「あんな大声で話していればこの狭い家に静かな所などあるものか。それに薬は飲んだ。俺も今日から働く・・・ゴホッゴホッ!!」
「や、止めろよオヤジ! ほんとに死んじまうぞ!!」
カリスは駆け寄ってカロンを押さえ付けた。カロンはそれに抗おうとしたが、病で衰えたその体は女のカリスにすら抵抗する事は出来なかった。
「チッ・・・こんな有様で生きているくらいなら死んだ方がマシだ・・・」
「そんな事言わないでくれよ、オヤジ・・・」
カリスは目に涙を溜めながらカロンに縋り付いた。カロンも何も言うでも無く、ただカリスを見つめていたが、やがて悠とベロウに視線を向けた。
「なぁ、アンタ等、コイツを引き取ってやってはくれないか? 少々ガサツだが、器量はいいと思うんだ。鍛冶の世界から離れれば少しは見れる様になると思う。どうだ?」
「な、何を言ってるんだよオヤジ!!」
「カリス・・・現実を見ろ。俺はこんな有様だし、お前はまだ未熟だ。とてもやってはいけない。せめてお前だけでももう少し日の当たる世界に・・・」
「イヤだよ!! アタシはオヤジの後を継ぐんだ!! そしてアタシ達を捨てたアライアットの連中を見返してやるんだ!!」
カリスの恨み節にカロンは力無く首を振った。
「俺が馬鹿だったんだ。弟子にも見捨てられ指も落とされた。そして国を追われた上に、お前まで失うのは俺にはもう・・・耐えられんよ・・・」
「イヤだ・・・イヤだよオヤジぃぃ・・・」
そんな2人を見て、ベロウは思わず悠に小声で問い掛けた。
「お、おいユウ、カロンの指を治してやれよ。お前なら出来るだろ?」
「ああ、だが・・・気に食わん」
「あん?」
ベロウの疑問の声を置き去りに、悠はカロンへと歩み寄って尋ねた。
「俺はここに『鋼神』が居ると聞いて来たが間違いだったか?」
その問い掛けにカロンが濁った目で返答した。
「いや、確かに俺がそうだが・・・」
「違うな」
カロンの言葉を悠は一言の下に切り捨てた。
「ここに居るのは貴族に負け、国に敗れ、夢を諦めた男の残骸があるだけだ。『鋼神』などという大層な名前が相応しい者などここにはおらん」
「なっ!?」
「に、兄さん!? いくら恩人でも言っていい事と悪い事があるよ!!」
「おい、ユウ!! お前は何でそういう物言いを・・・」
「黙れ」
悠が殺気すら込めて呟くと、皆その迫力に押されて口を噤んだ。
悠はベロウから昨日カリスから買った長剣を取り上げ、カロンに突き付けて言葉を続ける。
「見ろ、貴様の娘が打った武器だ。これを見てもまだ同じ事が言えるのか?」
「何っ!? こ、これは・・・」
「あ、アタシの武器・・・」
カロンは受け取ってそれを目の高さに掲げで黙り込み、カリスは急に自分の武器を引き合いに出されて挙動不審になった。
「・・・荒いが、確かな仕事がされている。カリス、お前いつの間に・・・」
「あ、アタシだってオヤジに追いつこうと必死だったんだ・・・最近やっと露店でも手に取ってくれる人だって出て来たんだぜ?」
「・・・そうか・・・そうか・・・」
カロンはぎこちなく手を伸ばしてカリスの頭を撫でた。それは親が子を褒めるというより、師匠が弟子を褒めるかの様な、尊敬すら籠ったものだ。
「俺は何をしていたんだろうな・・・手先の技術ばかりの輩しか育てられなかった俺に、こんな身近に、俺の思いを、継いで、くれる者が・・・こんなに、嬉しい事は無い・・・ああ、カリス・・・」
「オヤジ・・・」
親子はいつしか涙を流しながら、抱き合ってお互いを慰めあった。この世の全てを悲観していたカロンと、恨みと父への思いだけで生きて来たカリスは、この国に来て初めてただの親子に戻っていた。
「分かった、俺も出来る限りの事をお前に教えよう。立派な鍛冶師になれ、カリス。俺も指が無いくらいで諦めん! 握れないなら足で踏みながらでも打ってやる!!」
「やった!! ・・・でもまずは体を治してからだぜ、オヤジ?」
「ハッ、お前がくれた薬ですぐに治るさ! ゴホッ」
「ほら、言わんこっちゃない」
咳き込みながらもカロンの顔には笑顔があり、泣きながらもカリスの顔にも笑顔があった。2人はようやく一歩前に進み始めたのだ。