閑話 彷徨える子羊達
「じゃあ、一度結界を切るっていう事?」
樹里亜の言葉に葵は肯定の返事をした。
《はい、我が主がお帰りになるのが何時になるか分かりません。途中で休みを挟みながら展開して行くのがよろしいかと思われます。幸い、今の所襲ってくる生物も居ない様ですから》
葵が言うには、このペースで結界を張り続けると明日には結界の維持が厳しくなるという事だった。悠が居ても夜は眠るので結界は使っていた為、旅立ちの時点で既に50%ほどに減少していたのだ。それでも2日は丸々持つのだが、悠が更に遅いとすれば危ないかもしれなかった。
「・・・そうね、今まともに動けるのは、戦争に行っていない年少組と小雪ちゃんだけ。回復出来る時に回復しておいた方が結果としては長く持ちそうね・・・」
樹里亜は屋敷の防衛に関わる部分を任されているからこそ、恵は葵の進言を樹里亜に伝えたのだ。そしてその判断を下すのも樹里亜の管轄である。
樹里亜は相談出来る相手を考えたが、この中に意見を聞けそうな相手は居なかった。神奈は対人戦にしか長じておらず、智樹はそもそも戦争に行った事が無い。恵も一般人であり、家庭内の事は非常に頼りになるが防衛計画などは当然素人だ。
そして唯一相談出来そうな葵がそう言うのならと、樹里亜はその案を承諾した。
「わかったわ、許可します。一時的に結界を切って下さい。でも、何かあったら即時に展開出来る様にお願いします。それと、保険として結界は1時間毎に展開と遮断を行って下さい」
《ありがとうございます。ではこれよりは1時間毎に結界は展開、遮断のローテーションで動きます。第二主人、ご許可を》
「あ、はい、許可します」
《申請は受理されました。結界を停止します》
――結果としてそれは悪手となってしまった事を樹里亜達が知るのはもう少し後の事だ。
今、子羊達を守る柵は取り払われ、餓狼は静かに忍び寄る。