3-39 目的6
結局歓談混じりの話は夜遅くまで続き、悠達は今日も泊まっていく事になった。コロッサスとサロメは流石にギルドへと帰って行ったが。
「いっそこの王都に居る間はこちらに泊まればいいのでは無いかな、ユウ?」
その言葉に悠もしばし考えて返答を返した。
「厚かましいかもしれんが、ローランやアルトの護衛の事を思えばそれがいいかもしれん。街中で人死にも辞さん連中だ。ここも完全に安全とは言えんからな」
「俺もその方がいいと思うぜ。少なくとも、ミロと決着が付くまではな」
「決まりですね、ではこれまで使っていた部屋を引き続き使って下さい」
ベロウも同意して2人はミロと決着が付くまではフェルゼニアス家の客人兼護衛として滞在を許されたのだった。
「やったぁ!」
そんな状況を一番喜んでいるのはアルトだ。家格が高過ぎて同年代の友達もほぼ居なかったアルトにとって、2人は年の離れた兄の様な物だったのだ。
「こらこらアルト、危険だからこそ俺達は泊まるんだぜ?」
「あっ、す、すいません!」
ベロウがそんなアルトの楽観を軽く苦笑交じりに嗜めた。
「だが、朝早く起きれば稽古の予定の無い日でも多少は見てやれると思う。アルトがやりたければだがな」
「本当ですか!? ぼ、僕、今日はもう寝ます! お休みなさい、父さま、ユウ先生、バロー先生!!」
ユウの言葉にアルトは勢いよく就寝の挨拶をすると自室へと帰っていった。
「やれやれ、もう少し大人しい子かと思っていたのに、王都に着てから随分と元気になったものです」
「アルトは賢い子だ。ちゃんと自分の役割という物を弁えていたんだろう。父や母の望む、貴族としてあるべき姿であろうとする思いやりが見える」
「・・・あまり押し付けたつもりは無かったのですが、アルトは察しのいい子です。無言の内に察していたのでしょう。私も父親としてまだまだですね・・・」
ローランは自らの父親とは確執があり、それは結局父親が他界するまで解ける事は無かった。なので、自分の子供には何かを押し付けるつもりは無かったと思っていたが、決して家を継いで欲しくない訳では無い。アルトはその気持ちを鋭敏に察していたからこそあまりワガママも言わず、貴族に相応しい教養を身に着けていったと思うと自らの未熟を恥ずかしく思うのだった。
「それでも嫌々やっている訳ではあるまい。アルトはごく自然にローランを尊敬しているのは端から見ればよく分かる。あのまま育てば良い為政者になるだろう」
「ええ・・・家を継いで欲しい気持ちは確かにありますが、アルトが望むなら私は狭い世界にアルトを閉じ込めておきたくは無いと思っています。ユウ、家の場所が決まったら、一度遊びに行ってもいいかい? 勿論、アルトも連れてだけれど」
「歓迎しよう。ウチの料理の出来る子の腕も中々の物だぞ? 家庭料理で良ければだがな」
「ああ、ケイの料理はこの辺とはちょっと味付けが違って中々美味いぜ?」
「それは楽しみだね。その時は私もいい酒を持って行こうか」
今恵がこの会話を聞いていたら赤くなったり青くなったりして大変だっただろう。
「それに同年代の子供達も多い。アルトや子供達の情操教育にもいいかもしれん」
「その子達も鍛えているのかい、ユウ?」
「いや、これからだ。中には酷い怪我を負っていて治したはいいが、まだ血や体力が戻らない者達も居るからな。まずは体を治してから始めようと思っている」
年長組3人はまだ激しい運動をレイラの診断によって止められている。回復にはいましばらくの時間を要するのだ。
「俺は今後も留守にする事が多いからな。ある程度は子供達も戦える様に鍛えてやりたい」
「あっと、そうだ、その事でローランに聞いておきたい事があるんだけどよ?」
「何だい、バロー?」
子供達を鍛えるというキーワードを聞いてベロウが思い出した事柄をローランに尋ねてみた。
「実はよ、こっちのガキ共ご存知の通り『異邦人』でな。召喚の際に大抵何か素質に目覚めているはずなんだが、何人かは『能力鑑定』がまだでな。ミーノスには一般人でも受けられる能力持ちは居るか?」
「ふむ? 生憎私もその手の伝手は無いね。ミーノスは武力より財力で国を維持して来た国だから、あまり尚武の気風が無いのですよ。貴族の嗜みとして剣や魔法を習う事はあっても、見栄えのする簡単な物が精々だからね」
「おっと忘れてた、ついでに魔法を教えられる人間の伝手も欲しかったんだが、その返答だと望み薄か?」
「お察しの通りだね。それにその手の話ならコロッサスの方が詳しいと思うよ? 明日にでも聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「そうか、コロッサスならギルド長の権限で色々探せるかもしれねぇな。サロメあたりなら聞いたらすぐに答えそうだけどよ」
「彼女、記憶力は凄いらしいからね。「俺が覚えてなさそうな事を的確に聞いてくる」ってコロッサスが嘆いていたよ」
最初の遭遇の時にも同じ事をされていたコロッサスの様子を思い出してベロウは笑い声を上げた。
「ハッハッハ!! 『隻眼』も丸くなったな!! あ、今はもう『隻眼』じゃねぇけどよ」
「それだよ、ユウ。あんな凄い回復術は私も今まで見た事が無い。今まで見た一番凄い回復術でも切られたばかりの腕を何とかくっ付けるのが精一杯だったよ。それも術者が10人がかりの『連弾』でだ」
『連弾』は他の術者と同時に一つの呪文をかける高等技術だ。効果は飛躍的に高まるが、コントロールが非常に困難で、机上の計算では術者の人数分を加算した分だけ効果が乗るはずなのだが、精々2人で1.3倍程度の効果を得るのが関の山だ。しかも人数が増えるほどに難度が上がるので、10人でも一人に比べて4~5倍ほど効果が出ればいい方と言えた。
「それを何も無い所から、しかも目なんていう器官を再生させる魔法なんて使えるとなれば、いくらでも金を積む者がいるだろう。宗教関係者もうるさそうだ。神の御使いか悪魔の手先かと追い回されかねないね。決して外には漏らさない方がいいよ。特にアライアットの教会関係者の前ではね」
「承知した。俺も元よりそのつもりだ。多数を治そうとしても精々、一日2人が限界だからな」
「むしろあんな事を一日2人も出来る事の方が驚きだよ」
「俺の右手も一度治して貰ったんだぜ? ・・・まぁ、千切ったのもユウだったけどな・・・」
「バロー、君、一体何をしてユウを怒らせたんだい・・・」
「お、俺もあの時はちょっとバカだったんだよ! もし今あの時に戻れたら全力で当時の俺をぶん殴って意識を飛ばしてる所だぜ・・・」
《ま、気安くレディに触れようとしたんだから当然の報いよね》
そのレイラの言葉でなんとなく事情を察したローランは苦笑するに留めた。ここで追及してはバローの立つ瀬が無いだろうと思ったからだ。
「その辺りの事情もまた今度ゆっくり伺いたいね。バローの正体もそろそろ種明かししてくれるんだろう?」
「・・・やっぱり気づいてたか。まあ、今度な。それまではタダの剣士バローさ」
「フフ、そういう事にしておこう。・・・ではそろそろ休もうか。ユウはまた明日も朝が早いんだろう? アルトも楽しみにしている様だしね?」
「ああ、だが明日アルトは起き上がれるかな?」
その言葉でベロウにはピンと来たようだ。
「そうか、今日あれだけやったら明日は当然・・・だな。ハッハッハ! じゃあな!」
一人笑うベロウをローランは首を傾げて見送ったのだった。




