3-36 目的3
「その目は協力の礼だと思ってくれ。ただ、普段は隠しておいた方がいいかもしれないな。急に眼帯を外して両目が揃っていたら、流石に不審に思われるだろう」
その悠の言葉にもコロッサスもサロメも反応出来なかった。サロメは純粋に悠の能力に思考を奪われていたし、コロッサスに至っては40年ぶりの広い視野に目が眩んでいたのと、自分に起こった事を噛み砕くのに精一杯だった。
「そんな・・・回復術での再生は手足の接合が精々のはずです・・・じゃあ本当に・・・」
「凄え・・・人間ってのはこんなに視界が広いモンだったか? ・・・チッ、昔過ぎてもうよく覚えてねぇよ、チクショウ。慣れないせいで目に染みやがる」
コロッサスは後から後から流れ出てくる涙を強引に拭き取り続けていた。それはまるで、この驚愕をどう伝えればいいのかそんな言葉にならない様々な思いが目から溢れ出ているかの様に見えた。
やがてコロッサスはユウに向き直って宣言した。
「・・・おい、ユウ。俺は決めたぞ。お前がやりたい事を手伝ってやる。ギルドがその枷になるんなら、ギルドを辞めてもいい」
「ギルド長!?」
コロッサスの突然の発言に、サロメが動揺も忘れて反駁した。
「サロメ、俺が冒険者を引退したのは、自分の力の先が見えたからだ。『朧返し』は俺の剣技の到達点の一つだったが、今のままじゃアレ以上の精度は出せねぇ、未完の奥義だ。だから俺は後進を育てる方に回ったんだ。・・・だが、今なら、両目のある今ならギリギリ辿り着けるかもしれねぇ」
コロッサスはそこで言葉を切って悠と目を合わせて言った。
「ユウよ、お前さんは礼の前渡しのつもりだったのかもしれねぇが、お前が俺にくれたのは目じゃねぇ。俺の、剣士の夢だ。だから、お前が道を踏み外さない限り、お前の道を手伝おう。いや、手伝わせてくれ!」
そう言ってコロッサスは深々と悠に頭を下げた。それを受けて悠もコロッサスに手を差し出した。
「顔を上げてくれ、ギルド長。ギルド長の様な人物にこそ組織の上に居て貰わなければ俺も困る。この世界に寄る辺無い俺は、協力者を求めている。それがギルド長の様な人物であるなら、これほど心強い事は無い。是非俺の同志になってはくれんか?」
「へっ、お前さんは恐ろしいんだか腰が低いんだか分からんヤツだな。・・・でも、今本気で俺に言ってる事は、俺にだって分かるぜ。なら、俺はこの手を取るしか無いな」
コロッサスは頭を上げるとにやりと笑って悠の手を取り、固く握手を交わした。
その手の上に、更に重ねられる手が横から伸びて来た。
「ここは私も乗っておかないといけない流れではないかな、ユウ、コロッサス?」
2人の手に重ねられた手はローランの手だ。ローランはコロッサスにも言外に敬称抜きで語り合おうとその目が告げていた。
「・・・昼に乗り込んで来た時は結構厳しい事も言われた気がするんだが?」
「あの時は「ただの」知り合いでしたからね。でも今の私達は・・・同志なんでしょう?」
「へっ、貴族様はこれだから怖いんだっての」
そこに更に手が伸びて来た。
「お、俺は最初からユウと居たんだから当然だよな!?」
顔を赤くして手を重ねたのはベロウだ。
「おいおい、バローで大丈夫なのか? 俺を相棒にした方が色々無理は利くぜ、ユウ?」
「こ、コロッサス! ぜってえアンタより強くなってやるからな! アンタは雛共の面倒を見てりゃいいんだよ!」
悠に露骨な勧誘をするコロッサスをベロウは対等な口で遮った。それを聞いてもコロッサスは邪気の無い顔で笑い続けている。
と、更にベロウの上に小さな手が重ねられた。
「ぼ、僕も一緒に頑張ります!! い、いいですよね、父さま?」
「大人の舞台に子供を参加させるのは気が引けますが・・・アルト、お前はただの子供か? それとも大きな志を持たんとする鳳凰の雛か?」
「鳳凰の雛です! 近い内にきっと羽ばたいて見せます!」
「よく言った、それでこそフェルゼニアスの男だ。・・・外見はまだこんなに可愛らしいのにね?」
「と、父さま!!」
顔を赤くしてむくれるアルトを大人達は眩しい物を見る様に見つめた。それは昔自分達が置き去った幼さ、あるいは若さというべき物だった。
「さてと・・・まだ一人流れに乗れてないヤツが居る気がするんだけどな?」
そのコロッサスの言葉に、唯一人手を重ねていない人物に視線が集中した。
「わ、私もやるんですか、それ!?」
視線の集中砲火を受けたサロメは普段の冷静な表情をうろたえさせて一歩仰け反った。
「やらねぇのか?」
「やらないのですか?」
「お堅い姉ちゃんにはちとキツイか?」
「やらないの?」
一斉に4人に声を掛けられてサロメは更に一歩退いた。そして、唯一何も言っていない悠に助けを求める様に視線を合わせたが、
「・・・やらんのか?」
自分より数段上の冷静な表情と瞳でそう言われてサロメも遂に撃沈した。
「わ、分かりましたよ・・・もう、男ばっかりだからってこんな汗臭い事、私の流儀じゃないのに・・・」
ブツブツ言いながらも、サロメの手がアルトの上に重ねられた。
「わ、若様、失礼します・・・」
「? サロメさん、真っ赤ですよ?」
「サロメ、玉の輿を狙うのもいいが、まだちと若様は早いんじゃないか?」
ニヤニヤとしながらサロメをからかうコロッサスだったが、サロメの殺人的な圧力を持った視線で睨まれて明後日の方向を向いて鳴らない口笛を吹いて誤魔化した。
「さて、そういう事なら今日は簡単にではありますが、宴にしましょう。世界をより良くする為の最初の同志が集ったという記念にね」
そのローランの言葉に誰も反対の意見を差し挟む者は居なかった。
女性が少ないせいで体育会系なノリですね。文系っぽいサロメさんは苦手です、こういう雰囲気。
あと、別にショタなワケじゃありません。ただ、見目麗しい貴族の子弟の手を直接触る事になってドキドキしただけです・・・あれ、ドキドキしたらショタなんですかね?