3-35 目的2
「ユウ、一つ聞きたい。その対象には当然我がミーノスも入っているんだな?」
ローランが沈黙を破り悠に問い掛けた。ミーノスの大貴族たるローランとしては聞いておかない訳にはいかなかったのだ。
「勿論だ。逆にローラン、お前に聞きたい。お前の目から見て、このミーノスの王とはどんな人物だ?」
悠はローランの質問に即答すると、逆にローランに国の内情を問いかけて来た。
「・・・ここだけの話にしておいてくれ。現王であるルーアン・レオス・ミーノス様は、確かに褒められた方では無いが、実はもう余命幾許も無い。今年は越せても、来年は無理だというのが侍医の診断なのだよ」
「何っ!?」
その言葉に一番反応したのはコロッサスであった。この3ヶ月、挨拶回りをするに当たってまず最初に王家を訪れたのだが、その時は所用で留守という事で代理として王子であるルーファウスに挨拶を述べていた。その後も機会があればと思って何度かお伺いを立てた事があったが、何かと理由を付けられて結局今日まで会えずじまいだった。
「第一王子であらせられるルーファウス様は目立つ方では無いが、しっかりした考え方を持っておいでの善良な方だよ。王位をお継ぎになれば、民衆は喜んで従うだろうね。ただ・・・」
「何か問題があるのか?」
表情を曇らせて言い淀むローランに悠は先を促した。
「・・・貴族の派閥が問題でね。私の様に第一王子派はルーファウス様を押し立てているんだが、第二王子派の貴族達は弟のルーレイ様を押しているんだ。ルーレイ様は何と言うか・・・魔術の研究以外に興味の無い方でね。貴族達はそれをいい事に王に据えて傀儡にしようとしている。嘆かわしい事だが、今の所第一王子派よりも第二王子派の方がかなり勢力が大きいんだよ。だから王も迂闊に自分の病を公表出来ないし、後継者の指名も出来ないのさ」
ローランは疲れた様に溜息を付いた。
「私が身重の妻を置いて王都に来ているのもそれが無関係では無いんだ。第二王子派の切り崩しは中々苛烈でね。睨みを利かせておかないと強引な手段も辞さない連中もいるからね」
現在、第一王子派が3、第二王子派が5、中立が2といった比率になっているが、時間と共に第二王子派が増大しているというのがミーノスの現状だった。
「ユウ、当然だが私の言っている事を鵜呑みにはしていないだろうね?」
言葉を続けるローランが急に妙な事を口走った。悠は黙ってローランの言葉を待っている。
「ん? どういう事ですか?」
代わりにコロッサスがローランにどういう意味かを尋ねた。
「私は今ユウの力を知りました。そして、劣勢にあるルーファウス様を擁護する発言をして、ユウを上手く言いくるめて第一王子派を助けてさせて第二王子派を排除しようと企んでいるかもしれないという事です。ドワーフの王にも勝るとギルド長が仰るユウであれば、要人の暗殺など容易い事でしょうからね」
「なっ!?」
コロッサスは冒険者上がりの叩き上げである為にこの様な謀略に値する事柄は苦手としていた。それゆえ、補佐として頭の回転の早いサロメが付けられているのだ。
現に、サロメは黙ってローランの話を聞きながら分析をしていて、ベロウも貴族なのでこの手の話に免疫があった。
「そうすれば楽に話は進むでしょう。しかしユウには自分の目でこの国と人物を見極めて貰いたい。ルーファウス様、ルーレイ様のみならず、それを支える貴族もね。それに・・・私もせっかくの友情を謀略の種にしたくは無いんだよ」
じっと悠を見つめるローランの目には真摯な光があった。ローランは一貴族として、真にこの国の行く末を憂いていたのだ。
「もし、ユウがこの国の為にならない事をしようとするならば、私は命がけでそれを止めよう。止められるとは思わないが、それがこの国に生きる貴族としての私の義務だからね。・・・さて、余計な事も言ったが、これが国の現状と私の考えだよ、ユウ」
黙ってローランの言葉を聞いていた悠が口を開いた。
「・・・しかと拝聴した。その内、両殿下にも拝謁したい所だな。情報も確認せねばならん。対応はそれからにしよう。ローラン、お前の友情に感謝する」
悠はローランに頭を下げた。
「顔を上げておくれよ、ユウ。私はミーノスの人間である以前にアーヴェルカインの住人さ。ならば、この世界をより良くする為に尽力するべきだと思っただけだよ」
「そう言える人間がどれだけいると思う、ローラン? 貴族の半分以上はそんな事より自分の利益になる方を選ぶだろうぜ。間違いねえ」
ローランの言葉にベロウが肩を竦めながら言った。ベロウとて、以前の自分なら容易く利益に転んだと思えたからだ。
「随分と言い切るね、バロー。まるで貴族をよく知っているようだよ?」
笑いながらそう言うローランにベロウは明後日の方向を向いてとぼけて見せた。恐らくローランはベロウの正体に薄々気付いているに違いない。
「とんだ所に来ちまったな・・・下手すれば大逆罪だぜ・・・」
頭を抱えるコロッサスに側に控えていたサロメが話し掛けた。
「仕方ありません。流されるのは本意ではありませんが、ここまで知ってしまった以上、私達もお力添えをするべきでしょう。ギルドと国は上下の関係ではありませんが、関係が良いに越した事はありません。税や活動も関係が良好な方が言い分も聞いて貰えそうですしね」
それでも考え込むコロッサスに、悠が歩み寄った。
「ギルド長、その目はいつ無くしたのだ?」
「な、何だよ急に。・・・俺の目はガキの頃に病で無くしたのさ。目に毒が回ってな。それがどうした?」
「俺を信じるなら、10秒だけ動かないでくれんか?」
おかしな申し出にコロッサスとサロメの顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。
「ギルド長に何をするつもりですか?」
「言っても信じられんと思う。どうする、ギルド長?」
サロメはコロッサスと悠の間に入ってコロッサスを庇ったが、コロッサスはサロメの肩に手を置いて言った。
「・・・サロメ、ちょっとどいててくれ。ユウ、なんだか分からんがいいだろう。やりな」
「ギルド長!? こんな怪しげな事は認められません!!」
「ユウがここにいる全員を殺すのに、10秒も掛からねぇよ。こんな回りくどい事をしなくてもな。それに、俺も興味が沸いて来た。お前が俺に何をするのか、な」
「感謝する、ではいくぞ」
コロッサスが了承したと見た悠はその手をコロッサスの眼帯の上に触れさせた。
「レイラ、いいか?」
《ええ、分かってるわよ》
レイラは悠の考えを読み取って自身の能力を発動させた。
《『再生』》
そのレイラの言葉と共に、赤い靄がコロッサスの眼帯を覆った。その直後、コロッサスの眼帯の下に灼熱感が発生し、コロッサスは思わず膝を付いて眼帯を押さえた。
「ぐっ、あああっ!!!」
「ギルド長!? ユウッ!! ギルド長に何をしたの!?」
苦しむコロッサスを見たサロメは思わず悠に食って掛かった。やはり怪しげな男に任せるのでは無かったという後悔で胸が張り裂けそうになったのだ。
そんなサロメを止めたのは、他ならぬコロッサスだった。
「・・・止めろ、サロメ、もう痛みは治まっ・・・な、何っ!?」
コロッサスの制止の声よりも、むしろ狼狽の声がサロメを振り返らせた。そこには――
「ぎ、ギルド長・・・め、目が・・・」
「ああ・・・ある、俺の目が。・・・ずっと昔に無くしたはずの、目が・・・見える、見えるぞっ!!!」
眼帯が外れた下には、涙で潤む目が確かに揃っていたのだった。
もう『隻眼』の二つ名は使えませんね。