3-33 弟子への贈り物5
「アルト、大丈夫か?」
「だ、だいじょぶです・・・」
悠がアルトの所へ行ってそう尋ねると、アルトはぜんまい仕掛けの人形の様な、ぎこちない動きで首を巡らして悠に答えたが、命の保障の無い戦闘の空気に支配されて体の硬直がまだ解けていなかったのだ。
剣を構えたまま震えるアルトの姿は滑稽さすら感じられたが、悠もベロウも笑わなかった。皆、戦う者なら一度は通る道なのだから。
「でも・・・この剣を握っていたら、不思議と立っていられました」
アルトは手に持つ剣から何か力が伝わって来て、自分に力を貸してくれたような感覚を覚えていた。
自分が剣を持っていた所で状況になんら寄与しない事くらいはアルトにだって分かっているが、それでも尊敬する2人と剣を並べて戦いの場に立つという行為は、アルトが憧れていた英雄や勇者と肩を並べて戦うというシーンをそのまま現実に再現したように思わせたのだ。
そして今自分の手の中には自分の剣がある。アルトにはその剣が他のどんな聖剣や宝剣よりも頼もしかった。
悠はアルトの頭をくしゃりと撫で、剣を持つ手に手を重ねて言った。
「そのうち剣を使う事が出来る様になる。そしていつかは剣が無くても臆する事は無くなる。強くなれよ、アルト」
「はい! そうしたら3人で戦いましょうね、ユウ先生、バロー先生!」
「お? アルトも中々言うね? まぁ、お前になら将来、俺が勝ち取る予定の世界一の剣士の称号を譲ってもいいぜ?」
「精々アルトに追いつかれんよう努力するんだな。5年もすれば追い抜いているかもしれんぞ?」
「バ、バカ野郎! せめて10年って言えよ!」
「アハハハハハ!!!」
夜の闇にアルトの声が木霊する中、ようやく騒ぎを聞きつけた警備の兵が恐る恐るやって来たが、楽しげな3人の様子に首を捻ったのだった。
公爵の子息であるアルトが居るお陰で、悠達は長々と引き止められる事も無く、簡単に事情を説明するだけで解放された。警備の兵としてはもっと色々問い詰めたかったのだろうが、後ろに公爵家があるとなると皆及び腰になったのだった。
「なるほど、そんな事が・・・ユウさん、バローさん、息子を守って頂いてありがとうございました」
家に帰った悠達は先程の顛末をローランに語ると、ローランは深々と頭を下げて来た。
「頭をお上げ下さい、ローラン様。元より我々は若様の護衛も兼ねています。このくらいは報酬の内ですよ」
「バローの言う通りです。ただし、これから出歩く時は一人にはならない方がいいでしょう。せめてミロとその手下が処分されるまでは」
「『影刃ミロ』ですか・・・思ったより大物が出てきましたね。流石に貴族街は警備が厳しいですからそうそう入り込む事は無いでしょうが・・・」
難しい顔をするローランの隣で、アルトも何故か難しい顔をしていた。そして何かを決意すると、ローランの袖を引いて思いを語った。
「父さま、僕、ユウさんとバローさんには名前で呼んで欲しいんです。許してくれますか?」
「アルト?」
ローランはアルトの唐突な発言に首を捻ったが、アルトはそのまま言葉を続けた。
「公の場に出る時はしょうがないとしても、せめて指導を受けている時とこの家に居る時くらいは名前で呼んで欲しいんです。僕、お2人を尊敬しているんです!」
アルトの目はキラキラと輝いていて一片の曇りも無かった。ローランはさてどうしたものかと悠とベロウに視線を送ったが、悠達に何か言えるはずもなく、ただ黙って事の成り行きを見守っていた。
ローランはそのまましばらく考え込んでいたが、やがて軽く溜息を付くと再び悠とベロウに向き直って肩を竦めて言った。
「やれやれ、親子という物は変な所で似るらしいよ? ユウ。バロー」
その砕けた口調にローランの意図を察したベロウがにやりと顔を綻ばせて続けた。
「良かったじゃねぇか。アルトは将来いい当主になると思うぜ? なぁ、ユウ?」
「そうだな。ローランの教育の結果かもしれんが、アルトは真面目で利発な子だ。立派な男になるだろう」
その物言いに周囲の者達――アルトや執事、メイド達だ――は呆気に取られた。貴族に、ましてや公爵に対して使う様な言葉では無かったからだ。
「あ、あまりにも無礼ではありませんか!?」
執事の一人がその言葉遣いに耐えかねて苦言を呈したが、ローランは手で遮って告げた。
「私と息子の命の恩人であり、そして共に友誼を結んだ相手だ。私もせめて気の置けない友人にくらいは名前で呼ばれたいし、対等に話をしたいのさ。・・・おっと、父親である私がこうやって喋っているのに、息子のアルトだけが敬語というのも可哀想かもしれないな。やれやれ、仕方が無いから許してあげるよ、アルト」
「プッ・・・と、父さま、ありがとうございます!」
そのあまりにも分かりやすい流れに、アルトは噴き出しかけたが、何とか礼儀を保ってローランに礼を言った。
「さあ、これからはこの家に居る限りは気兼ねなく話をしよう! まずは空腹で参っているギルド長に我が家の夕食をご馳走しなければね」
「はい! 行きましょう、ユウ先生! バロー先生!」
俄然生き生きとし出したローランとアルトに悠とベロウは苦笑をかわし、未だ状況に置いてけぼりになっている使用人達をその場に置いて、アルトに手を引かれながら広間へと引っ張られて行った。
結局、2人と親しく出来る事こそが、アルトへの最高の贈り物になったのかもしれなかった。
日付上の今日から出張で北海道へ行くので、ここまで続けてきた毎日更新が明日から途切れてしまうかもしれません。
携帯で書くのは厳しいので・・・ホテルにPCがある事を期待してます、割と切実に。