3-32 弟子への贈り物4
「その三下に斬られて逝くがいい!!」
キリギスと呼ばれた覆面の男がそう叫びながらベロウへと飛び込みながら足を狙ってダガーを振るって来たが、ベロウはバックステップでかわして上段から剣を振り下ろした。
「せいっ!!」
「ぬっ!?」
ゴキャァァァン!!
キリギスは予想以上の身のこなしをしたベロウを警戒してもう1本ダガーを引き抜くと、頭上で交差させて斬撃を防いだが、またも予想外の重さに思わず片膝を付いた。
「おいおい、随分重そうだな? 文字通り、三下には荷が重いってか?」
「き、キサマッ!!」
ベロウが今繰り出した斬撃はコロッサスには不発だった『重破斬』である。キリギスも普段通りであれば避けられない事は無かったのだが、ベロウの事を舐めていたせいで不用意に深く飛び込んでしまい、かわす事が出来なかったのだ。そして力の勝負となれば、ノースハイア流を修めているベロウの方に分があった。
「くっ、お前等、何をしている!! 早くそのガキを攫え!!」
「「は、ははっ!」」
『影刃衆』の残り2人はキリギスの言葉に弾かれる様に動き出してベロウの横を通り過ぎようとしたが、その瞬間に不自然に体勢を崩した。
「うっ!」
「ぐあっ!!」
一人はよろめき、一人は完全に地に転がる。その転がった男の背中には、先ほど見た悠の投げナイフが突き立っている。悠がミロと戦いながら後ろ手にナイフを投じたのだった。
これは悠が後ろが見えるからでは無く、恐らく一人がベロウを抑えて他の2人がベロウの脇を迂回してアルトに迫るだろうという予測があったからだ。キリギスの声はそのタイミングを計るのに最適な合図を悠に与えてしまっていた。もしキリギスが何も言わなかったら、ベロウが声を掛けるつもりではあったので、結果は変わらなかったであろうが。
「どこ見てんだよこの野郎!!」
「ぐふっ!?」
一瞬倒れた男に気を取られたキリギスの腹に、ベロウの強烈な前蹴りがヒットした。こみ上げてきた物に、キリギスは思わず顔に付けていた覆面をずらして地面に反吐をぶちまけて、憎憎しげにベロウを睨み付ける。
「ゲホッ・・・お、おのれぇ!!」
「人数が減った上に手負いになって俺に勝てると思うなよ?」
ベロウに気圧されてキリギスは思わず一歩退いた。
実はベロウとキリギスの間には大きな実力差は無い。しかしキリギスはベロウをこれまでの相手と同じ格下だと思って油断して初手を誤ったのが大きく響いていた。そして悠のサポートで大勢は決したと言っていい。その隙にベロウに蹴られた腹は腹筋がビクビクと小刻みに痙攣し、普段通りの動きは最早望めそうも無かった。
「・・・キリギス、退くぞ」
「ミロ様!?」
ミロからの言葉にキリギスは驚愕したが、それでも今度はそちらを振り向く様な事はしなかった。眼前のベロウがそれを見て舌打ちをする。目を離したら今度こそ一太刀で切り伏せるつもりだったのだが、残念ながらそこまで上手くは行かなかった。
「コイツは強い。これ以上時間を掛けては警備がやって来る。負ける気は無いが、すぐには勝てん。一端退いて機会を待つ」
「『影刃ミロ』も存外不甲斐無い。力量も計れんのなら廃業した方がいいぞ?」
悠は挑発目的でミロに言葉を掛けたが、ミロは悠の真意を見抜き乗ってこなかった。
「挑発には乗らんよ。だが、ユウ・・・貴様は我が殺す。最早依頼など関係無い。これまで生きて来て、ただ純粋に殺したいと思ったのは貴様が初めてだ」
ミロの額から一筋の血が流れ落ちた。冷静に見えるが、その目だけは闘争心で熱く燃えている。
「やめておけ、無駄な人生を歩む破目になるぞ?」
濃密な殺気のぶつかり合いに、周囲の空間が歪んでいる様にベロウには感じられた。残念だが、まだ自分が及ぶ世界では無いと悟り、それでも必ずそこまで上がってみせると目に闘志を宿らせた。
「ならばバローとか言ったか? 貴様は俺が殺そう。ミロ様の右腕であるこのキリギスがな!!」
「随分細い右腕だな? 思わず斬っちまう所だったぜ」
「減らず口を!! 覚えていろよ!!」
そう言ってキリギスは懐から玉の様な物を取り出すと、それを地面に叩き付けた。すると周囲が一瞬、閃光に包まれ、悠とベロウの目を眩ませた。
「チッ!?」
「ッ!!」
ベロウは咄嗟に腕で目を保護したが、それでも急激な光量の変化に追撃を掛ける事が出来なかった。くぐもった呻き声と金属音がした気がしたが、腕をどかした時、目の前にはもう悠以外誰も居なかった。
「逃がしたか、ユウ?」
「ああ、元より逃げに徹されては奴を捕らえるのは困難だろう。雑魚を削るのが精々だな」
その言葉にベロウが周囲を見回すと、死体が一つ増えていた。悠はキリギスが地面に玉を叩き付けた後、目を閉じたままキリギスともう一人の手負いの男に残った投げナイフを投げつけていたのだ。キリギスは危うい所でダガーで弾いたが、怪我をしていた男は避けられずに今度こそ急所にナイフを食らって事切れていた。
「よくやるよ、お前さんは。・・・はぁぁ、死ぬかと思ったぜ」
ベロウは大きく安堵の溜息を付いて剣をしまった。まさか自分がミロと『影刃衆』に襲われて生き延びるどころか快勝を得た事が未だに信じられなかったが、ともかくは勝ったのだ。
「安心など出来んぞ、バロー。これからは俺も、そしてお前も奴等のターゲットだ。早く強くならんと殺られるぞ?」
悠の言葉にベロウの顔が青くなる。
「ちょ、冗談じゃねぇ!! ミロはお前が責任を持って片付けろよな、ユウッ!!」
「そのつもりだ。先程はああ言ったが、『影刃』の名は伊達では無かった」
ベロウが悠をまじまじと見ると、肩に少量の血が滲んでいる。ミロの攻撃が少しだけ悠を掠めていたのだ。
「・・・次に会う時で最後にしたいもんだな」
ベロウの呟きが風に乗って王都の静寂の中に散っていった・・・
あえて悠VSミロ戦ではなく、全体像の見えやすいベロウVSキリギス戦でバトルを書きました。悠の方は後ほど回想ででも。