3-29 弟子への贈り物1
あの後、昼食を食べた一行は体力が尽きていたのもあり、強烈な眠気に襲われたのだった。アルトなどは食事の後半には食べながらフラフラする様な状態であったので、食休みとしてしばらくギルドで休んでいく事にした。
悠が寝ている者達の護衛をすると言う言葉に甘えてビリー、ミリー、アルトの3人はすぐに眠りに落ちてしまった。
「バロー」
「なんだ?」
悠は今の内にと思い、一人起きているベロウに袋に入った金貨を2枚渡した。
「これは・・・?」
「冒険者として稼いだ金だ。大半は子供達の為に使うが、お前も自分で使いたい事があるだろう。好きに使え」
ベロウは思わず絶句して悠を見つめた。そして慌て気味に悠に尋ねて来る。
「い、いいのかよ? 娼館でパーッと使っちまうか、全部飲み潰しちまうかもしれねぇんだぜ?」
「大の大人がどう自分の金を使おうと俺の口を出す事ではない。俺の友人の一人にも花街が好きな奴がいた。男には必要な物だろう」
その言葉はベロウには意外だった。てっきり悠は男女関係には厳格なのかと思っていたのだ。
「へえ・・・ユウの口からそんな言葉が出るとはな・・・俺はその辺はうるさいのかと思ってたぜ、お前さんは」
「俺とて木石では無い。美味い飯を食えば美味いと思うし、美しい女を美しいと思う事もある」
悠は自分の言葉に反応して脳裏に誰かの影が浮かびかけたが、途中で打ち切って言葉を続けた。
「今後も報酬の一部はお前の物だ。いい女を抱きたいのなら、精々励むんだな」
「へっ、ありがたく頂戴しておくよ。こちとら随分ご無沙汰なんだ。なんなら一緒に行くか、ユウ?」
ベロウの誘いに悠は首を振った。
「俺はいい。相棒曰く、俺にはデリカシーが欠けているらしいからな。女は怒らせるとやっかいだ」
《誰の事を言っているのかしら、ユウ?》
男2人の下世話な会話を聞いていたレイラが刺々しい口調で口を挟んだ。
「みろ、俺が話すとこうなる」
「プッ・・・ハッハッハッハッハッ!! 分かった、分かったよユウ。お前も苦労してんな!!」
そのやり取りを聞いて、ベロウは大笑いしてその話題を引っ込めたのだった。
さて、それからアルトが目を覚ましたのはたっぷり3時間も経ってからだった。ビリーとミリーは2時間近く経った時点で目を覚まし、今日の復習をしたいといって悠達と別れた。
アルトは最初、悠にもたれ掛かって寝ていた事に動揺したが、自分が3時間以上も寝ていた事を知ると、その動揺に拍車が掛かった。
「ゆ、ユウ先生! は、早く行きましょう!!」
「落ち着けアルト、どうせ今日は後は武器屋に行くだけだ。帰るまでには時間があるから焦るな」
「あ、そ、そうでしたね・・・」
アルトは寝過ごした人間特有の理由の無い焦燥感に駆られる心を深呼吸をして落ち着けた。
「・・・もう大丈夫です、行きましょう」
「ああ、では行くとしよう。バロー、行くぞ」
「ん? ふぁぁああ・・・うし、いいぜ」
軽く仮眠を取っていたベロウは悠の声にすぐに起き、あくびを一つして目を覚ますと、首を揉みながら立ち上がった。
結局、あれから悠達に絡もうとする様な者は現れなかった。運ばれていく男の様子を見て、ギルド内に居た全ての人間は悠達に係わり合う事を敬遠し、悠も特に弁明する気も無かったので、途中で店員に心づけを渡してテーブルを確保し続けた事を抜かせば、誰も話し掛けて来たりはしなかったのだ。
悠はギルドから出る前にカウンターに立ち寄り、今日の分の報酬を受け取りにいった。
「エリー、今日の分の報酬を貰いたいのだが?」
「あ・・・ユウさん。で、では、依頼者のサインをお願いします」
エリーも先ほどの悠の所業に多少動揺を残していて、対応がいつもよりぎこちないものになっていた。
「済まんな、怖がらせたか?」
アルトに横でサインをして貰いながら、悠はエリーに問い掛けた。
「・・・少しですけど、はい・・・」
エリーは正直に自分の気持ちを答えた。エリーとて荒くれ者が集う冒険者ギルドの受付を勤める者であり、多少の荒事には耐性があるが、あそこまで一方的で容赦の無い暴虐は初めてであった。まして20を超えている様に見えない女性であるエリーの気持ちを考えれば、怯えるのも無理は無い。
悠は自分の対応が間違っていたとは思わないが、配慮に欠けた行為だったかもしれないとは思ったので、エリーに謝罪した。
「悪かった。次はもう少し穏便に済ませる事にする」
そう悠に言われてエリーは思わずキョトンとした顔で悠を見返し、その後慌てて手を振った。
「い、いえいえ! あの人はユウさん達の命を狙いました。本来なら殺されても文句は言えない所です。でもユウさんは情報を引き出す為に殺さずに対処したんじゃないですか?」
「確かにそうだが・・・その過程は女子供に見せる様な物では無かったからな」
悠はあのまま取り押さえた時にベロウに斬らせても良かったが、今後同じ事が起きないとも限らないので、痛めつけて情報を絞り易い様にしたのだった。途中で毒を飲むのを拒否した事から、命を賭けてまで『黒狼』に義理立てしたりしないだろうという予測もあった。
「私もまだ未熟ですから怖い物は怖いですけど・・・ご協力には感謝します。ありがとうございました」
そう言ってエリーは丁寧に悠に頭を下げた。
「分かった、こちらこそありがとう。・・・君は、いいギルド職員になりそうだな」
その悠の言葉にエリーは少し顔を赤らめて、ようやくぎこちなさの取れた笑顔で応えたのだった。




