3-24 修練と成長5
「まだ始まっていないから構わんが、どうかしたのか?」
その悠の言葉に2人は決まりが悪そうに顔を赤らめた。
「実は・・・」
ビリーが言うには、昨日聞いた悠達の話の感動が忘れられず、夜遅くまでミリーと2人で昔の悲惨さと今の悠達と出会い、その手伝いが出来る幸運について話し込んでいたら寝坊してしまったのだという。
「・・・」
悠としても半分ほど嘘の話で感動させてしまった手前、どう言ったものかと思ったが、掛ける言葉も見つからないので黙ってしまった。そんな悠を見て2人は更に恐縮してしまう。
「お、怒ってますか、アニキ?」
「本当にごめんなさい! 今後、こういう事が無い様にしますから!!」
ペコペコと頭を下げる2人を制して、悠は頭を上げさせた。
「だからまだ始まっていないのだから謝るな。そろそろ稽古を始める。切り替えないと怪我をするぞ。・・・エリー、サインした紙は置いていく。ではな」
悠は強引に話を切り上げて、エリーに昨日ベロウが書いているのを見て覚えた自分の名前をサインした紙を渡し、訓練場に向けて歩き出した。ビリーとミリー、そしてアルトも慌ててその背中を追いかける。
「あ、はい、お気を付けてー!」
エリーはそのサインを確認して悠達に手を振って見送ったのだった。
「まずは柔軟をしておけ、追々バローも来るだろう」
「「「はい!」」」
3人は素直に悠の言葉に従い、その場で柔軟運動を始めた。悠も言った後で柔軟をして体を動かす準備に入る。
「ふぎぎぎぎ・・・」
アルトは少し体が硬いらしく、体を折り曲げて手で足先に触れようとしているが、あとほんの少しで届かないもどかしい思いで必死に柔軟をしている。
「アルト、焦って無理に一気に伸ばすな。息を吐きながら、少しずつ伸ばしていくんだ」
「はいっ・・・ふーっ、ふーっ、ふーっ・・・あ! と、届きました!」
息を止めると体が硬直する上、肺の空気が邪魔になるので、呼吸はスムーズに行う様に悠がアルトに言うと、ほんの少しだけ伸びる範囲が増えたアルトの指先がつま先に触れていた。
「これは毎日やるように。体が硬いと怪我もしやすい。アルトくらいの年ならすぐに柔らかくなるだろう」
「はい、ユウ先生」
隣でそれを一緒に聞いているビリーとミリーも悠の指導通りに柔軟を続けていった。
「なるほどなぁ・・・そんな事、俺も気にしてなかったかも」
この世界にはまだ関節の可動域の話などは良く知られていないが、激しく動く前に体を軽い運動で暖めると動きが良くなったりする事は経験から知られていた。特に体術を得意とする者は蹴りなどは体が柔軟で無いと上段攻撃が出来ないので、体を柔らかくするのは技の習得の為に必須なのだ。
柔軟運動も半ばになった時、遅れてベロウがやって来た。
「こっちは終わったぜ、ユウ」
「そうか、ご苦労だった」
ベロウも体を動かしながら悠に伝えると、悠もそれを労った。
「ギルド長は早速訪問の準備らしい。また悠と手合わせしたいってぼやいてたぜ?」
「ギルド長がそうそう冒険者と手合わせをする訳にはいかんだろうに」
「ああ、結局あのサロメとかいうおっかねぇ姉ちゃんに釘を刺されてたぜ」
コロッサスにも色々発散したいものがあるのだろうが、その様子を思い出してベロウは笑いながら告げた。
「バロー、とりあえず少し走ってから指導に入るつもりだが、どうする?」
「俺はまずビリーを見ておこう。ユウはアルトとミリーを頼む。アルトも少し基本から教えた方が、剣の上達も早いだろ?」
「そうだな、分かった」
2人は簡単に指導の方針を決めて、また柔軟に取り掛かった。
しばらくそれを続けた後、訓練場を5人は走り始める。
「ビリーとミリーには言うまでも無いが、戦いにおいて体力は非常に重要な要素だ。アルト、先ほどの柔軟とこの走り込みは必ず行う様にな」
「はい、わ、分かりました」
軽く息を弾ませながらアルトは答えた。
訓練場は1辺100メートル程度の正方形の空間で、1周すると大体400メートルくらいある。そこを無理の無いペースでアルトは5周、他の者達は10周走って走り込みを終えた。
「ではアルト、ミリー、これから俺が教えよう。ビリーはバローについてくれ」
「「「はい!」」」
そう言ってアルトとミリーが悠の下にやって来た。
「まずアルトには一人でも出来る様に基本的な型を教えよう。良く見ておけよ」
「はい!」
悠は軽く半身になると、顔の前に両手をそれぞれ握って構えた。いわゆるファイティングポーズだ。
「左手をこのまま真っ直ぐに突き出せ。そしてすぐに戻す。拳は強く握り過ぎない様に。腕が伸び切る瞬間だけ強く握るんだ」
「は、はい・・・えいっ!」
アルトがふにゃりとした軌道でパンチを放つ。
「アルト、早くやろうとしなくていい。まずは正確に打て。一直線に軌道を描くんだ」
「はい・・・こう、ですか?」
悠の言う通りに速度は落として先程よりも真っ直ぐ打つ事に気を付けると、今度は軌道がぶれずにパンチが放たれた。
「そうだ。とりあえず正確に100回、それを繰り返してみろ。体が覚えるまでな」
「分かりました!」
それからアルトは一心不乱に悠の言う通りに左のリードブロー・・・いわゆる『ジャブ』の練習を始めた。
それを確認した悠は今度はミリーの方に向き直る。
「ミリー、短刀を借りてくる。的の前で待機していろ」
「はい!」
若干の緊張を顔に浮かべてミリーは悠を見送った。
さて、どこまで詳細に格闘技の解説をすべきか悩む所です。