3-21 修練と成長2
「お、相変わらず早ぇな、ユウ。っと、若様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、バロー先生。もう武術を習っている時は呼び捨てにして下さい。ユウ先生にもそうして貰っています」
その言葉にバローは悠を見た。
「アルトにはもう多少の手ほどきをしている。本人の希望通りにしておこう」
「俺は敬語のままの方が気が楽だったがなぁ・・・ま、しゃーねぇ、アルト、俺は口が悪いが大丈夫か?」
昨日からのベロウの言葉遣いしか知らなかったアルトは多少面食らってはいたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「だ、大丈夫です!」
「先生つっても、俺も昨日はギルド長にさっさとやられたからなぁ。ユウ、少し手合わせいいか?」
体を捻りながらベロウは悠にそう聞いて来た。
「構わんぞ。だが、昨日のは仕方が無いと思うがな。相手も悪いが、ギルド長の技とノースハイア流の技は相性が最悪だ。一撃を重視するノースハイア流はあのカウンターの絶好の餌食だろう」
「ああ、あれを突破するにゃ、ギルド長の反応を超える速度を出すしかねぇ。遠間からなら戦いようもあるだろうが、俺は剣士だからな」
ベロウは剣を振りながら悠に答えた。ノースハイア流では一撃の重さは重視するが、速度に関しての技術はそれに及ばないのだ。
悠はベロウの剣の型を見ながらいくつか気付いた事をアドバイスする事にした。
「バロー、力を少し抜け。そして斬る瞬間だけ力を込めてみろ」
「ん?こ、こうか?・・・フンッ!」
悠のアドバイスに首を捻りながらもベロウは言われた通りに振ってみると、剣は先程よりも明らかに鋭く振れていた。空気を切り裂く音も濁りが少なくなっている。
「おっ!速くなったぜ!?」
ベロウはその感触を確かめる為に何度も剣を振った。
「アルト、これもさっきの事に通じるものだ。力とはただ込めればいいものでは無い。必要な時、必要なだけ力を込める事で、スムーズに技を繰り出す事が出来る。緊張と弛緩の区別を付けろ。もっとも、すぐにバローが出来る様になったのは、バローの剣士としての下地があっての事だがな」
「は、はい!」
「どうやら俺も自分が教えている時以外はユウの指導を受けた方が良さそうだな・・・」
見よう見真似で拳を突き出すアルトを横目にベロウはそう呟いた。
「ふ、どうせならノースハイア流を改良して自分だけの剣術を作ればいい。1年も修行すればギルド長をいい勝負が出来るようになるだろう」
「ま、マジかよ!?」
ベロウの瞳に久しく感じていなかった闘志が宿り始めた。それなりに強くなった時点で更に強くなる事を諦めていたベロウにとって、その言葉は麻薬の様にベロウの心を揺さぶったのだ。
「その代わり、楽ではないぞ?俺が本気で指導して泣きが入らなかった者は・・・今まで2人しか居なかった」
悠はその泣きの入らなかった2人である雪人と仗の事を思い出していた。雪人は生来の負けん気の強さと柔軟さがあり、更に悠に弱みを見せたくない心理が働いたので我慢していたのだが、仗はどれだけボロボロにされようとも決して諦める事は無かった。いつも悠と仗の手合わせは仗が気絶するまで続き、周囲も破壊されるので軍本部から自粛命令が出たほどだ。
(あの俺に輪を掛けて不器用な男は今頃どうしているだろうか・・・)
悠は試行錯誤して剣と拳を振るう2人を見てそんな事を考えた。
――最近、轟鳳将が変らしい。
そんな噂が軍の内部に広がり出したのは、つい最近の事だ。
ようやく覚醒したミドガルドに仗は『再生』を強要した。
《おい、今『再生』なんぞ使ったら、俺様はまた低位活動モードに落ちちまうぜ?》
「構わねぇ、しばらくは俺が必要になる事もねぇよ。だから今の内にしておきてぇ事をしておこうと思っている」
《フン、寝てばかりとは気に食わん。いつの間にかレイラもユウも居やがらねぇ。雑魚の竜など相手にする気も失せるぜ》
「その悠のダンナが言ってたんだよ。もっと強くなりなりたけりゃ、色々やってみろとさ」
《・・・ほう、奴がか。ならば存分に試せばいい。それが俺様の力になるんならな」
そう言ってミドガルドが『再生』を発動すると、黒い靄が仗を包んだ。そのまま待つ事1分程。靄が晴れた後には傷を癒した仗の姿があった。
《じゃあな、またしばらく俺は寝るぜ・・・》
治療が終わると同時にミドガルドの声が途切れる。低位活動モードに入ったのだろう。
「・・・しっ」
拳を握ったり開いたりして、仗はどこにも体に異常が無い事を確認して病室出て、即日退院し軍に復帰した。
軍で仗を見かけた者達は「ああ、短い平和な時間が終わったな」と溜息をついたが、退院してからの仗は不気味なほどに大人しかった。近寄り難い雰囲気なのは相変わらずだが、誰彼構わず組み手を要求する事も無く、ただ訓練場の壁に寄りかかって腕を組み、何かを考え込んでいる。
「どうしたんだ轟鳳将、まるで元気が無いじゃないか?」
「おかしいな、入院してる間中暴れてたって聞いたけど・・・何かあったのかな?」
「でも声を掛けると組み手になりそうで声を掛けられねぇよ」
そんな事を竜器使い達が話している中に、亜梨紗と燕、そして蓮が入って来て、訓練場の空気がおかしい事に気付いた。
「なんだ、この雰囲気は?」
「あっ!亜梨紗、轟鳳将が居るよ・・・でもなんか大人しいね?」
「それでこの雰囲気だったのね」
《話に聞いていたのと随分違うね?亜梨紗、後輩として挨拶するべきじゃないのかな?》
ウィナスに言われるまでも無く、亜梨紗も新米竜騎士として仗には一度挨拶をしなければならないと思っていた。それで戦闘になっても・・・まぁ、新米への洗礼として、甘んじて受けるべきだろうと覚悟も決めた。
亜梨紗は仗に近づいて行き、正面に立つと敬礼をして仗に口上を述べた。
「ご退院おめでとうございます、轟鳳将。私はこの度竜騎士を拝命しました千葉 亜梨紗戦闘竜佐であります。今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願いします!」
「千葉の妹か・・・」
仗が閉じていた目を開けて体を壁から離す動作を見ただけで、周囲の軍人達は一歩退いた。まるで眠る獣が目を覚まして立ち上がった様に感じられたのだ。
「一つ聞きたい」
その言葉に亜梨紗のみならず、燕や蓮も固唾を飲んで身を硬くした。問答が気に入らなければ殴られるのだろうか。いざという時は3人がかりで・・・と考えていた燕達は、次の言葉に意表を突かれた。
「お前、料理出来るか?」
「は?」
質問の意図を測りかねて亜梨紗は思わず間抜けな声を出してしまった。仗は聞き損じたのかと思い、再度同じ質問を繰り返した。
「だから、料理出来るのかって聞いてんだよ」
「え・・・あ、いえ、そ、それほど出来ません」
「そうか・・・そっちの2人は?」
そう言って視線を亜梨紗から燕と蓮に切り替えて今度は2人に問いかけて来た。
「え?あ、あたしは多少出来ます」
「私も人並みには出来ますけど・・・?」
その答えを聞いて仗は2人に爆弾発言を放った。
「そうか、じゃあ悪いが俺に料理を教えろ。今日はその為の人間を探しに来たんだよ。日は追って知らせる。じゃあな」
それだけ言うと仗は誰も反論出来ないまま訓練場を出て行った。
残された亜梨紗達の頭の中には疑問符で一杯になっていた。
「ど、どういう事?料理?料理って言ったよね?」
「おおお落ち着いて燕。な、何かの聞き間違いよきっと!「お前を近い内に料理してやる」っていう隠喩じゃないかしら?」
「発想が怖いよ蓮!?」
「いや、確かに料理を教えろと言ったぞ、轟鳳将は。一体どういう事なんだ・・・?」
取り残された3人は答えの出ない問題の頭を抱えるのだった。
久々の4人組&仗でした。料理教室はどこかに閑話でも作って書きまする。




