3-18 フェルゼニアス邸へ7
「今日はここまでにしておきましょう。私も色々考えたい事がありますからね」
「この恩には必ず報いよう、ローラン」
「言い辛いが、仕方ねぇか・・・頼んだぜ、ローラン」
2人の言葉にローランは顔を綻ばせた。
「ふふ、いいものですね、対等に口を聞いてくれる友というのは。今では私の名を呼ぶのは妻か陛下くらいですからね。それにバロー、君もその口調の方が似合っているよ」
「勘弁してくれ、小心な俺は今だって胸が張り裂けそうなんだぜ?」
そう言って笑いあって、3人は別れたのだった。
「バロー、助かった」
メイドに案内されて部屋に付いた時、それぞれの部屋に入る前に、悠はバローに先ほどの礼を言って頭を下げた。
「お、おい、止めろよ。俺だって他に居場所がねえんだ。俺は、じ、自分の為にやっただけだぜ」
悠に丁重に扱われた事の無いベロウは挙動不審になり、しきりに廊下でキョロキョロと首を振っていた。
「・・・それなんだが、お前が望むなら解放してもいい。他の皆に何か言われても俺がなんとかしよう。どうする?」
その言葉にベロウはぴたりと首を止めて、信じられない物を見る目で悠を見た。
「ど、どうしたんだよ急に?俺はもうお払い箱か?」
「俺が思うほど、お前は悪人では無かったようだ。そしてこの道中、お前は色々と役に立ってくれた。俺も随分助けられた。その礼だと思ってくれていい」
ベロウは不覚にも涙が出そうになって慌てて上を向いた。正体不明の感動が今、ベロウの胸を満たしていたのだ。
ずっと逃げたいと思っていたのに、ずっと戻りたいと思っていたのに。いつの間にかベロウには昔の生活が色褪せた絵の様に感じられた。
自分は今、冒険者という仕事に魅力を感じている。憧れの剣士であるコロッサスに修練を積んで再戦したい気持ちもある。首に縄を付けられず、自由に生き、未知への探求へ駆け出したいと思っている。認められて喜んでいる。そして――この神崎 悠という男と離れ難いと思い始めている。
ベロウは自分の頭の中にある思いを順に並べていくと、最後にはそんな答えが出た。
(そうか、俺はこの今まで見た事が無い男を面白いと思い始めていたのか・・・)
ベロウは未知を好んだ。やってくる子供達は見た事も無い薄い金属とガラスの箱や、後ろを押すと簡単に字が書けるペンなど、この世界に無い物を持っている者も居た。だからこそ召喚の間に配属を希望したのだ。
そして目の前の男はベロウの生涯最高の未知だった。魅力を感じないはずが無かったのだ。
それでも口に出してそれを言うのは気恥ずかしかったので、ベロウはいつもの様に憎まれ口を叩くしか無かった。
「へっ、言っておくがな、ユウ。お前がいくら強くても、人間である以上、頭は一つだし、手は二本しかねぇんだぜ?だからよ・・・もうしばらくは手伝ってやるよ」
それだけ言い捨てて、ベロウはすぐに部屋の中へ入ってドアを強く締めた。これ以上この話を突っ込んでくれるなという合図でもあった。
それを見た悠は、彼を知る者にしか分からないほど、ほんの微かな笑みをドアに送ったのだった。
《お疲れ様、ユウ》
「ありがとうレイラ。今日は上手く事が進んで良かった。ローラン様のご協力を得る事も出来たし、もうしばらくで子供達も少しは外に出られる様にしてやれそうだ」
人目に付かない場所に『虚数拠点』を設置するのは思ったよりも難儀な事だった。人が暮らしている以上、その土地は誰かの物であり、もしそうで無い場所があったとしても、それは人里から離れ過ぎているか、危険で暮らすのに適さない場所かのどちらかである事が多いのだ。
それにしても事の多い日ではあった。
まずミーノスに来る途中に襲われているローラン一向を助け、『黒狼』を退けてローランやアルト、ビリー、ミリーと知り合った。その関係も初対面から1日も経たずに大きく変化している。ローランは友と呼べるほどに親しくなったし、協力も約束してくれた。その息子のアルトとはしばらくは師と弟子の関係だ。ビリーやミリーはいつの間にか悠達を兄貴分として尊敬の眼差しを送ってくる様になっている。
ギルドでは『黒狼』の一味に絡まれ、ガーランを取り逃がした。偶然とはいえ奇妙な縁である。そしてコロッサスとの出会いと戦いで、この世界の強者のレベルを確認出来た。現役の頃であればもっと手強かったであろう。
そして冒険者の登録を済ませ、冒険者としての第一歩を刻み、生活の基盤も出来た。
金銭や装備の事も上手く事が進んでいた。胡椒は良い換金材料になったし、『冒険鞄』はこれからの生活には欠かせない運搬手段になるだろう。出来ればもう何個か手に入れておきたいと思う品である。ベロウの装備も整い、いつでも依頼を受けられる体制を整える事が出来た。
そして何より、この一日でベロウが予想以上に役に立ってくれた。調子に乗るのが玉に傷だが、交渉能力は高く、貴族を相手にしても礼儀を欠かない教養もある。人並み以上に剣も使うし、性質も徐々に良い方に傾き始めている様に感じられた。
《あのベロウが土下座までしてユウを手助けするなんて思わなかったわ。人は変われば変わるものね》
「元よりベロウはそれほどの悪人では無かったからな。俺も人の心の中の事までは分からんが」
それに加えて、『竜ノ瞳』の事もある。
オーラが赤いからといって、必ずしも生粋の悪人であるとは言えないという事だ。ナナやナナナが言っていた様に後天的な要素も相当に大きいのだろう。ただ、初見での参考にはなるので、色の濃淡にも注意を払って今後も活用していくべきだと思われた。
「明日からもまたやる事は多い。依頼の報告もせねばならんし、宿も探さねばならん。恵に頼まれた布や食料品の買出し、それにビリー、ミリー、若様への指導もある。文字を覚える為の本もいくつか入手したいからな」
《いつも通り『心通話』を試してから寝ましょうか》
「そうだな、そうしよう」
今日一日の事、そして明日の事に思いを馳せながら夜は更けていった。
ちょっとしたまとめ回ですね。