3-17 フェルゼニアス邸へ6
「いやはや、なんとも面白い人達と知り合えたものです。こういうのを不幸中の幸いと言うのですかね?」
風呂から上がった一同は談話室に場所を移して寛いでいた。なお、ミリーは遅れて風呂に入っており、アルトとビリーは明日に備えて自分の部屋へと帰っていた。
「こちらこそ、ミーノスで最初に縁を結べたのがローラン様だったのは僥倖でした。貢ぎ物が出来るほど私達も潤沢な資金を持っている訳ではありませんでしたから・・・」
ベロウが自分達の状況を匂わせる発言に、ローランが乗って来た。
「・・・何か事情がおありのようですね。よろしければお話願えませんか?ここは密室ですし、他言はしないと誓いましょう」
「・・・・・・ユウ、ローラン様にならお話してもいいんじゃないか?」
「・・・」
悠もローランが信頼に値する貴族だと思えたが、『竜ノ瞳』で見る限りでは、ローランは若干の悪人のはずである。その事が悠には引っ掛かっていた。しかし、この様な権力者と懇意になる事が出来れば、悠の一つの懸念が解決するのも確かである。
悠は珍しく迷っていたが、まだ使い慣れない『竜ノ瞳』よりも、自分達に見せてくれたローランの好意を信じる事にした。
「実は・・・」
そこで悠は子供達や自分が異世界人である事は伏せて、事情ある子供達を匿っているという事に話を止めた。ノースハイアも表立って子供達の捜索は出来ないはずであるし、他国まではそうそう手を伸ばす事も簡単では無いだろうという思惑もあった。
「ローラン様、自分はその子供達の為に安全な土地を探しております。あまり人目に付かず、ある程度開けた場所であればどこでも構いませんので、お心当たりはありませんでしょうか?」
悠は安全な土地を欲していた。人目に付かない場所はどのような危険があるか分からず、逆に人目の多い場所では人間が信用ならない。『虚数拠点』を安心して設置出来る土地を探す事は悠の急務の一つだ。
これには流石にローランも即答はせず、酒に口を付けてしばし考え込んだ。
一口飲んで目を閉じ、様々な状況を想定し、そして悠に尋ねた。
「・・・その子供達の事情とは、ノースハイアの『異邦人』である事ですか?」
ローランの洞察に、悠はほんの少しだけ同意の頷きを送った。
それを見たローランが再び目を閉じる。
「・・・申し訳ありませんが、ご協力は出来ません。私もミーノスの人間です。拡大政策を続けるノースハイアの『異邦人』を匿う事は許されない事です。もしその子達がミーノスに居ると知れたら、ノースハイアは必ずやミーノスに攻め込んで来るでしょう。他ならぬ『異邦人』を使って」
ローランの顔には苦い表情が広がっていた。しかし、悠はその懸念を払うべく言葉を続けた。
「ローラン様のご懸念は分かります。しかし、ノースハイアにはもう『異邦人」はおりません。そして、二度と新たな『異邦人』は現れないでしょう」
「どういう・・・事ですか?」
その断言する口調にローランが怪訝そうな顔で悠に問い掛けた。
「竜騎士なる人物により、ノースハイアは『異邦人』召喚の魔道具を奪われました。更に、王もその竜騎士に痛めつけられて改心したようです。少なくとも、これまでの様な拡大政策は不可能な状態であると言えるでしょう」
「何ですって!!!」
事の重大さに、ローランは思わず椅子を蹴って立ち上がった。それも無理は無い。20年来続いて来た国の政策が突如として立ち消えるなど、普通に考えればありえない。それを成したのが竜騎士などという得体の知れない人物であり、更に召喚を支えていた魔道具が奪取されたなど、到底信用出来る話では無かったのだ。
「ユウさん、私の目を見て今の言葉を誓えますか?」
「天地神明に掛けて、今の言葉に偽りは無いと誓いましょう」
ローランは来客用の優しげな仮面を脱ぎ捨て、ミーノス王国の重鎮、フェルゼニアス公爵としての顔で悠を見つめた。その視線は苛烈な意志を放っていて、後ろ暗い所のある人間には到底耐えられない様な鋭い眼光を持って悠を刺し貫いた。
しかし、悠の目は何の動揺もせずにその圧力を受け止めた。それどころか、その深海の奥深くを思わせる様な瞳に、圧力を放っていたローランの方が引き込まれそうになったくらいだ。
「・・・・・・俄かには信じ難い話です。が、ユウさんは嘘を付いている様子もありません。ならば、真実なのでしょうね・・・」
「永住する土地を求めての事ではありません。長くても2年。それだけあれば、子供達は安全な場所へ逃がせます。どうか、子供達にしばしの安住の地をお与え下さい」
ローランは難しい顔をして黙り込み、その思考の天秤を揺らしていた。個人の感情としては勿論悠の恩には報いたいとは思えど、公人としての立場では決して頷く事の出来ない話だ。
「どうしても聞けぬというのなら諦めましょう。しかし、迷っておいでであるのなら、自分の頭で良ければいくらでも下げましょう――この通りです。なんとかなりませんでしょうか?」
そう言って悠は床に正座をすると、額を床に付けて深々と土下座をした。
「!ゆ、ユウさん、頭を上げて下さい!!」
「自分は今相当無理な事を言っているのは分かっています。それでも頼むからには、筋は通さねばなりません」
「ユウ・・・」
ローランとしても恩人の悠にここまでされては流石に良心が咎めたが、だからと言ってすぐにはいそうですかと頷けもしないのだ。断りたくない、断らなければならない、だが、けれど、しかし・・・いくつもの思考が頭を悩ませる中、最後の一押しをベロウが手助けした。
「ローラン様っ!!」
ベロウも悠に倣って両手を床に付けて頭を下げると、ローランを説得するべく言葉を紡いだ。
「ローラン様が願う事を、我々が出来る事ならなんでも一つお聞きします!悪事を働く事は出来ませんが、正当な願いであるならば、例えドラゴンを狩って来いと仰られるなら狩りましょう!魔族の地に潜入しろというなら行きましょう!貴重な宝石を持って来いと言うなら岩山さえ穿ちましょう!もし糾弾されましたら我等を切り捨てても構いません!ですからどうか、ユウの願いも一つだけ聞いてやっては頂けませんでしょうか?」
ベロウは自分で言葉を紡ぎながらも何故このような事を自分がしているのかよく分からなかった。悠との初対面では右手を千切られ、その後は酷使され、扱いも悪かった。
しかし、悠はその気になれば暴力でローランに自分に従わせる事が出来るはずなのに、一向にその様な気配は無かった。息子であるアルトを人質にしたっていい。
それでも非道、外道な手段を用いず誠心誠意を尽くす悠を見て、ベロウの心のどこかでほんの微かに何かの感情が動いたのだ。目の前の男を助けてやりたいと思えるような感情が。
その言葉を聞いてローランは不意に顔から力を抜いて、悠に尋ねた。
「・・・最後に一つお聞きします。悠さん、貴方は何故子供達の為にそこまでするのですか?貴方にそこまでする義務はないはずです。答えて下さい」
悠に言える事は一つだけだ。
「恐れながら閣下、大人が子供を、人が人を助けるのに何か理由が必要なのでしょうか?」
「・・・・・・・・・分かりました、詰まらぬ事を聞きました、許して下さい」
そうなのだ、この目の前の男は見ず知らずの自分達ですら何の迷いも無く助けに来てくれたのだと思い出したローランは、片膝を付いて悠の肩に手を置いて言った。
「私が力の及ぶ限りではありますが、領地のどこかに土地を探しておきましょう。見つかったらご連絡します。ですから、立って下さい」
「・・・・・・感謝致します、閣下」
そう答えて悠とベロウが立ち上がると、ローランは2人に手を差し出した。
「長い付き合いになる事を祈っていますよ、お2人共。そしてこの3人だけの時は是非ローランと呼び捨てにして欲しい。敬語も要らないよ。・・・友は、名で呼ぶものでしょう?」
「・・・ええ」
「はい!」
そして3人は固く握手を交わしたのだった。
ちょいと後々手直しするかもです。