1-7 戦勝式典5
「どういう事だ?」
《そのままの意味で捉えて頂いて結構です。今、滅亡の危機に瀕している世界があるのですが、その世界の住人達はその事に気付いていません。そしてその世界は『界』としてかなり下層で・・・ああ、まずその辺りの説明が要りますかね》
そう言ってナナが手を振ると、その場に巨大な立体映像の図が示された。
《そもそも、この世界は多数存在する世界の一つでしかありません。世界はいくつも積み重なっていてちょうどパイの生地の様になっているのです。そしてこの世界はこの図で言うと大体この辺りになります》
ナナが指しているのは頂上から5分の1辺りの場所だった。
《頂上には天界があり、基本的に『界』が上に存在する世界ほどその世界の住人は性質として『善』を持つ者が多く、その魂は天界へと誘導されやすいのです。そしてその魂はその業に沿った世界へ輪廻します。最終的には天界で神や天使として転生する事が人としての善の極地と言えるかもしれませんね。まぁ、それで終わりになるのでは無いですが》
一区切り置いて、ナナは話が浸透するのを待った。
《そして今回神崎竜将にお救い願いたいのは・・・ここです》
そう言ってナナが指したのは、下から5分の1辺りの場所だった。
《頂上に天界がある様に、最下層にはそれと対をなす『界』・・・魔界があります。先程の説明に沿うと、下層に位置する世界ほど魔界に誘導されやすい性質である『悪』の因子を持つ者が多く、その魂は魔界に堕ち易くなっています。最終的には魔神や悪魔などに転生し、そうなるともう人としての輪廻からは外れて、未来永劫悪徳に生きる存在と化してしまいます》
そしてナナは一つ溜息をつく。
《人は残念ながら善より悪に染まりやすい性質があります。汚し穢す事は容易く、練磨し浄化する事は難しいのです。そして今救って欲しいこの世界で亡くなった方は、ほぼ例外無く魔界に堕ちます》
「何故だ? その世界にも善人は少ないといってもいるんだろう?」
雪人の疑問にナナは首を縦に振った。
《はい、どのような世界にも一定の善人、悪人は存在します。後天的な要素も大きいですから。しかし彼の世界では誰が死んでも必ず魔界に堕ちてしまうのです。その原因も不明で、その要因を探って頂きたいという理由もあります。それと・・・》
僅かにナナの口調が強張る。
《その世界には他の『界』から多数の人間を強引に引き抜いている・・・強制召喚を行っているのが確認されています。それも、殆どがまだ小さい子供達です。目的は戦争の駒として、です》
その言葉にこの場にいる人間の顔に怒りの表情が浮かんだ。世界レベルでの誘拐、そして殺害の強要などの実態を聞いたのならば無理はない。悠も表情は変えていないが、その胸中は同じだった。
《その強制召喚された子供達の魂すら魔界へと運ばれてしまいます。望まぬままに悪に染まり、人としての生を全う出来なかった彼らを哀れに思いましたら、どうか手を貸して頂けないでしょうか?》
ナナの口調はあくまで真摯で、嘘を言っているようには見えないが、疑問もある。
「大よそそちらの言いたい事は把握したが、なぜ君達が直接手を下さないのか?話を信じるのなら、君達の世界・・・天界にはおよそ人知を超えた存在が多数居るのだろう?」
そう、わざわざ人間などに手を借りずとも、それこそ天界には数多の強者がいるはずなのだ。悠が初めての救世者では無い事はナナの説明からも分かる。
《天界は人の世に直接関わる事は出来ません。精々このようにアドバイスをするのが関の山です。それを破る事は不可能ではありませんが、その場合、その世界を滅亡させる事になります。禁忌を犯すという事は善性に因って立つ私達の存在意義の崩壊に繋がり、その崩壊による世界への影響は計り知れません。生態系が軒並み狂った世界になるか、原子一つ残さない虚無に還るか。また、世界はパイの様になっているため、世界が一つ失われると、そこから上の世界が堕ちてきます。それは物理的な現象としての落下ではありませんが、その衝撃は世界に傷跡として刻まれます。世界的な気象異常や天災、または人心の乱れとして現界し、様々な悪影響を与えます。ですので、世界は人の手によって救われなくてはならないのです》
その説明に雪人は唸った。矛盾は無いが、確かめようも無い事ばかりで情報に価値が無いのだ。最も、神秘を追い求める類の人種には例え命を差し出しても悔いは無い、文字通り世界の真理であるのだが。なので雪人は最後の疑問を問いかける。
「では、何故悠なのだ? こいつは知っての通り、既に世界を救っている。人としての役目は、まぁ、後は結婚して家庭を成す事くらいか。その説明はして貰えると思うんだが」
結婚しての辺りで志津香の体がピクッと動いたが、幸い誰もその事には突っ込まなかった。
《実は・・・基本的に世界を救うのはその世界の住人だけなのですが、彼の世界に勇者の素質を持った者は現在居りません。そしてその出現より世界の崩壊の方が早いというのが天界の見解です。確率にして99.99999・・・%と、呆れるほど9が並んでいましたね》
軽く額に手をやってナナが目を伏せる。
「基本的というと、例外的には?」
《稀に今居る世界から何らかの原因で生身のまま堕ちてしまう者がいます。そのような突発的に界渡りした人物が世界を救う事はありました。界渡りに成功した人物は例外無くなんらかの超常的な力をその身に宿しますから。ただ、大抵は界渡りの衝撃に耐えられず、魂レベルで四散します。そうなると魂の消滅となり、待っているのは完全なる無です》
「では悠もそうなるのではないか?」
《いえ、幸いとはとても言えませんが、彼の世界は強制召喚の多用により界の防護が緩んでいます。神崎竜将だけなら安全に送る事は可能です。お返事をお聞かせ願えますか?》
雪人はちらりと悠に視線を送った。悠は静かな目で雪人を見ているが、その目の奥の熱を感じた雪人は何も言わずに視線を外した。
「・・・済まんが時間をくれないか? こいつは今すぐでも返事をするだろうが、周りの人間、特にこいつと親しくしている人間にはこの顛末を聞かせる必要がある。勿論、途中で聞いた普通の人間に聞かせられない事は喋らないと約束しよう。どうだろうか?」
《その言葉を信用しましょう。では1週間後の正午、この場でお返事を聞かせて頂きます。それと、私の名代としてこの子を置いていきます。まだ聞きたい事もあるでしょうから》
そういってナナが手を振ると、瓜二つの容姿を持つ。少しだけ幼い少女がその場に現れた。
《私の化身でバルキリー77-7です。ナナナとお呼び下さい》
雪人は内心そのネーミングセンスはいかがなものかと思ったが、顔には出さずに感謝を述べた。
「それは助かる。では1週間後に。ああ、それとこの場で眠っている人間はいつ目を覚ますのかな? どう状況を説明したものかと思ってね」
《『妖精の粉』はあと30分ほどで睡眠効果が切れます。前後の記憶も意識も曖昧にさせますので、そのまま閉会宣言をして解散しても大丈夫ですよ。ただ、ナナナは先にどこかに移動させた方がいいでしょうね》
「了解した。では・・・陛下、皇居の客人の宿泊スペースに匿って頂いてもよろしいですか?」
「え? あ、はい、分かりましたわ・・・」
志津香は心ここにあらずといった様子であったが、雪人の要請になんとか頷いた。
「では朱理、秘書官たる君にこの件は任せた。記録の方は頼む」
「はい、真田竜将」
素早く情報を把握した朱理は敬礼を送りつつ、ナナナを連れて皇居へと飛んだ。
《では私もこれにて失礼します。良き返事が聞ける事を期待していますよ》
現れた時と同じくらいの唐突さで、ナナもその存在を掻き消した。