3-12 フェルゼニアス邸へ1
夜が迫る時間帯、悠とベロウはフェルゼニアス公爵家に向けて足を進めていた。
ベロウの体には先ほどまでは身に付けていなかった装備の数々が見て取れる。
素早く強力な一撃を加える事を信条とするノースハイア流らしく全身鎧は身に付けず、胸部を守る胸部鎧と手を守る手甲、脚部を守る足甲のみの装備だ。
本来は兜も被るのだが、視界を制限される事を嫌ったベロウは被ってはいなかった。
そして背中には長めの両刃の長剣を背負っている。
「しかしユウよ、お前さんは手甲だけでいいのか?さっき見た限りだと武器も使えるんだろ?」
ベロウの言う通り、悠は自分の装備としてはベロウと色違いの手甲を一つ買っただけだった。
「バロー、武器を持つ者は武器に心を囚われる。剣を持つ者は剣以外で攻撃する事を制限され、槍を持つ者は槍で攻撃する事に固執するようになる。武器など、その場その場にある物を使えばいい。それより体術を鍛えればどの武器にも対応出来るからな。武器など手の延長に過ぎんよ」
「へっ、達人は言う事が違うわな。凡人の俺にゃあとてもじゃないが真似出来んぜ」
「貴様も思ったより剣を使えるようではないか。だからこそギルド長もⅤ(フィフス)の査定を下したのだろう」
悠もベロウの『重破斬』を見て、確かにベロウが並みの剣士では無い事は認めていたのだ。
「そのギルド長に勝ったユウはどうなんだって話になるじゃねぇか」
「俺は特殊な環境に居たからな。ギルド長くらいの武器の使い手は・・・俺が知っているだけでも20人以上は見た事がある」
「どんな魔境から来やがったんだ・・・」
「俺としては生身で俺と武器を打ち合える人間が居た事の方が驚きだった。無論、どちらも本気では無かったが、ギルド長が本気を出せば俺とて無傷では居られなかっただろう」
《技も一つしか使ってこなかったものね、コロッサスは》
ギルドの中や買い物中は喋るのを控えていたレイラも会話に参加してきた。今は閑静な貴族の住居が立ち並ぶ場所に入ったので周囲に人が居ないのだ。
「レイラには不自由をさせるが、街に居る間は済まんがこれまで通りで頼むぞ」
《分かってるわ、ユウ》
「その事なんだけどよ・・・」
そんな会話を交わす2人にベロウが話しかけた。
「レイラを魔道具って事にしておけば、話しても大丈夫かもしれないぜ?」
「どういう事だ?」
悠の言葉にベロウが説明した。
「魔道具には意思を持った物もあるって話だ。例えば、レイラは自分の意思で結界を張れる魔道具だって事にしておけば、外でも会話出来るかもしれねぇ」
ベロウの言う事は大体において間違ってはいないが、意思を持つ魔道具などはそれこそ金貨100枚出しても手に入らないような高級品である事までは知らなかった。その結果、悠もレイラもそれを了承してしまった。後のトラブルを想像出来なかったのはこの情報不足の状況では仕方が無い事だっただろうが。
「どうする、レイラ?俺はいい案じゃないかと思うが?」
《そうね、私も黙り込んでるだけなのは退屈だもの。喋れるのならそれに越した事は無いわ。バロー、たまには役に立つじゃない。たまには、ですけど》
「そ、そろそろ許してくれねぇもんかなぁ」
《今後の貢献次第ね》
レイラはまだベロウを信用した訳では無かったが、口で言うほど警戒している訳でも無い。『竜ノ瞳』に映るベロウのオーラが徐々に赤みを薄くしているのもその一因だった。
「では今後はレイラも喋っても大丈夫だな」
《ええ、黙っていようと意識すると、黙っているのが疲れるのよね》
そんな事を話しながらゆっくりと進む悠達に後ろから声が掛けられた。
「おーい、ユウさーん」
振り返るとそこに走り寄ってきたのはビリーとミリーだ。恐らくこれからローランの屋敷に行く所だったのだろう。服も綺麗な物に変えている。
「ビリーとミリーか。君たちもこれから行く所か?」
「ああ、俺は本当は貴族の家なんて苦手なんだけどな・・・」
「何言ってるのよ兄さん、これはチャンスなのよ!貴族の方との人脈なんて、普通じゃ望んだって手に入らないんですからね!!」
「わ、分かってるよミリー。・・・全く、お袋より口やかましいぜ・・・」
その言葉に悠とベロウは納得顔になった。似た顔立ちにはそういう事情があったのだ。
「へぇ、お前さん達は兄妹だったのか。どおりで似た顔をしてると思ったぜ」
ビリーもミリーも薄い茶色の色をした髪と目を持っていて、顔のパーツもそれぞれ似通っている。優しげな目をしたビリーと少しつり目なミリーという印象の違いはあったが。
「俺としてはそっちこそどんな関係か聞きたいけどな」
ビリーの言葉にベロウが肩を竦めて見せた。
「それこそただの腐れ縁さ。俺はノースハイアに居たんだが、偶々流れて来たこのユウと知り合ってな。国で燻っていた俺はこいつに触発されて軍を辞めて冒険者になる事にしたんだ。だが、国で冒険者をやるにゃ風当たりが強くてな。はるばるミーノスまでやって来たのさ」
立て板に水と言った風情で嘘を垂れ流すベロウだったが、ビリーはその言葉を信じたようだ。
「へぇ、その年から冒険者を目指すのは珍しいな。俺たちも冒険者になってもう2年になるけど、2人はいくつなんだ?俺は23、ミリーは21だ」
「俺もユウも26さ。逆に、今くらいじゃないともう冒険者をやるにはキツイからな。まぁ、これまで軍に居たおかげでランクも上から始められたし、悪い事ばかりじゃ無かったがよ」
その言葉にミリーが食いついたようだ。
「貴方達、いくつから始められたの?」
「俺もユウもⅤからだ」
ベロウの答えはビリーとミリーを仰天させた。
「な、何だって!?俺とミリーでも、やっとⅣ(フォース)に上がったばかりなのに・・・」
「なぁに、お前さん達だって俺達の年になる頃にはもっと上に上がってるだろ?そんなに驚くほどの事じゃねぇよ」
「・・・もしかして、懇意にしてる審査官でも居たの?」
ミリーは袖の下で審査を緩めてもらった可能性を指摘したが、ベロウは心外そうに首を振った。
「無理無理、だってよ、俺達の審査をしたのはあの有名な『隻眼』コロッサスだぜ?賄賂なんぞ渡したら逆に斬られちまうよ」
「な、なんでギルド長自ら・・・あんた等何者だよ?」
「・・・フッ、正義の味方、さ」
呆然とする2人にそう嘯くベロウだった。
レイラが喋れる様になりましたが、どんなトラブルが舞い込むのでしょうかね。




