3-10 最初の一歩10
「それは依頼か?俺たちはまだ冒険者では無いが?」
「ああ、そうだったな。サロメ、こいつらの冒険者証を早速手配してくれ。バローがⅤ(フィフス)、ユウがⅦ(セブンス)だ」
「バローさんのⅤはともかく、ユウさんはⅦ?どう言った理由ですか?」
歩き出そうとしたサロメだったが、悠の冒険者ランクを聞いて立ち止まってコロッサスに尋ねた。
「ああ、それはユウが強いからギルド長権限で引き上げを・・・」
「ギルド長に特定の冒険者のランクを引き上げる権限はもうありませんよ?あまりに賄賂による不正が多くて廃止されました」
「え?」
コロッサスはその言葉を聞いて10秒ほど固まっていたが、そろそろと悠の方に向き直り頭を下げた。
「す、すまんユウ、昔とはシステムが変わってたらしい。悪いがⅤから始めてくれ・・・ほ、報酬には色を付けるからよ!!」
悠としては特に目立ちたい訳でも無いので構わなかった。
「俺は構わん。・・・ただ、規則くらいは覚えておいた方がいいと思うぞ」
「申し訳ありません、ユウさん。ギルド長の再教育は私がしっかり!責任を持って!!行いますので、なにとぞお許し下さい」
その言葉に悠は頷いたが、逆にコロッサスは顔色を青くして後ずさりしている。
「た、偶々忘れてた事だったんだよ!!だから再教育なんて物の必要は・・・」
「『ギルド長心得五箇条』を全て正確に答えられますか?それが出来るなら再教育は無しにして差し上げます」
それを聞いてコロッサスは必死にギルド長の心得を思い出し始めた。
「うっ、え、えーっと・・・『一つ、ギルド長は常に冷静たれ』『一つ、ギルド長は常に公正たれ』『一つ、ギルド長は冒険者の模範たれ』『一つ、ギルド長は冒険者の庇護者たれ』一つ・・・あれ?・・・一つ・・・・・・最後はなんだっけ?」
「・・・語るに落ちましたね。『一つ、ギルド長は自身のギルドの発展に尽くせ』です。再教育決定ですので、執務終了後は必ず執務室に居て下さいね。定期的に試験をして確認しますから」
「うぐっ」
サロメの非情な宣告にコロッサスはがっくりと肩を落とした。
「では、依頼は『フェルゼニアス公爵への伝言』という事で、それがお2人の初仕事になります。依頼ランクは形式上Ⅴにしておきます。ただの伝言ならⅠ程度ですが、相手が相手ですからね。そしてこれは更に特殊指名依頼として形式を整えてあります」
「特殊指名依頼?」
まだ聞いた事の無い事柄に悠は説明を求めた。
「依頼にはいくつか種類があります。まずはだれでもランクを満たせば受ける事が出来る通常依頼。これはギルドの入り口右手の掲示板に張り出されるものですね」
エリーが説明していたものはこれに当たる。
「次に特殊通常依頼。これは特定の誰かへの依頼ではなく、不特定の者達を招集する依頼です。大きな盗賊の討伐依頼や国からの戦争への参加者の募集、魔物の駆除隊の召集などです。ある程度の数を必要とする依頼です。これも掲示板に張り出されますが、紙に赤い縁取りがしてありますので『赤紙』とも言われます」
多数の冒険者を必要とする依頼と捉えればいいだろうと悠は思った。
「そして通常指名依頼とは、特定の冒険者を依頼人が指名して行う依頼です。ただし、Ⅴ未満のランクの冒険者は対象になりません。一端の冒険者の証とも言え、断る事も当然出来ます。ギルドはあくまで冒険者と依頼人を橋渡しするだけですからね。あと、通常の依頼より報酬が高い場合が殆どです」
ある程度名前が売れてきた冒険者が依頼人に期待されて発生する依頼だと思えばいいだろうか。当然、その分報酬が高くなるのも理解出来る。
「最後が特殊指名依頼です。ギルドがその重要度が高いと認定し、尚且つ特定の冒険者以外に達成が困難であると判断した指名依頼が特殊指名依頼に認定されます。達成すれば、ギルドへの貢献が大としてランクアップも考慮されます。無論報酬も同クラスの通常依頼よりかなり良い条件になりますが、当然難しい依頼が多くなります。また、指名依頼は基本的に内容を他者に漏らしてはいけません。それによって依頼人への不利益が生じれば、罰則の対象にもなりますのでお気を付け下さい」
今回悠達が受ける依頼形式はこれである。つまりローランへの伝言はギルドに重要度が高いと判断されたのだが、それも当然かもしれない。ある意味ギルドの危機なのだ。本来ならギルド長が出張る場面であろうが、コロッサスも就任したばかりでローランとはまだ繋がりも薄い。無論、明日にでも顔は出さなければならないだろうが、先に悠達に話を通してもらって印象を和らげておくのは有効な手段と思われる。それゆえの特殊指名依頼である。
「大体依頼の形式はこの4通りです。お2人の冒険者証はカウンターでお受け取り下さい。他に質問はありますか?」
「俺たちはあくまで公爵への伝言役なんだよな?」
「はい、しかし、説得も視野に入れた伝言です。可能ならフェルゼニアス公爵の言質も欲しいと思っています。ギルドへの責任の追及の意思や、公的な発言での言及ですね。ギルドも当然『黒狼』討伐という形と慰謝料の支払いや損害の補填の準備はありますが、一度落ちた評判を取り戻すのは難しく、最悪ミーノスを追い出される事になるかもしれませんので、公爵の言質は非常に重要なのです」
「新米冒険者には荷が重いんじゃねぇか?」
「お2人はただの新米冒険者ではなさそうですから。最初からⅤを取ったバローさんは頭も口も中々回転が速そうですし、ユウさんの戦闘能力は既にⅨ(ナインス)に迫るものがありそうです。こんなギルド長でも実力だけは巷で語られている通りですからね」
そのセリフにコロッサスが渋い顔をした。
「こんなって事はねぇだろうが・・・」
「何か言いましたか?」
「・・・ナンデモナイデス」
怜悧に細められた目でサロメに睨まれたコロッサスは何の反論も無く俯いた。
「報酬は?」
「報酬は金貨10枚です。通常のⅤランクの依頼は金貨1枚前後です。普通ならⅦランク以降の報酬額ですが、それだけこの依頼を重視しているとお考え下さい」
その言葉に2人は頷いた。
「そろそろ冒険者証も出来ている事でしょう。公爵のお宅へはいつ向かいますか?」
「夜の鐘(夜6時)頃だな」
「頼んだぜ、ユウ、バロー」
そして悠達は執務室を後にした。残されたサロメとコロッサスが声を潜めたまま2人について語り出す。
「何者でしょうか、あの2人」
「バローはノースハイアの人間だろう。剣の腕前からして兵士でもやってたんじゃねぇかな。教養もあるし、どこか貴族の家の次男坊以下の生まれかもしれん。だがそれよりもユウだ。あんな奴が居たなんてな・・・久々に戦場の緊張感を思い出したぜ」
「・・・コロッサス様、勝てますか?」
ある意味失礼とも言える質問にコロッサスは即答した。
「駄目だな。俺も本気じゃ無かったが、それに輪をかけてユウは力を出していなかった。手傷を与える事は出来るだろうが、血反吐ぶちまけて殺されるのは俺だろうよ」
「調べますか?」
サロメが鋭い眼光を放ってコロッサスに問い掛けたが、コロッサスは首を横に振った。
「やめとけ、こちらに疑念を持たれる方がデメリットが大きい。少なくとも悪人じゃねぇようだし、これからもユウの力は必要になるだろう。精々友好的な関係を築くとしようや。それに、ユウは事情を話してもいいと言っていたからな。本人の口からある程度聞き出せるだろう」
そう言ってコロッサスは話を締め括ったのだった。